楽園のシラベ | ナノ


ガタゴト、小気味よい音を立てながら、二階建てキャラバンが走る。

流れていく景色は、相も変わらず色気のない荒野。その御伴にと、ラジオがカントリーミュージックを吐き出す中、二人と一羽はハイウェイを行く。


「そういやお前、南に行くって言ってたよな」


薄らと聴こえる程度の音楽に合せるように、男の指がハンドルをトントン叩く。
その隣で少女は、途中立ち寄ったドライブスルーで買い与えられたチーズバーガーにかぶりつきながら、そう言えばと、今更失念していた事項について問うた。


「現在進行形で南に向かってっけど、≪アガルタ≫って方角的にはどっちになるんだ?」

「喜べ。ラッキーは俺ら二人の前に転がってくれている」


男シラベと、少女リヴェル、そして鸚鵡のシソツクネが、この世の何処かに存在する楽園、アガルタを目指すことになって三日。
その間、車はほぼ真っ直ぐに南下し続けていたが。さて≪アガルタ≫はどの方角にあるのかと、リヴェルが訪ねると、シラベはリズムを刻むのを止めて、質問に応えた。


「お前の行きたい場所と、俺が行くべき場所は、どっちも南に位置している。アガルタは、この先……大陸の最南端から、少しばかし離れた孤島にある」

「……その辺りって、人いねぇのか?」

「いいや。近くには幾つか村がある」


ボトルを片手で掴み、ミネラルウォーターを口に流すと、釈然としない様子のリヴェルに問われる前に、シラベは細かに説示した。


「じゃあなんで、≪アガルタ≫は実在するか否か、なんてことになってるかっつーとだ。
村から海岸までの間には、≪蠢きの森≫っつー、えげつない場所がある。
その森は、木が尋常じゃねぇスピードで成長し続けてな。さっきまで見えていた道が消え、進んできた道でさえも失せているということがザラにある。
正しい進み方を知らねぇと、一生堂々巡り。その内、木の養分になっちまうおっかねぇ場所だ。
ろくに動物もいねぇし、迷い込んだら最期っつー訳で、近くの人間は誰も立ち寄らないし、踏み込まない。
ついでに、辺りの海も特殊な潮の流れがあって、船で辿り着く前に渦に呑まれてオジャンが関の山。
だから誰も≪アガルタ≫を知らないし、知れねぇのさ。分かったか?」

「……伝説が伝説になった理由ってのは、よく分かった」


楽園への道が、易しいものではない、ということも。

内心そう付け加えながら、リヴェルは残ったチーズバーガーを全て口に押し込んだ。

存在こそ知られているが、これまで誰も、その眼で実物を確かめたことがない。
確かめようにも、悪意めいた自然の猛威に阻まれ、それにより偶然に辿り着けることもない。
故に、幻になってしまった島。それが≪アガルタ≫。

シラベと出会い、彼に案内役を買って出てもらわなければ、リヴェルは一生世界中を彷徨っていただろう。
いや。その前に、何かしらの形で挫折していた可能性の方が高い。

改めて、自分はなんと途方もない旅路に乗り出そうとしていたのかと、苦々しく自嘲し、リヴェルは紙包みをぐしゃりと丸めた。


「とにかく、私らはこれから、ひたすら南下していくんだな」

「その通り。この先幾つもの山を越え、荒野を渡り、森を掻き分け……楽園目指して、うんざりするような道程を行く訳だ」


爽やか、かつシニカルな笑みを零すと、シラベは、空いたリヴェルの手に地図を手渡した。

巨大隕石の破壊と、≪銀の星≫の手による再生で、この星は旧世代と比べ大きく様変わりした。

シラベが言った≪蠢きの森≫のように、異常発達した自然が崩れた文明を呑み込み、新たな世界に適応せんと進化を遂げた生物でさえも立ち入れないような場所が数多く存在している。

よって、地図というのも非常にざっくりとしたもので、凡そどの方角に何があるのか、どのくらいの距離なのか。その程度しか記されていない。

人が通れない場所は適当な想像で補われた、此処キャロラベル大陸の地図。
これまで、大陸全土を見る機会も理由も無かったので、リヴェルはしげしげとそれを眺め、自分達の凡その現在位置に指を当てた。

