FREAK OUT | ナノ


まさに、息も吐かせぬ怒濤の攻防であった。

ほんの僅かでも呼吸を乱せば、それが死に繋がるような極限状態。宛ら、剣山の上に架けられたか細く頼りない橋を渡り歩くようなギリギリの状況下で、愛と栄枝は戦っていた。


「はあああああああああ!!!」


相手の攻撃は、掠っただけでも致命傷だ。まともに捕まれば即死は必須。
よって、愛と栄枝は常にカイツールから一定の距離を取り、彼の攻撃をまともに食わらないようにすることをモットーに、攻撃を繰り出し続けた。


矢継ぎ早の攻撃は、相手の動きを幾らか制圧出来る。大振りのモーションを取らせないことで敵の力を封じ、常に後手に回らせることで、次の行動の決定権をも得られる。

その為に、二人は体力も精神も大きく削り取ることになったが、十怪を相手にしていれば当然のことと、愛も栄枝も手を緩めたり、足を休めたりすることはしなかった。


「大したもんだなぁ。二人だけで此処までやるたぁ……へっへ。楽しくなってきたなぁ」


最大限距離を詰めることで、より大きなダメージを与えんと愛が接近すれば、其処を捕えんとカイツールが腕を伸ばす。
その予備動作を離れたところから捉えた栄枝が、能力によって発現させた樹木の縄で動きを遮った。

カイツールの怪力によって、体に巻き付いた樹木は容易に千切られてしまうが、その一瞬が二人にとっては何よりも大きい。

攻撃が届かない距離まで後退した愛は、栄枝が周囲に発現させた木の幹を強く蹴り、背中から噴出している能力のエネルギーを利用して素早く跳躍。
動きを苛むものを振り解いたカイツールは、その姿を追って腕を伸ばすが、其処でまたすかさず木を蹴って、愛は空中を飛び交うように移動し、カイツールを翻弄した。


「すばしっこいなぁ。こりゃ、捕まえるのに一苦労する……なっと」


未だ此方を舐めている節はあるようだが、それでもやられっぱなしでいてくれる程、慢心してくれてもいないらしい。

素早く動き回りながら、大きな一撃に備えて力を蓄えいく愛に向け、カイツールは文字通り、腕を伸ばした。


「腐乱痴気(フランティック)」


カイツールが持つ能力――腐乱痴気は、肉を操る能力だ。


本来超常的能力に変換されるエネルギーを、カイツールは己の血肉とし、元々有していた身体能力を強化している。

まさに、力こそ全てであることを象徴するかのような、シンプルであるが故に強力で凶悪なこの能力により、カイツールは十怪随一の再生力とパワーを得ているのだ。


そしてこの力は、肉体改造にも用いることが可能で。カイツールは自らの血肉を操作し、肘から先を二倍ほどの長さに伸ばしてみた。

それは、丁寧に間合いを見定め、距離を取ってきた愛にとっては余りに手痛い攻撃だ。
だが、カイツールの手は愛の体を掴み取る直前で、栄枝が発現した木に穿たれ、だらりとしな垂れ――。


「英雄活劇(ヒロイズム)!!」


まさか防がれてしまうとは、と呆けていた隙に、カイツールは雷にも匹敵する大きな一撃を喰らった。

迸る閃光が瞬き、栄枝が発現した木と周囲のコンクリート諸共、カイツールの体の凡そ八割が消滅した。


寸前で幾らか躱してくれたらしい。上から振り落ろすように攻撃したというのに、カイツールの体は斜めに抉られ、悍ましい断面図を曝しながら、未だしっかりと地に足を付けている。

ならば、残った部分も消し去ってやると、愛は畳みかけるように追撃に出るが、前に出ようとした彼女の体は、栄枝が出した蔓によって後方に引っ張られた。


飛び退くようにしてその場から剥がされた直後。衝撃で飛び散ったカイツールの肉片が、腕となって空を掴む。


――あんな一欠片からでも、攻撃出来るのか。


いち早く危機を察し、自分を引っ張ってくれた栄枝に感謝すると同時に、改めて相手は化け物なのだなと痛感する愛の前で、カイツールは肉の鎧を纏うように、元の形状に再生した。


