FREAK OUT | ナノ


鬼怒川友禅は、FREAK OUTでも際立って異質な経歴を持つ能力者だ。


出身は、侵略区域から遠く離れた、帝京西南部の喜多州(きたす)市。

帝京は南下する程、セフィロトの影響が弱くなる。その為、喜多洲出身という時点で鬼怒川は稀有な存在なのだが、彼が特異たる所以はそれだけに留まらなかった。


喜多洲は人類避難区域の中でも際立って治安が悪い地域で。その影響もあって、鬼怒川は幼少期から荒んだ生活を送っていた。

学校には殆ど通わず。酒浸りの父親と、癇癪持ちの母親がいる家にも寄り付かず。
鬼怒川は、夜になっても亡霊のように街を彷徨い歩いては、荒くれとの喧嘩に明け暮れ、いつしか裏社会の人間として生きるようになっていた。


喜多洲には本拠を置く暴力団が複数存在し、常に暴力団組織同士の抗争が続いており、腕っぷしに定評のある鬼怒川は組織の鉄砲玉として、幾つもの戦地に立っては、その手を血で濡らしてきた。
その強さ、まさに鬼神の如しと、組を同じくする者からも、敵対する者からも恐怖され、鬼怒川はいつも血溜まりの中で一人、佇んでいた。


そんな彼が能力に目覚めたのは、二十一歳の時。
能力者の大半は十代の内に覚醒するものなのだが、また珍しいことに、彼は成人後――抗争の真っ只中で能力に目覚め、その力で敵味方問わず多くの死傷者を出した。

この報せを受けたFREAK OUTは、鬼怒川を能力犯罪者として捕縛。
しかし、彼の犯した罪は、無意識下の能力の発動による過失であり、また、覚醒時の状況や、相手が暴力団組員であったことから不問とされ、彼はすぐに釈放されることになった。

その後。鬼怒川は執行部隊パニッシャーに身柄を預けられ、其処で能力コントロールやFREAK OUTの基礎知識を叩きこまれることになった。
元暴力団であること。並びに、二十一歳という年齢を考慮し、RAISEに入れるべきではないと判断された為である。


そうして必要履修を終えた鬼怒川は、ドリフトに配属され、戦災地やフリークス発生地に派遣される日々を送ることになったのだが――其処にも、彼の居場所は無かった。

同僚達は、その異質な経歴から彼を疎み。鬼怒川も彼等に心を開くことは無く、彼はいつも一人で戦っていた。


何処に行っても、自分は誰にも受け止められることがない。利用するだけ利用して、使い捨てられる鉄砲玉としてしか、手元に置く価値を見出されない。
そんな、あまりに不毛な己の運命を享受し、誰を顧みることも無くフリークスを鏖殺していく彼を、人々は”鬼”と呼び、恐れ、忌み嫌い、鬼怒川の孤独は日毎に色濃いものになっていった。

だが、ドリフトに配属されてから二年。二十三歳になった鬼怒川の世界に、彼女が現れた。


「初めまして!FREAK OUT本部より増援に来ました、栄枝美郷と申します!」


彼女と出会ったのは、佐古田市での任務中のことだった。

超大型フリークス・ラジネスの襲撃後。ドリフトは民間救助、市街復興、そしてラジネスのおこぼれに肖らんと湧いて来たフリークスの掃討に追われ、疲弊していた。
ちょうどその頃、ある部隊で同胞殺しが起きたのもあって、ただでさえ深刻なまでに不足していた人手が、更に減っていた。

それを補う為、本部から何人かの能力者が増援に寄越され――当時、若干十七歳の栄枝美郷も、その一人として、地獄とした佐古田市にやって来た。


「つい先日RAISEを出たばかりの新米ではありますが、誠心誠意、皆さんのお力になれるよう努めさせていただきます!どうぞ、よろしくお願い致します!」


終わらぬ戦いの日々に疲れ切った兵士達の眼に、いっそ疎ましいくらい眩しく映る、麗しき少女。
当初は、そのあまりの場違い感に誰もが戸惑い、彼女は戦闘員ではなく、活動支援部から遣わされた慰安婦なのではないかと疑ったが、その疑念は栄枝が戦地に立つと共に打ち崩された。


「なんて子だ……あの強さ、ジーニアス級なんじゃねぇか?」

「まだRAISEを出たばっかだってのに、何て肝の据わった戦い方しやがるんだ」

「皆さん!殿は私が務めさせていただきます!救護対象をテントへ!早く!!」


栄枝は、その高い戦闘能力と指揮力を以て戦場を征圧し、また、戦闘や救助のみならず、負傷した隊員や民間人の看護、炊き出しの手伝い、テント周辺の見回りと昼夜問わず働き、瞬く間に隊員達の支持を集め、まさに地獄に降り立った”聖女”だと崇められた。

