楽園のシラベ | ナノ


「まるで干物だな」


マーケットから撤退した一同は宿屋に入り、ひっきりなしに動いていた足を休めた。

長らく商売をやってきているシラベは慣れている為か、然して疲れた様子はないが、リヴェルの方はくたくたで、着替えもせずにベッドの上に体を投げ出していた。

故郷では農作業を手伝っていたので、体力にはそれなりに自信があった。
しかし、勝手の分からぬままに店に出され、あっちにこっちに忙しなく動き回らされては、疲労も倍増するというものだ。

せめて事前に説明してくれたら、もっと上手く動けただろうに。

リヴェルが疲れ切った膨れ面を枕に埋めると、アームチェアで一服していたシラベが腰を上げて、頭を小突いてきた。


「起きろ、イワシちゃん。せっかくのドレスに皺がついたらどーすんだ」

「うるせぇ……。もうとっくに汗で台無しになってんだ……放っておいてくれ……」

「いいから起きな。これからオステリアに洒落込むんだからよ」

「オステリア…………飯屋か!?」


押されても引かれても、当分ベッドから退く気はない。そう思っていたリヴェルだが、体はあっさりと床から剥がれた。

その食い付きの良さに思わず苦笑しつつも、シラベはボサボサに乱れたままのリヴェルの髪を撫でて、軽く整えてやりながら、答える。


「行き付けの店があってな。あそこの肉団子入りボロネーゼを食わないでこの町を出るのは、バカのやることだ」

「ピザモ美味イゾ!! 焼キ立テ、サイコーダ!」

「ボロネーゼ……マルゲリータ…………」


時刻はちょうど夕飯時。巣に帰る鳥達に同調するように、腹の虫も鳴き出す頃合いだ。

疲弊してすっかり忘れていたが、リヴェルはしっかり空腹で、体は今日の働きっぷりに見合うエネルギーを欲している。

リヴェルは、想像で込み上げてきた涎を飲み下しながら、慌てて体を起こし、皺を伸ばすようにドレスを引っ張った。


「行こうぜシラベ! さっさとしないと、胃袋からクレームが来ちまうよ!!」

「OK、速やかに移動しよう」


オステリアに向かうと決まっただけで、疲れが何処かに吹っ飛んでしまったのか。
此方を急かし、早く早くと浮き足立つリヴェルに、シラベは軽く肩を竦めながらも、悪い気はしないと笑みを浮かべた。





アンムルブッシュは、美食の地としても名高い。

あちこち回って舌の肥えた商人達、彼等が持ち込んできた食材。それらを扱う料理店は軒並みクオリティが高く、連日仕事を終えた商人達で賑わっている。
甲乙付けがたい名店揃いだが、その中で特にシラベが贔屓にしているのが、食事と酒が美味いオステリア、≪牛の宴亭≫である。


「いらっしゃい! 悪いが見ての通りの忙しさだ! 空いてるとこに適当に座ってくれ!!」


今日の稼ぎを祝い、明日の繁盛を祈る商人達の笑い声で、店は大層な賑わい様だった。
所狭しと並べられたテーブル席は、相席も止む無しの状態でほぼ満席であったが、カウンターに二つ並んだ空席が見付かり、シラベとリヴェルは滑り込むように椅子を取った。

奥のキッチンでは、≪牛の宴亭≫店主を筆頭としたコック達がひっきりなしに料理を作る音と、活気のいい声。
向こうからは、酒の入った吟遊詩人が楽器を掻き鳴らし、周りの客がそれに口笛を吹いたり、手拍子をしているのが聴こえる。

非常に騒々しい。だが、不快でも耳障りでもなく、ずっと聴いていたくなるような。そんな賑わいだ。

そこに、湯気を上げる料理が運ばれてきたとなれば、いよいよテンションが最高潮を迎える。
リヴェルは、いそいそとナプキンを首に付けて、待ってましたと食事を口に運んだ。


「う…………っめぇ!!」

「だろ? そう、そうやって品のねぇ食い方するに限るんだよ、此処の飯は」


じっくり煮込まれたトマトと挽肉のソースに、ごろごろ入ったボリューム満点の肉団子。
それを、タリアテッレと一緒に頬張れば、下ろし立てのパルメザンチーズの濃厚な味わいと、肉の旨味が口いっぱいに広がる。

シラベが、これを食わずに町を出るのはバカのやることだと言ったが、ああそうに違いない。
このボロネーゼを食べずにアンムルブッシュを出るのは、愚行である。

リヴェルは、唇がソースだらけになるのも気にせず、次から次へ掻っ込むように料理を口に入れていった。


「いい食いっぷりだ。お前もヘトヘトのとこ起き上がった甲斐あるってもんだな」

「こんだけうめぇもん食えるんだったら、まっすぐ来たかったくらいだ」


よく伸びるチーズに苦戦しつつ、リヴェルはマルゲリータをむぐむぐと食べ進めた。

ピザも、シソツクネが太鼓判を押していただけあって非常に美味で、マルゲリータとビスマルク、どちらもあっという間に胃袋に納めてしまった。

いっそ感心する程の食べっぷりだと、シラベは近くにいた給仕を呼び止め、追加注文を取ってやることにした。


「あぁ、そこのお嬢ちゃん。マリナーラと、ビールをジョッキでくれ」

「あ! それとこのアランチーニ……ってのか? この、揚げたやつも!」

「かしこまりました」

「よく食うな」

「よく働いたからな」


得意気に笑みながら、リヴェルはシーザーサラダを食む。

思えば、ちょっと前まで彼女は、三食まともに摂ることも侭ならぬ生活をしていたのだ。
金もなく宛てもなく、こそこそと盗みをしながら、どうにか食事にあり付いて、母の手料理を恋しがったりしていたのではなかろうか。

シラベは、手元に残った酒を呷ると、肴にと頼んだチーズをリヴェルに勧めた。
香草が練り込まれたチーズは、リヴェルにとって初めての味だったらしい。
暫し考え込むような顔をしていたが、呑み込む頃にはおかわりを要求してきたので、シラベは目を細めて、もう一つ口に放り込んでやった。


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