楽園のシラベ | ナノ
クルィークと別れた後、リヴェルはシラベの示してくれた道に従い、奴隷解放レジスタンスのもとを訪れた。
そこで解放軍と行動を共にして、捕らわれていた母親を救い出したのは、半年が過ぎた頃。
それから、彼女をレジスタンス本拠地に託し、リヴェルが新たな旅路についたのは、数週間後のことだった――。
「へぇ。それでお前一人と一羽で旅してんのかぁ」
東の、とある農園。
葡萄畑の広がる景色が一望出来るウッドデッキで、リヴェルは持て成しの料理にあり付きながら、彼等と別れてからのことを話していた。
シラベ達との旅の結末。レジスタンスに参入し、母親を救い出したこと。そして――今のこと。
実に壮大で、目まぐるしいリヴェルの冒険譚。それを肴に、彼等はワイングラスを軽く傾けていた。
「また途方もねぇ。お前、あの時とちっとも変わってねぇんだな」
「お前らは、随分変わったようだけどな」
厭味を倍以上にして返され、思わず咳払いをした男の後ろで、おさげ頭の美しい女性が吹き出した。
その腕に抱かれた、男そっくりの、尖った耳を持つ赤ん坊を見て、リヴェルは肩を竦めて笑った。
「小悪党が垢抜けやがって。あいつが知ったら、腹抱えて大笑いするぞ」
「お前がしたみたいにか」
「私よりもずっと笑うし、盛大にいじるだろうな」
偶然立ち寄った農園で、予期せぬ再会をしたのも、また奇跡だろう。
其処で、かつて自分を拉致し、売り捌こうとした小悪党達が、真面目に農夫をやっていて。おまけに片方が、結婚して子供まで持っていたのも。
彼等をいい方向へ動かそうとしていたシラベも、まさかこんなことになるとは、予想だにしなかっただろう。
そんなことを思いつつ、リヴェルは出されたサンドウィッチを頬張った。
「でも、祝いもすると思うよ。お前らが、いい方向に変わったこと」
そう言いながら、どこか寂しそうに目を細めて笑うリヴェルに、元小悪党二人は顔を見合わせた。
リヴェルが、彼の鳥を連れて此処を訪れた時から、何となく分かっていた。
彼女に何があったのか。何の為に旅を続けているのか。
言うなれば腐れ縁で、今日を含めて三回しか会ったことがなくて。全て偶然で、始まりは最悪で。
決して仲がいいことなんてなくて、お互いのことなど殆ど知りもしないが――そんな間柄でも、彼等には十分理解出来た。
リヴェルが今、どんな想いで、楽園を追い求めるのにも等しい、果てしなく途方もない旅をしているのか。
痛い程に分かるからこそ、彼等は敢えて、希望を持たせるような言葉を吐いてやることにした。
「……なら、早めに連れてきてくれよ」
きょとん、とした顔で此方を見るリヴェルの前で、男は勢い付けるようにグラスを呷る。
らしくもないことを言う気恥ずかしさを、誤魔化したいのだろう。
横で笑う相方を一瞥してから、男はふんぞり返って、声高々と言い放つ。
「これから、どんどん忙しくなってくんだ。丸一日使って、次の日酔い潰れても大丈夫な内に、ダンナと、あのデカブツと、お前らとで、俺らの変化を祝ってくれや」
「特別に上等なワイン寝かせて、待ってるからよ!」
希望が、ただ重いだけのものではないというのは、彼女も身を以て知っている。
故に、二人の励ましにも似た言葉に、リヴェルは素直に頷いた。
「……OK。伝えておくよ」