そこからツーッと指を南下させていくと、地図は≪蠢きの森≫で打ち切られていた。


――この先、キケン。近寄るべからず。

そんな注釈に、誰もが曲がれ右をしてきた。だから、≪アガルタ≫は今も尚、伝承の存在なのだ。


大陸の尾が描かれていない地図に、リヴェルは口をへの字に曲げた。

自然が造り出した権謀術数に、不満を言っても詮無いことなのだが、よくもやってくれたなという気持ちがあるのだろう。

何せシラベと出会うまで、リヴェルは実在するのか否か定かではない、本当に僅かな希望の光を妄信してきたのだ。
今にも押し潰されそうな不安や、信じ込まなければやっていけなかった身の上を思えば、八つ当たりしたくなるのも分かる。

そんなリヴェルに、シラベは何とも言えない面持ちで肩を落としつつ、もう一つ大人の事情の話を盛り込ませてもらうことにした。


「今の内に言っておくが、最速最短で≪アガルタ≫に行けると思うなよ。俺だって、商売があるんだ。
途中で町や村に立ち寄って、商品捌いたり、買い付けしたり……今後の旅賃も稼いでいかなきゃなんねぇんだ。急かしてくれるなよ」


現在地は、キャロラベル大陸のちょうど中程。此処から、地図にない真の行き止まりに至るまで、ただ真っ直ぐ行っただけでも相当の距離があることは、言うまでもない。

紙の上では直線でも、実際の道程は険しく、回り道をしなければならない所も多々ある。
加えて、その道中に必要な車の燃料や、食糧の補給も必要だし、それらの費用にする為に、商売だってしなくてはならない。
楽園への道は、幾つもの紆余曲折を要するのだ。

それだけは分かってくれと言うシラベに、リヴェルは存外、素直に頷いてきた。


「分かってるよ。私は、あくまで乗せてもらってる身だし……最低限、文句は言わねぇよ」

「最低限のラインは?」

「飯がまずい、或いは極端に少ない。朝飯がオートミール粥でも、ガマンするよ。一日不機嫌だろうけど」

「オーライ。いい子だ、リヴェル」


がしがしと、やや乱暴に頭を撫でてやると、シラベはハンドルを切った。

ひた真っ直ぐに進んできた道が、ようやく折れたと思えば、矢印型の看板と、遠くに町の影が見えた。


「さぁて、そろそろアンムルブッシュだ。あそこはでっけぇ町だし、人も多いから、はぐれねぇようにしてくれよ」

「……アンムルブッシュ」


看板に書かれているのと同じ名前を反復しながら、リヴェルは地図を畳んで、遠方へ目を向けた。


「……でっけぇ町だな」

「多分、お前の村五十個分はあるぜ」


アンムルブッシュは、キャロラベル大陸の各地に伸びるハイウェイと繋がった中央都市だ。

東西南北からやって来た商人達が、農作物から工芸品、旧世代の掘り出し物や、衣類、獣畜まで、ありとあらゆる物と店を並べ、年中昼夜問わず賑わっている。

町の殆どはマーケットで、残りはシラベのような旅商人に向けた宿屋や食事処と、旅の必需品を取り揃えた雑貨店などで構成されている。

活気に溢れ、物と金とが飛び交い、商人達の祝杯と歌声がそこかしこから聴こえてくる。まさに大都会、というに相応しい場所。
それが、徐々に近づきつつあるアンムルブッシュであると、シラベは大まかな説明をした後。何処か緊張した様子になったリヴェルの肩をポンと叩いた。


「安心しろ。俺はアンムルブッシュにはもう何度も足を運んでいる。おのぼりさんのガイドもお任せだ」

「……悪かったな、ド田舎モンで」

「おっと失礼。レディのエスコートもお任せ、と言うべきだったな」


生まれてからずっと山奥の村にいたリヴェルにとって、初めての都会。
緊張するのも無理はない。しかし、そういうことを気にする娘だったとは。

シラベはそう微笑ましい気持ちでいたのだが、サングラスのせいか、リヴェルは小馬鹿にされたように受け取ったらしい。

ぷっくらと頬を膨らませてしまったリヴェルに、シラベはくつくつと喉を鳴らして笑った。


「しっかし、レディというにゃあ格好に問題があるなぁ、お前は」

「うるせぇ! 私だって、好きでこんなきったねー格好してんじゃねぇんだよ!」


怒鳴られて、シラベはようやく、リヴェルが何やら落ち着きない様子だったのは、彼女の服に一因があったことに気が付いた。

リヴェルの服は、泥と砂に塗れ、所々引っ掛けて破れていたり、解れていたりして。
こんな格好でアンムルブッシュのような場所に行くとなれば、年頃の少女は堪えられないだろう。

それならばと、シラベは二、三回頷いた後、「よし、なら決まりだな」と指を鳴らした。

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