FREAK OUT | ナノ


「今回、私と彩葉ちゃ……綾野井さんの能力を最大限活かす為、討伐と支援の役割をはっきり分担しました。戦闘に特化し、機動力のある能力を持つ私が討伐。隠密行動や援護に向いている綾野井さんが支援で……彼女には私のバックアップを担ってもらいました」


クラスメイトや、教官達の前に立つことに些か緊張している様子を見せながらも、愛は揚々と今回の作戦について説明していく。

より速く熟し、より多く倒す。その為に考えに考え抜いた二人の戦略を、愛は誇らしげに語った。


「綾野井さんの能力で疑似フリークスの眼を騙し、移動してもらい……目標地点に到達したところで、私が障害物を消去。瓦礫や疑似フリークスを消して、綾野井さんがスムーズに救助を行えるようにしました」

「そうか……あの後引き返し、めちゃくちゃに移動していたのは、それが目的か」


疑似フリークス大量発生地で一仕事終えた後、目標に向かわず迂回し、暴れ回っていたのも、自棄になったりしていた訳ではなく、れっきとした作戦だった。

救助対象を背負った彩葉が移動するのに邪魔になるもの、全てを消し去り、大幅な時間短縮と討伐点を得る。
酷評されていた愛のあの行動に、そういう意味があることは分かったが、未だ不明点は残る。


「しかし……あの位置から、どうして門番や瓦礫が的確に狙えた?あそこからでは上手く視認出来なかっただろう」


空中に上がったことで視界が拓けたとは言え、愛から目標の家までは、疑似フリークスや邪魔な瓦礫の精確な位置が把握出来るような距離ではなかった。

だが、愛は殆どあちらを見ることもなく、ただの一撃で、全てを適確に処理してみせた。

あれはどういうことなのだと問う教官達に、愛はにんまりと笑みを浮かべながら、傍らに立つ彩葉を半歩前に出させた。


「それも、綾野井さんの支援のお陰です」

「彼女の支援……?」

「綾野井さんの能力・一人十色は、物に色を付ける能力。……実はこれ、空間に対しても適応されるんですよ」


促され、彩葉は自らの能力を発動させた。

一人十色は、物に色を付ける能力だ。対象は複数選択可能。彩葉が眼で見て認識し、色を塗るイメージをしたものが、彼女の思った通りに彩られる。
対象の一部分のみに着色することも可能で、また、彼女自身そのことを愛に言われてみるまで知らなかったのだが、彩葉が認識出来るものであれば、この能力は空間にも適用される。
こんな風に、と彩葉は目の前の空間に、ポツンとピンク色のマークを付けた。

まるで、透明な壁にペンキが塗られたかのような不可思議な光景。愛が、疑似フリークスと瓦礫の座標を狙えたのは、彩葉の能力によって付けられた、このマーカーにあったのだ。


「ま……真峰さんに言われるまで気付けなかったし、試したことも無かったんですけれど……もしかしてってやってみたら、その……こんな風に出来て」

「そういう訳で、綾野井さんには障害となる疑似フリークスと瓦礫の座標を示す色を付けてもらいました」


おどおどとしながら、そっとマーカーを消した彩葉の肩に、自信を注ぎ込むように両手をパンッと置くと、愛はざわめく訓練生達にも聞こえるようにと、凛と研ぎ澄ました声を発した。


誰もが彼女を無力と見做し、足手纏いの烙印を付けた。

力を持たず、意志も薄弱。そんな彼女が戦場に立ったところで何の意味もないと彩葉自身が諦めてしまう程に、誰も、彼女の可能性に目を向けなかった。

だから彩葉は、役立たずと蔑まれることを享受して、好き勝手に嬲られることに抗いもせず、運命に奔流されるがままでいた。


しかし、愛はそれを許すことが出来なかった。


「ご覧いただいた通り……綾野井さんの能力は、私達FREAK OUTと、守るべき民間人の助けになります。戦闘に不向きな能力でも、こうして誰かの能力と組み合わせることで、戦闘や救助に於いて、大きな手助けになります。彼女も……綾野井彩葉さんも、立派に戦えるんです」


かつての自分のように、力無い己が悪いのだと全てを飲み込もうとして、一人で膝を抱えている彩葉を、見過ごすことなど出来なかった。

”英雄”たる父の血を引いた自分は、恵まれている。そんな自分が彩葉に同情するなど、傲慢なことだったかもしれない。
それでも、彩葉の中にかつての自分と同じ感情があるのなら、変わりたいと願う気持ちがあるのなら、彼女の力になってやりたいのだと、愛は奮起した。


あの日、彼がそうしてくれたように――と。


「参ったな……。まさか彼女を、此処まで上手く使うとは」

「教官形無しだな……。空間に色を付けさせるなど、考えもしなかった」


その、執念とも使命感とも呼ぶべき想いが、彼女を”英雄”たらしめていく。

誰かの為にと力を揮い、生死を乗り越え、戦線を駆け抜け、引力のような影響力を以て人々に希望を齎す。そうした”英雄”の資質までも父親から受け継いでいるのだろうと、教官達が感嘆の息を吐く中、愛は丁寧に腰を折り、幕引きの挨拶をした。


「以上が、今回の班実習に於ける第八班の作戦です。ご清聴、ありがとうございました」


慌てて頭を下げた彩葉と共に、次の班の実習を見学せんと席に戻っていく彼女に、拍手も喝采も送られなかった。


RAISEでは、訓練や実習の成果について評価をされることはあっても、称賛されることはない。
称揚とは、事績を成した者に与えられるもの。鍛練に於ける結果を褒めそやす理由は無いというのが、RAISEのスタンスだ。

