FREAK OUT | ナノ


「”新たな英雄”真峰愛、快進撃……か」


その会報紙を作った広報部の担当でありながら、よくもまぁ、そんな感心したような顔が出来ると、眉間に皺が寄るのを抑え込む。


相手はFREAK OUTのトップを担う統轄部の司令官。
彼等から呼び出しを受けた時、既に覚悟は決めていた筈だと、流瀬は強く拳を握り締めた。


「お前の教育の賜物だな。よくやってくれた、流瀬教官」

「……勿体ないお言葉です。江ノ内司令、青柳司令」


総司令官・神室の五本指たる統轄部司令。
広報部を直属の部下として抱え、政府や民間を相手にした外務、並びメディア対策を担う青柳憲師。
特別部隊の頭目であり、FREAK OUT戦闘員の総指揮を一任されている江ノ内猛。

しがない一教官でしかない自分が、彼等から呼び出される理由など、一つしかない。

流瀬は、青柳が円卓に放った会報紙を見据えながら、今朝方これを大はしゃぎで持って来た指村のことを思い出した。


満面の笑みで会報紙を教官室の掲示板に貼り出し、司令から呼び出しが掛かった時も「おめでとうございます、流瀬教官!」と手放しで喜んでいた、愚かな部下。

嗚呼、全く。憎たらしいくらい呑気な奴だ。あんな調子だから、いつまでも副教官止まりなのだと、今頃、自分が戻った後に開ける酒でも選んでいるだろう指村を思い浮かべながら、流瀬は鼓膜に汚泥を流し込まれるような感覚を濁していく。


「”新たな英雄”が年端もいかぬ少女であることで、逆に眼を引いたらしい。民間の声、政府の反応……何れも上々。おまけにFREAK OUT内の士気も高まっているときた」

「フン。やはり時代は、”英雄”の名を冠する者を必要としているのだな。最早”帝京最強”の出る幕もあるまい」

「……江ノ内。お前は未だ、雪待を引き摺るか」

「誰が!!最強であること以外、生きる価値もないあの恥知らずが形無しだと、喜んでいるだけのことだ!!」

「そうか。そうであればいいのだがな……それより、話に聞いたところ、真峰愛の能力は”英雄”として申し分ないものだそうだな」

「……はい。火力、機動力、汎用性……何れも、トップレベルです。何れ、ジーニアスでも通じる器となるでしょう」

「はっはっは!!”鬼教官”の流瀬にここまで言わせるとはな!!流石、真峰徹雄の娘だ!!」


先の侵略区域遠征で”英雄”が失われたことで、FREAK OUTは痛撃を受けた。

大戦力の損失。組織内に於ける士気の低下。政府・民間からの不信。
真峰徹雄という稀代の星を欠いたことで、FREAK OUTは大損失を食らうことになり、上層部は次の”英雄”に成り得る器を探すことに躍起になった。

失われた”英雄”に劣らぬ強さとカリスマ性を持ち、人類を勝利に導く希望の担い手。その器がようやく現れたことに、年がら年中顔を顰めている司令官達も欣喜雀躍としたい気分なのだろう。

その為に、一人の少女が血反吐を吐き、激しい痛みに咽び、苦しんでいると知りながら。それでも彼等は、ようやく手に入れた奇跡の杯に、期待と望みを注ぐ。器が壊れてしまう、その限界まで。


「真峰愛がジーニアスになった曉には、次期RAISE所長はお前で決まりだな。”英雄”を育て上げた伝説の”鬼教官”として、次世代教育のトップに立つ……。うむ!実にいい!」

「……次世代、ですか」

「あの真峰徹雄ですら、戦いを終わらせることは出来なかった。……真峰愛も、この戦争に幕引きを齎すことが出来るかどうか、分かったものではないだろう」


誰しもが、侵略区域奪還という途方も無い夢を託せると確信していた。そんな強さを持ち合わせていた”英雄”ですら、対岸の彼方で姿を消したのだ。
その血を色濃く受け継ぎ、父親に勝るとも劣らないと思われる能力に目覚めた娘でも、長きに渡る帝京とフリークスの戦いを終結させる可能性は薄い。