どんな苛酷な環境でも笑顔を絶やさず、常に人を気遣い、率先して重労働を請け負う。そんな彼女に感化された隊員達は、栄枝一人に任せては男が廃ると、疲弊しきっていた筈の体を動かし、部隊の作業効率は眼に見えて向上した。

されど鬼怒川は、栄枝を中心に広がっていくその輪の中に入ることさえ出来ず。相も変わらず、独り淡々とフリークスを潰し回っていたのだが――。


「一人になんてさせませんよ、鬼怒川さん」


フリークスを深追いし、隊から離れ、完全に孤立した状態で二体の≪蕾≫に遭遇し、誰の目も届かないところで息絶える筈だった。

無我夢中で戦った結果、気付いた時には満身創痍で、助けを求める声さえ出せなくて。
けれど、声を上げたところで自分を助けに来る者などいやしないだろうと。自業自得の孤独を自嘲し、何もかもを投げ出して、目を閉じようとしたその時。目蓋が完全に降りる、その寸前。眼の前に降り立った彼女は、迫り来るフリークスに痛撃を食らわせて――。


嗚呼、自分は夢でも見ているのかと眼を見開いたまま呆ける鬼怒川に、栄枝はずい、と手を差し出した。


「貴方の力は、もっともっと多くの人を救う為に必要なんです。だから、こんなところで、たった一人で終わらせてなんてあげません」


幼い頃から付き纏う自暴自棄の嵐の中に、誰も踏み込むことは無かったし、鬼怒川も、誰かを自分の傍にまで踏み込ませようとはしなかった。

それは、自分の中にある孤独の形を知られたくないという一心。強がりだったのだろう。


生まれてこの方、何処にも居場所が無くて、誰にも受け入れられないこの身を、憐れまれたりしたくなかった。
勝手に近付いてきておきながら、勝手に恐れて、傷付かれ、虚しさの嵩を増やすような真似もされたくなかった。

だから、鬼怒川は誰にでも分け隔てなく接する彼女が挨拶をしてこようと無視をして、指示を出されようと従わず、眼に見える程に距離を取り続けてきたし、他の隊員達も、あんな奴に近付くことはないと栄枝を引き止めていた。


それなのに。どうして彼女は、自分が一人になったことに気が付いたというのか――。


戸惑い、手を伸ばし切れずにいる鬼怒川に、栄枝は一点の曇りも翳りもない笑顔で、言葉を注ぐ。


「私と一緒に戦ってください、鬼怒川さん」


本当の意味で、誰にも必要とされることが無かった。自分自身でさえ擲ってきた鬼怒川友禅という人間に、彼女は手を差し伸べる。

貴方という存在が、失われていい訳がない。貴方という人間が、ここで終わっていい訳がない、と。
栄枝は、胸が痛くなるくらい温かな笑みを浮かべ、鬼怒川に救いの手を伸ばす。


「人々の平和と未来と希望の為に。貴方のその大きな手を……どうか、私に貸してください」


彼女が齎してくれたこの刹那を抱えて、生きていこう。

この先が、どれだけ険しい荊の道でも。最果てに待つものが何も無かろうと。彼女の為に、生きていこう。


鬼怒川はこの時、己の全てを捧げることを決意し、栄枝の手を取った。

一人にしないと言ってくれた少女の傍に在り続けることこそが、自らの存在理由なのだと。そう、強く信じながら。





「それから俺は、本部に戻った所長を追う為に心身共に一から鍛え直し、本部勤務の能力者になった。所長は、俺にまた会えたことを心から喜んでくれて……『また一緒ですね』って笑ってくれてよ。あの時と、第五支部に異動することになった所長が俺を連れ行きたいって志願してくれた時と、新所長に就任する時に俺を副所長に任命してくれた時が俺の人生で最も喜びを感じた瞬間だったな」


そう嬉々として語る鬼怒川には悪いのだが――この話、もう三回めだと愛は引き攣った笑みを浮かべた。


最初に聞いたのは、愛の歓迎会。酒の入った勢いで、それはそれは熱く語られたのが、記憶に強く残っている。
二回目は、先週。休憩時間、所員達が何気ない会話から栄枝の”聖女”エピソードで盛り上がっている中、鬼怒川は「お前には話したか?真峰。俺が、所長に手を差し出してもらった日のことを」と、全く同じ切り出しから話を始めた。

あの時は、酔っていたから話したことを覚えていなかったのかと思ったが、流石に今回はわざとやっているのではないかと愛は疑った。
しかし、鬼怒川の様子からするに、恐らくこれは素だ。彼は素で、既に愛に二度も言い聞かせてきた栄枝と自分の出会いを熱く語ってしまっているのだ。

