FREAK OUT | ナノ


「……やった、のですか」


ごうごうと唸る風の音、頬に当たる砂塵の感触が、酷く鮮明に感ぜられた。


未だ、精神と感覚が研ぎ澄まされたままだからか。急速に展開された閑寂の中で、自分だけが取り残されている気になる。

まるで、眠っている間に見ていた夢の余韻を引き摺ったまま、目を覚ました時のようで。栄枝は呆然と立ち尽くしたまま、眼前の光景に息を呑んだ。


「私達、本当に……十怪を…………あのカイツールを、倒したのですか」


愛の渾身の一撃によって、カイツールは一欠片も肉を残すことなく消滅した。

辺りに飛散した部位も見受けられず。現に、カイツールが再生し、襲いかかってくる様子も見られない。


とても信じられないが――自分達は、あの化け物相手に勝利することが出来たらしい。


栄枝は、今になって僅かに震えてきた手をゆっくりと握り、その感覚から、これが夢ではないことを確め、深く息を吐き出した。その時。


「!愛さん!!」


ややあって、空中から降り立ってきた愛が、着地と同時にグラリと体を傾けるのを見た栄枝は、慌てて蔓を発現した。

籠状に編み込まれた蔓は倒れ込む愛の体を受け止め、地面との接触を遮る。
それでも、栄枝はとても安堵出来なかった。


道路は、カイツールが暴れた衝撃で罅割れ、所々隆起したり陥没したりしてはいるが、着地に手間取る程、荒れてはない。
それでも愛が倒れたのは、能力行使による負荷ダメージなのではないか。

彼女の異変によって確か案現実へと引き戻された栄枝は、籠の中に身を横たえる愛へと駆け寄り、声を掛けた。


「大丈夫ですか、愛さん!」


愛の能力は、絶大な威力に比例して、身体に掛かる負荷も大きい。

能力コントロールを身に付け、幾らか緩和出来るようになったとはいえ、連続しての能力行使や、大きな攻撃の直後は強い吐き気や頭痛、眩暈。
酷い時は気絶することもあるとRAISEの担当教官から聞かされていた為、栄枝は血が凍るような想いをしていた。


十怪討伐の為とはいえ、彼女には随分と無茶をさせた。
連発・乱発は避けさせていたが、大出力の攻撃を何度も撃たせてしまった。

愛は最後の最後まで持ち堪えてくれてはいたが、実はとっくに限界点を越えていたのではないか。カイツールは倒せたが、その対価に愛の命が失われでもしたら――と、泣きそうになりながら彼女の手を握った栄枝であったが、愛の方は苦笑いを浮かべられる程度に余裕を残していた。


「は、はい……。ちょっと力が抜けただけなので……ご心配なく」


能力コントロールを一通り極めた後、RAISEを卒業するまで、ひたすら持久力の特化に努めていた甲斐があった。

以前の愛であれば、最後の一撃を放つと同時に気絶していただろうが、あれだけ大きな攻撃の後でも、若干の嘔吐感と眩暈、それと、軋むような体の痛みだけで済んでいるのは、特訓の賜物だ。

改めて、流瀬教官に感謝しなければと口角を上げながら、愛はゆっくりと体を起こした。


「全然……まだまだ、大丈夫です。私は……まだ、戦えます……」

「……愛、さん?」


そう。自分は、まだ動けるのだ。ならば、こんなところで寝ていられない、と。
愛はふらつく体に自ら鞭打ち、立ち上がった。


「……街にはまだ、残党がうろついてますよね。全部片付けて……早く、行かなきゃ」


一歩前に進む度、骨が軋る痛みが走る。腸を掻き混ぜられるような不快感に見舞われる。
みるみる内に目の前の景色は霞み出し、耳鳴りもしてきた。酷い風邪の症状より、ずっと悪質なダメージが、徐々に体を蝕んでいく。

ああ、これは思っていたより大丈夫ではない状態だと痛感しながらも、愛は歩みを止めようとはしなかった。


「行かなきゃって……。愛さん、貴方まさか、嘉賀崎に……」

「……フリークスの殲滅が完了したら、それで終わりって訳じゃないって……分かってます」


戦いは、未だ終わってはいない。

カイツールが倒され、吾丹場に乗り込んできたフリークスが全て殲滅されても。同時に侵攻を受けた他の市街は――嘉賀崎は依然、戦火の中にある。


(しかも、此処だけじゃなく御田や嘉賀崎まで侵攻されてるなんて……こりゃ増援には期待出来そうにありませんね)


彼のいる街は、今も尚、フリークスによって脅かされているのだ。

今から駆け付けたって遅いかもしれないが。ふらふらになった自分に出来ることなんて、限られているかもしれないが。
少しでも彼の力になれるなら。彼に、贖うことが出来るなら――。


愛は、込み上げて止まない苦痛を押し殺すように笑みを浮かべながら、栄枝に嘆願した。


「でも、十怪を倒したご褒美として……少しだけ、ワガママを許してください、所長。向こうが片付いたら……ちゃんと戻ってきますから」

「……愛さん」


幾らか余力が残っているのは確かなようだが、それでも、愛の身体はボロボロだ。
直接的なダメージは殆ど受けていないので外傷こそ皆無だが、能力行使による内側からの損傷は凄まじい。

今すぐにでもテントに担ぎ込んで、医療班に診てもらい、当分安静にしてもらわねばと思っていたのだ。
絶対に引き止めるべきだ。そう思っていても、栄枝は腕を伸ばしあぐねていた。


他ならぬ愛自身が、一番分かっている筈だ。
自分の体が、どれだけ酷い状態か。このまま嘉賀崎まで向かえば、無事では済まなくなることも。身を以て理解しても尚、愛は立ち止まることを拒んだ。


彼の――慈島の力になりたい。助けになりたい。


その一念だけで自身を奮い立たせ、軋る体を動かし、強がりでしかない笑顔を浮かべてみせる、彼女の強い意志。それがあまりに悲痛で、あまりに健気で。
栄枝は、可哀想なくらい小さな愛の背中を、ただ見送ることしか出来ずにいたのだが――。


「大した女だなぁ、お前。たくさん食って作った俺の”核”を此処まで使わせるなんてよ」


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