であれば、器の金型がある内に、次の器を作って然るべきであろうと、青柳と江ノ内はさも当たり前のように、彼女の未来を歪める。


「彼女には、なるべく早く能力者として完成してもらい、”英雄”の血を残してもらいたいものだが……あの力を十ヶ月封じられるというのは痛手だな」

「”英傑”の方が、父親の血を色濃く継いでいればよかったんだがな」

「全くだ。真峰誠人に素質さえあれば、侵略区域奪還ももっと早く着手出来ていただろうに……あいつは、母体の影響が余りに大きい」


もし指村がこの場にいたのなら、なんてことを顔を青くさせながら、吐き気を催していたことだろう。

これが、人類がフリークスに勝利する為に必要なことだと理解していても。
鳴かない犬を作るように、より強い能力者を生み出すことに執心する彼等の業を、どうして受け入れることが出来ようか。

ましてや、その渦中に放り込まれているのが、苦楽を共にしてきた教え子であれば、尚のことだ。


”鬼教官”と呼ばれた女が、甘くなったものだと蔑まれるかもしれない。
だが、目の前で何度も血を吐き、狂い悶えるような痛みに瀕してきた彼女を見て来た身として、流瀬は憤慨せずにはいられなかった。

こんなことの為に、彼女は”新たな英雄”となることを志したのではないのだ、と。


「それでも、優秀な能力者であることには変わりないのだ。あいつにもそろそろ、種を残しておいてもらわねばなるまい。運が良ければ、隔世遺伝もあり得るだろう」

「自らが得られなかった”英雄”の資質を持つ子供を、あれが許しておけるか否か……懸念すべきことは幾つかあるがな」

「……と、すまなかったな、流瀬教官。話がすっかり逸れてしまった」

「…………いえ。お構いなく」


それでも、流瀬は歯を食い縛り、彼等の思想を真っ向から否定する言葉を飲み込んでしまった。


此処で何を言ったところで、彼等の決定は覆らない。

司令官という席は、教官程度の言葉で揺らぐような軟な人間が座れるものではない。
時に不条理を飲み下し、自ら苛まれるような非人道的とも取れる選択を取り、常に多くのものを見据えることが出来る覚悟を持った者にしか、司令官は務まらないのだ。

青柳も、江ノ内も、愛には同情しているだろう。それでも、彼女無しには帝京は救いの道を得られないと、彼等はそう考えているに違いない。

だから、この手を治めるのだ。今此処で怒りに任せて暴れたところで、何一つとして報われることはないのだからと、流瀬は血が滲む程、己の拳を握り締めた。


「話は以上だ。今後益々の活躍、期待しているぞ」

「……はい。失礼致します」




理屈を前に傅いた己を見たら、彼女は怒るだろうか。それとも、呆れるだろうか。

どちらでもいい。だが、悲しさの余り泣き出すような真似をされては流石に堪えると、流瀬は深い溜め息を吐いた。


すっかり夜も更け、辺りは暗がりに沈んでいる。だが、灯りの多い御田市の市街は明るく、この時間帯は行き交う人の姿も多いので、夜の脅威を感じることは無い。
特に駅前は、仕事帰りのサラリーマンや、彼等をターゲットとした飲食店で賑わっている。


まるで、誰もがフリークスの存在など忘れてしまっているかのようだ。

華やぐネオンの中、本部勤務の能力者達が念入りに巡回をしていることも知らず。人々は取り留めのない談笑を交わし、当たり前に与えられた一日の終わりを過ごす。


――この景色を守る価値は、あるのだろうか。


ふとそんなことを考えてしまった流瀬は、軽く首を横に振って、繁華街方面へと足を進めた。


こんな気分のままRAISEに帰ったところで、まともに振る舞えまい。
余計な感傷は酒で流すに限る。明日から再び、この平穏の中に少年少女の未来を投げ込む歯車の一部となる為に。”鬼教官”流瀬みすゞらしく在る為に。適当な店に入って、一人酒を呷りつつ、憤ろしい想いを焼き切ってしまおう。