だが、確かに、誰もが認めていた。


此処にいるのは”新たな英雄”。この時代を変革し得る力を有する新進気鋭の星。

真峰愛。彼女は間違いなく、父親と同じ存在になる、と。


「何、勝ち誇った顔をしてんだ」


席に戻らんとする愛に、そう言い放った蘭原も、彼の横でオタオタとしている取り巻き達も然り。
自分達の持てる力全てを使い、叩き出した高得点を越えられても、恐ろしいほど納得させられてしまっているくらいに、認めている。

愛の実力は本物であり、彼女はまさに”新たな英雄”に相応しい人物であると。嫌に飲み込み易い敗北感と共に痛感させられても尚、蘭原は愛に噛みかかった。


悪足掻きにさえならないとは、分かっている。瞳に呆れの色を映しながら、溜め息にも近い声で返答を投げ付けることも。


「だって勝ったもん、私」

「ああ、勝ったよ。お前は俺に勝ちやがった。けど……それは今回だけだ」


それでも牙を剥かずにはいられなかったのは、いっそ気持ちいいくらいに叩き折られたからだろう。


蘭原琢也ともあろう者が、負けた。あちらの倍の頭数を揃えておきながら。戦力で大きく勝っていながら。彩葉というハンデをつけた、ちっぽけな女に負けた。

結果は、限りなく僅差と言えよう。だが、勝ったか負けたかという事実に、点差など関係あるまい。蘭原は負けた。愛は勝った。それが全てだ。

これまで揺るぎ無いものと信じ込んで、頂上で胡坐をかいていたツケが回ってきたとでも言うように。蘭原はこの上なくみっともない敗北を喫した。


だからこそ、彼は取り繕うことを止めて、開き直ることにした。

今、此処にいるのは、地面に転がり落とされ、泥に塗れた敗北者だ。最早、プライドもクソもあるまいと、蘭原は不遜に前を向く。


「次は絶対に負けない。お前が今日勝てたのはマグレだったって、”新たな英雄”伝説に加筆させてやる」

「……そんなものより、先に書くものがあるの、忘れてない?」


その潔さは、いっそ敬服に値する。しかし、それでチャラに出来ることには限界があるのだと、愛は蘭原達にボールペンを翳した。


「彩葉ちゃんへの謝罪文。あんたら全員、腕が腱鞘炎になるまで書いてもらうんだから」

「……誰が書くか、そんなもん」


何だと、と愛が拳を構えかけた瞬間。
蘭原は誰もが予想だにしない行動を取り、愛や彩葉のみならず、取り巻き達、それとなく事態を傍観していた周囲の訓練生達の度胆を抜いた。


「ら……蘭原さん!?」

「ら、ららら、蘭原くん!?な、何を?!」

「……この俺が、床に頭つけて詫びてるんだ。原稿用紙何万枚分の謝罪文なんかいらないだろ」


床に手を付き膝を付き、蘭原は深々と土下座した。

天上天下唯我独尊。自尊心の塊のような彼が、彩葉に向けて頭を下げるのみならず、土下座。蘭原を知る者からすれば、巨大隕石が落下してくるほどの衝撃を覚える光景だ。

愛でさえ、こんな形で誠意を示してくるとは――そもそも、本当に反省して、謝ってくるとさえ思っていなかった。

ぶつくさを文句を垂れながら、形だけの謝罪文をこなし、これで終いだと勝手に終止符を打ってくるものとばかり考えていたというのに。まさか、大衆の面前で土下座してくるとは。
実は、意外にいい奴……とは思えないが、想像していたより腐っていた訳ではないのだなと、愛が感心していると、立ち上がった蘭原はオロオロと立ち尽くす彩葉に向けて吠え立てた。


「けど、勘違いすんじゃねぇぞ綾野井!!お前は結局、一人じゃ何にも出来ねぇクソ雑魚女だ!!」

「……ちょっと、アンタ」

「だから、次はこの俺が使ってやる!!真峰なんかより余程有意義にな!!」


と、愛が再び振るいかけた拳の行き場を無くしたところで、蘭原はフン!と鼻を鳴らしながら席に戻った。

本来であれば、私語に加え、勝手に席を立ち上がり、突如土下座をした後、大声を上げるなど厳罰ものであるが、教官達は黙って次の班に実習準備を促した。


FREAK OUTの未来を担うのは、愛だけではない。蘭原もまた、未知数の力を秘めた希望の卵だ。

今回の敗北を糧に、一層強く、逞しくなるだろう彼への投資として、教官達は蘭原に触れず、第九班の実習へと眼を向ける。


「……蘭原さん、さっきのマジっすか」

「当たり前だろ。真峰は綾野井を使って俺に勝ったんだ。だったら、俺もあいつを使って結果出さなきゃ、話になんねぇ」


負けてなど、いられるものか。

優れた両親の血と才能を引き継ぎ、次世代で名を上げる為に生まれてきた蘭原琢也が、”英雄”の娘になど負けてはいられない。


生まれて初めて味わった大敗と、胸を焼くような対抗意識に駆られるがままに、蘭原は何か言いたげな取り巻き達を適当に流しながら、モニターを凝視した。

これまで格下と見做し、見向きもしなかった者も、自分を進化させる何かを有している筈だ。
何でもいい。どんな小さなことでもいい。彼女に勝てる術に繋がるのであればと、九班の動きを熱心に観察していたが故に、蘭原は気付かなかった。

後方の座席に座っていた愛が、姿を消していたということに。


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