霊食主義者の調理人 | ナノ


「犬の霊を食べたことは数回あるけれど、やはり調理されたものは違うわね」


丁寧に口元をナプキンで拭いつつ、ただ散らかっただけの状態になった教室で、羽美子はそこそこ満足げな笑みを浮かべた。


「ブランチとしては十分な満足感だわ。夕飯も期待してるわね、伊調」

「あぁ、やっぱり夕飯は余裕で入る程度だったか……」


霊の大きさイコール量、という訳ではないらしいが、それでも、初日に調理した大型ポルターガイストより随分小さな――といっても大型犬サイズではあったが――霊では、流石に夕飯分まで賄うのは無理だったようだ。

伊調は、次はどんな霊を調理しに向かうのかと溜め息を吐きつつ、ふとある疑問をぶつけた。


「……ところでお嬢」

「ガストロがああなったとしても、私は食べるわよ」


が、羽美子は、既に質問が来ることを見通していたらしい。

伊調が最後まで言うより早く、羽美子はナプキンを畳みながら、自らの思想と理念を述べた。


「私は、最強の退魔師、霊餐を継ぐ神喰が当主。其処に、生者の世界を脅かすモノが在るのなら、何者であろうと平らげる。例え、貴方や結崎でも、私は躊躇わずに腹に納めるわ」


神喰当主の座に就いた時から――いや。きっとそれよりも前から、彼女は覚悟していた。

自身が喰らうは、かつて生きていたモノ。死を迎えながら、彼岸へ至ることを受け入れられず、この世にしがみ付く悪しき霊魂。それが人を害し、世を脅かす限り、自分は躊躇してはならない。現状、最強の退魔師という名を冠するのが自身であるなら尚更のこと。生前それが何であろうと、悪霊と化したならば、退治しなければならない。平らげねばならない。例えかつて親しくしていた者であったとしても、だ。

揺るぎ無い、退魔師として完成された思想。そこにこれ以上口を挟める訳もなく、伊調は沈黙した。


彼女の言うことは、正論である。理想的で、完璧で、非の打ちどころもない。羽美子自身も、これが間違っているとは思っていないし、自らを疑う気もない。だが、それでも言葉を止められず、羽美子は眉を少し下げて、ぽつりと呟いた。


「でも、何も想わない訳ではないのよ」


言いながら、羽美子は嫌に軽やかな足取りで廊下を行く。さながら、神喰という家に生まれたその時から定められていた道を歩むかの如く。


「だから、私に食べられないよう、悔いや怨恨を残さないように生きてね、伊調。悪霊と化した親しい者の味は……あまり知りたくないから」


その全てを悟ったような物言いに、伊調はやはり何も言えず。大股で距離を詰め、彼女の頭をわしわしと撫でることしか出来ずにいた。

憐れんでいるのかと言われれば、否定出来ない。だがそれ以上に、伊調は敬意を抱いていた。この幼くも、凛として高尚な主に。


「髪が乱れるわ」

「どうせ一回帰るんだ。気にすんな」


偶然才能を持ち合わせ、偶然それを見付けられ、成る様になれと退魔師になった。そんな自分に足りないものを、彼女は有している。生まれながらに、必然的に退魔師になることが決まっていたからか。幼い内に母に立たれ、当主という役目を継いだ為か。

分からない――が、多少無茶苦茶でも、彼女は仕えるに値する主であると、伊調はこの時、確かに感じたのだ。
 

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