こうして自棄酒を決め込まんと、多渡市に戻る電車に背を向け歩き出した流瀬であったが、その足は何処の飲食店にも踏み込むことは無かった。


「……あれは」


特に目当ての店もなく、ふらりふらりと街を散策していた最中。ふと視界の端に映り込んだ、人足の多い道の向こうを行く男の姿に、流瀬は慌てて踵を返した。


「慈島くん!」


人混みの中、頭一つ抜き出る上背。気重い色を湛えた双眸。黒い髪。

間違いない。あれは慈島志郎その人だと流瀬は声を投げかけるが、此方の声が聞こえていないのか。男は路地裏の方へとふらりと消えていってしまった。


「ま……待ってくれ!!慈島くん!」


その後ろ姿を追い、流瀬は人の流れに逆らいながら走り出した。


――ずっと、詫びねばならないと思っていた。

己の不注意から、彼がずっと隠してきた事実を愛に曝してしまったことを。
それが原因で、愛がますます自分を追い詰め、強さを求めるようになってしまったことを。
彼女のことを頼むと言われたのに、何もしれやれなかったことを。

会って、謝らなければと何度も連絡を試みたが、何かを悟ったかのように電話に応じない彼に、どうやって頭を下げたらいいものかと、悩み続けてきた。


故に、この機会を逃してはならないと、流瀬は脇目も振らず、暗がりの中へと向う背中を追い、駆ける。


そうして、いつしか人気のない路地裏に辿り着いたところで、ようやく相手は立ち止まってくれたので、流瀬は胸を撫で下ろした。


話を聞いてくれる気になったのか。

流瀬は、長らく抱え込んできた罪の意識が少し軽くなったような気がして、思わず笑みを浮かべながら、彼の肩へと手を伸ばした。


「こんなところで会うとは……お前も、本部に寄――」

「いつくしま、ねぇ」


だが、その手が慈島に触れることは無かった。


それこそが、天から彼女に与えられた罰だとでも言うように。伸ばし掛けた手は、ゆっくりと振り返る男の前で行き場を失う。


「ああ、そうそう。確か……玲の名字がそんなんだったな。随分久し振りに聞いたから、一瞬何のことかと」

「…………お前、は」


人混みの中、頭一つ抜き出る上背。気重い色を湛えた双眸。黒い髪。

間違いない。あれは慈島志郎のそれと一致する。
しかし、奸悪を極めたような笑みを浮かべるそれは、明らかに別人。否、別物のそれだ。


目の前に飄々と佇むそれは、人では無い。半分は人の血が通う彼とは違う。これは――心身共に完全なる化け物だと、心臓が刹那、鼓動を忘れる。その刹那だった。


「あんたもFREAK OUTなら、一度は聞いたことあるんじゃねぇかな」


首に奔る、鋭い一閃。

それが、ムカデのような尾から繰り出された一撃で。鋭利な刃めいた足が、鋸のように首を掻き切っていったことを認識した時には、流瀬の視界はずるりと降下して。
後を追うように倒れ込んだ胴体の音を聞きながら、流瀬は自分の頭を尾で拾い上げた化け物の酷く邪悪な笑顔を見て、理解した。


もう何もかもが、遅過ぎたのだということを。


「”人喰い”恵美忠実。……今は、十怪のケムダーってんだけどね」


斃れた女の頭部をボールのように弄びながら、ケムダーは空を見上げた。


今宵は、月さえ霞む程の熱帯夜。こんな夜にこそ、自分達の血は騒ぐ。

熱に浮かされろ。狂ったように暴れだせ。思うが儘に侵略し、凌辱の限りを尽くすがいい。
その悪逆を、母は許すと言ったのだ。


闇夜の中から這い出るように蠢く眷属達を背後に従えながら、ケムダーは一層高く流瀬の頭を放り、高らかに告げた。


「さぁ行って来い、お前達。今宵月は、茗荷より臓物をお望みだ」

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