「あー、あー……。ううん、今のは流石に効いたなぁ。まぁた”核”一個落としちまったぜ」

「……化け物め」


手応えがあったのは、確かだ。

カイツールも、”核”一つ欠いたと言っているのだし、今の一撃は大きなダメージになったと見て間違いない筈だ。


だのに。余りにあっさりと再生された挙句、未だカイツールは焦りの色させ見せてくれないので、愛も栄枝も流石に少し堪えた。


あと何発、この規模の攻撃を与えれば、カイツールは倒れるのか。そこに至るまで、自分達の気力と体力は持ってくれるのか。

考えてはいけないと思いながら、どうしても不安が頭を過る。
それを吹き飛ばすように、二人は咆哮を上げながら、再び攻撃に移るが、カイツールは相も変わらず、懸命に動き回る愛を呑気な目付きで見遣っている。


「ところでお前……その服、どっかで見たことあるなぁ……。最近見たような気がするんだけど、何処だったか……」


この期に及んで、服などどうでもいいだろう。


これだけやっても未だ舐め腐ってくれやがってと、愛が歯を食い縛ると、彼女とカイツールの距離を開くように、巨大な木がコンクリートを割いて発現した。

逆上した愛が、カイツールに突っ込んでいかないよう、クールダウンの間を設けんと栄枝が繰り出した一打は、カイツールの頭部を削ぎ飛ばし、飛散した肉は上から降ってきた枝によって固定された。

更に手を緩めることなく、栄枝は再生しかけているカイツールの頭部目掛け、執拗なまでに木の槍を降らせ、その勢いに後退した体を、一際大きな木で刺し貫いた。


火力は愛の方が勝るが、手数は自分の方が上だ。

未熟者とはいえ、伊達に支部長をやってきてはいないのだと、依然此方を侮るカイツールを煽るように、栄枝は笑んでみせた。


「……余所見をしている余裕は、与えません」

「そうかよ。なら……まずはお前からだ、サカエダぁあ!!」


此処に来て、カイツールは更なる爆発力を発揮するかのように、強く踏み込み、栄枝目掛けて跳躍してきた。


木に貫かれた胴体を滞空時間で再生しながら、カイツールは滅茶苦茶に膨張させた肉の塊にも等しい腕を振り上げる。

巨大な影が、栄枝を呑み込む。それは最早、体の一部ではなく、一つの生き物として成立する程の大きさだ。
いや、大きさだけではない。振り翳された腕から感じられる、生臭い吐息のような威圧感も、一個体のフリークス並だ。

あれを喰らえば只ではすまないだろう。だが、避けられる規模の攻撃でもない。もし躱せたとしても、カイツール本体の追撃が来るだろう。

影が色濃さを増していく中。短い間に戦いの思考を張り巡らせた栄枝は、一歩下がって踏み止まり、発現すべきものとその座標をイメージした。


「蠢く樹木(デンドロフィー)!!」


躱せないのなら、受け止めるのみ。だが、受けきるつもりでいてはいけない。
どれだけ強固な木を発現しても、相手の重みで押し潰されるのが関の山。よって、一度受け止めることで勢いを殺しつつ、回避の時間を稼ぐのが賢明だろう。

栄枝は、発現した木々でカイツールの体を五ヶ所――四肢の関節部と胴体を――貫くと、間髪入れずに横に飛び退いた。


思った通り、カイツールの重量によって木々はベギベギと悲鳴を上げ、見るも無惨に砕かれていくが、力強く叩き付けられた腕を避けることには成功した。

後は、自分が狙われている間の時間、力を蓄えてくれていた彼女の出番だ。


「っあああああああああああ!!!」


着地の瞬間では、動きようがあるまい。

今度こそ逃げることも躱すことも出来ない状況。此処で、最大火力の攻撃を喰らわせて、肉の一片も残さず消してやれば、あとどれだけ”核”が残っていようと関係ない。


――此処で決めてやる。


ありったけの羽を凝縮したような光の弾が、鋭い叫びと共に放たれる。

全てを呑み込む黒い粒子の弾丸。それは宛ら流星の如く、カイツールへと降り注ぎ、その体を覆うように迸る。


「いっ……けえええええええええええええ!!!」


断末魔さえ喰らい尽くす一撃。その後に残ったのは、クレーター状に抉れた地面と、胸の奥にまで響くような静けさだけだった。


prev next

back









×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -