楽園のシラベ | ナノ
「なんだこりゃぁあ!!」
宿屋に戻って、洗面所で寝間着に着替え、ふと鏡台を見たリヴェルは、仰天した。
ブティックの試着室で自身の姿を見た時には確かに無かった筈の物が、自分の頭――両の角に着いていたのだ。
「よーやく気付いたのか」
「い、何時だ!! 何時つけたんだよ、コレ!!」
「お前がそこで不貞寝してた時」
「あの時か!! つーか、よくもまぁ、あんな短い時間に付けられたな!!」
リヴェルの角に着けられていたのは、白い花の輪飾りだった。
角つきの新人類に向けた物で、よくよく思い返せば、ブティックのアクセサリーコーナーに似たような物が幾つか置いてあった。
まさか、その一つをシラベが買っていて、知らぬ間に着けられていたとは。
髪を整えるがてら、こんな乙女チックなものをと、リヴェルが真っ赤な顔で睨むと、シラベは取り繕うように笑い返した。
「そいつは、俺からのプレゼントだ。今後お前の旅に、幸多からんことをっつーことで、まぁ受け取れ」
「あのなぁ……」
リヴェルが角飾りに対し過剰な反応を示したのは、これが自分には可愛らし過ぎるデザインのものだから、というのもあったが。
何より、角を隠すことで自衛してきたというのに、目立たせるような物を着けるのは、抵抗があったからだった。
シラベとて、その心情を知らぬ訳ではあるまいに。
どうしてこんな物を贈ってきたのだと目で問い掛けたリヴェルだが、シラベの答えはまたも、彼女の不意をついてきた。
「父ちゃん譲りの立派な角なんだ、見せていけよ。もう隠す意味もないんだしよ」
ややあって、リヴェルは一層、顔を赤くした。
今にも火を吹きそうなくらい、頬が熱い。わなわなと、何かが込み上げくるが、口がぱくつくばかりで何も言えず。
くつくつと笑うシラベが踵を返して、ベッドへと潜り込むまで、リヴェルは振り向くことさえ出来なかった。
「そんじゃ、おやすみリヴェル。明日は朝食の後、目覚めのコーヒーを飲んだら出発だ」
「あっ、オイ!」
さっさと布団に潜り込んでしまったシラベは、「あー、疲れた疲れた」などと言いながら、壁の方を向いてしまった。
シソツクネも、アームチェアの肘掛けに、体を寄り掛からせるようにして寝てしまい。
リヴェルは暫し、しんと静まり返った室内で縮こまっていたが。やがて立ち尽くしているのが馬鹿らしくなって、部屋の照明を消すと、夕方のようにベッドの上にダイブした。
「…………ずりぃ奴」
枕だけに聞こえるような声量でそう呟くと、リヴェルは角飾りを取って、そっとベッドサイドチェストの上に置いた。
暗がりの中、月明かりを吸った白い花。
こんな可愛い物、と思いながらも、自分は明日も明後日も、これを着けてしまうだろう。
リヴェルは目蓋を下ろし、明日の朝食のことを考えながら眠りに就いた。