それを指摘されては、流石に恥ずかしくなるだろうと、愛は黙って三回目となる今回も大人しく清聴していたが。


「キヌさん、一番が多過ぎますし、その話、愛ちゃんにするのもう三回目っすよ」


よりによって、何故鬼怒川が話を終えた後に指摘してくれるのか。

恨みがましく顔を顰めた愛の目の前で、蜂球磨は鬼怒川の見事な正拳突きを喰らい、綺麗にすっ飛んで行った。


「いってえええええええ!!何するんですか、キヌさん!!」

「うるせぇ!お前は黙って一人で、あっちの方回って来い!!」

「またそうやって!!自分が美郷さんと一緒になりたいからって!!」

「てめぇ、それ以上言ってみろ!!口からコンクリート流し込んで沈めるぞゴルァ!!」

「すみませんでしたーーー!!!」


(……脅し文句が板についてるなぁ)


実にテンポの良い漫才のようなやり取りを繰り広げる鬼怒川と蜂球磨を見ながら、愛は、ふぅと一息ついた。


同じ話が三度めともなると流石に少し疲れるが、鬼怒川が、ああも熱を入れて栄枝のことを話したい気持ちも、分かる。

栄枝は、本当に素晴らしい人だ。強く、優しく、美しく。贔屓目なしに、誰の目から見ても彼女ほど良く出来た人はそういないだろう。


鬼怒川だけでなく、第五支部の所員の多くは、栄枝に救いの手を差し伸べられ、彼女を本当の”聖女”と崇めている。

蜂球磨は、通学中、駅でフリークスに襲われかけたのをきっかけに覚醒し、その力でフリークスを撃退するも周りの人々に畏怖され、彼もフリークスなのではと疑われたところを。
櫓倉姉妹は、RAISEにいた頃、非常に珍しい双子の能力者であることを理由に奇異の目に曝されていたところを栄枝に救われているという。

他の所員達も、そうだ。誰もが何かしらの闇を抱えていたところを栄枝に救われ、彼女こそが”聖女”だと口を揃えて言っている。


――それなのに。


(魔女の庭へ、ようこそ)


あれは間違いなく、第五支部のことを指しているだろう。となれば、魔女というのは栄枝のことに違いない。
だが、彼女は間違いなく”聖女”だ。何処からどう見ても、”魔女”と呼べる点が見当たらない。

だのに、何故彼岸崎は彼女を”魔女”と称したのか。

あれから二週間。考えてみたところで謎は深まるばかりで、当人に聞く機会も無く。積もり積もった疑念を、愛は思わず口にしてしまった。


「……どうして彼岸崎副所長は、”魔女”なんて言ったんだろう」


急速に冷えていく空気の中、重く広がった沈黙。
さながら、無数の刃の切っ先が降り注ぐ寸前のような。そんな冷え冷えとしたオーラを放つ鬼怒川と蜂球磨の様相に、愛はしまった、やってしまったと後悔した。


栄枝を”聖女”と崇め、敬う二人にとって、彼女を卑下されることは、自分の顔に石を投げつけられるよりも許し難いことだろうに。
あろうことか身内が、彼女を”魔女”と呼んでいるとあらば、怒り心頭に発するのも無理はない。


そんなこと考えなくても分かるだろうに、うっかり口を滑らせてしまうとは。

愛は、今からでも己の失言をどうにか誤魔化せないかと、懸命に言い訳を考えた。


「あ、あの……えっと……」

「……あいつの言うことは気にしなくていい」


しかし、鬼怒川も蜂球磨も、怒り狂って暴走する様子は無く――といっても、憤慨していることに違いないようだが――二人は心底呆れ返ったような顔をしながら、深く溜め息を吐いた。


「あの野郎は、毒づかずにはいられねぇ性分なだけだ。逐一反応するこたねぇ」

「そうそう。あの野郎、俺のことは”毒虫”って言うし、縁と緑なんか”早世児”って言われたんだぜ?人の嫌がるあだ名付けるの、どんだけ好きなんだよってなぁ。ほんと、なんで美郷さんはあんな奴を」


どうやら、彼岸崎が彼等の地雷を踏み抜いているのはいつものことらしい。
栄枝のみならず、蜂球磨や櫓倉姉妹も不名誉な二つ名を与えられている辺り、あれは彼の病気なのだと、そう見做されているようだ。

責め立てたたところで、焼石に水。殴りかかったところで、彼が堪えることなど無いし、態度を改めることも無い。それどころか、栄枝が事務所内での喧噪に胸を痛め、自分が至らぬばかりにと落ち込むことになる。

だから、彼の戯言に耳を傾けてやることはない。

何を言ったところで無駄なのだから。あれは治らない性分なのだからと。そう割り切った方が身の為だと、鬼怒川は愛の中に溜まり込んだ毒素を洗い流さんと、忠言する。


「とにかく、彼岸崎の言うことは真に受けるな、真峰。……まともに話そうとしても、あいつに毒されるだけだ」


prev next

back









×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -