楽園のシラベ | ナノ


「あらあらぁ、お似合いですよお客さぁん! まるでお人形さんみたい!」


丸々太った女将の賛美の声から一拍遅れて、シラベはヒュウと口笛を吹かせた。

深い緑色のドレスに、白いエプロン。丈は脛の中程で、動きやすくも上品で、女性らしいデザインで仕立てられている。
人形ほど着飾った格好ではないが、その可愛らしさは、ガラスケースに入れて飾ってみたくもなる。

シソツクネが「マルデ別人ダナ!」と称賛する中、シラベは試着室から出て来たリヴェルに、ぱちぱちと拍手を送った。


「馬子にも衣装っつーもんだ。いやぁ、見違えたもんだ」

「……おばちゃん、こいつにもっとマシなコメント言えるようレクチャーしてやってくれよ」

「アッハハ! おにーさん、ダメよぉ。女の子は褒め倒すくらいしてあげなきゃあ!」

「役に立つアドバイスどーも、マダム。じゃあ、このお人形さんセット一式と、さっきの服まとめてくれ」

「毎度ぉ!」


アンムルブッシュに着くや、シラベはリヴェルに自分のシャツを被せると、真っ先にブティックに向った。

其処で、気の良い女将に片っ端から似合いそうな服を持ってこさせて、リヴェルを試着室に放り込み、ボロ布同然の服を着替えさせたのだが。
女将の見立てに間違いはなかったと、何処を歩いても恥ずかしくない姿になったリヴェルに、シラベは満足げに笑いながら、今後の旅路で着まわしていくのに問題ないだろう量の服をまとめて購入した。

そのどれもが、自分が着るには少し品が良くて、女の子らしいんじゃないかと、リヴェルはやや顰め面で、上質なシルクのスカートを手遊んだ。


「……ちょっと洒落過ぎてんじゃないか」

「似合ってるから心配すんな」


店の女将が褒めるのは、商売上の世辞だろう。では、シラベは、からかっているのか、それとも、本音なのか。

前者の意味も多少なりあるだろうが、きっと、後者だろう。
自惚れではなく、シラベの声や笑い方で、そうだと思えてしまって。リヴェルは何だか無性に悔しくて、地面を爪先で小突いた。

悪い気はしない。しかし、落ち着かない。

足元がふわふわしてるようで、この気持ちに身を任せてはいけないと、意地を張って、リヴェルはちっとも嬉しくない顔をするが、シラベはそれでいいようだった。

すっかり綺麗になったリヴェルの横を、彼女のぼそぼそとした歩幅に合せて歩いている。
それも何故だか気に食わなくて。けれど、心が浮ついて。リヴェルが思わず唇を尖らせた、その時だった。


「さて、その洋服代なんだが」

「えっ」


突如、曲がり角から現れた見知らぬ人物にハンマーで頭を殴られたような。
そんな衝撃に、色んな感情が根こそぎ落っこちて、面食らったリヴェルは、声を張り上げた。


「ちょ……金取るのかよ!!」

「当たり前だろ。食費生活費雑費、全部お前の自己負担だ」

「自己負担って……私、金なんか持ってねぇぞ!!」

「んな事は、最初から分かってる」


シラベは、いつの間にか咥えていた煙草に火を点けると、深く紫煙を吸い込んだ。

リヴェルが余りに健気で哀れで、思わず情をかけてしまったシラベだが。完全無償で彼女を≪アガルタ≫に案内する気は、毛頭なかった。

リヴェルとて、勿論何もしないで≪アガルタ≫まで連れていってもらう気はなかったが。
あまりに無遠慮に彼が服を買ってくれたのと、支払い云々の話をここまでされなかったので、今更自己負担と言われて、驚かずにはいられず。
今からでも服の返品は大丈夫だろうかと、目まぐるしく頭を回していくが、そこにシラベが杭を打つように告げてきた。


「持たざるもの働くべし、だ。金もねぇ、売るものもねぇ。それなら、働いて稼げ」

「働いて、って…………」


たらり。頬に嫌な汗が伝う。

それを舐め取るような視線が、サングラスの向こうからやってきて。
思わずたじろぐリヴェルを追い詰めるように、シラベは歯を見せて、ニタリと笑った。

「肉体労働、得意だろ?」





「サァサァ、寄ッテラッシャイ、見テラッシャイ!! 旅商人シラベノ店ダゾ!!」


雑踏と、ざわつき。絶え間なく行き交う人、人、人に、威勢のいい呼び込みの声。
アンムルブッシュ名物・巨大フリーマーケットは、端から端まで賑々しく。中心から外れた位置にいても、瞬きする暇さえない程に忙しなかった。


「お嬢ちゃん、そこの瓶をくれ! その、発光ハーブが入ってるやつだ!」

「あ、えっと……金貨十五枚だ!」

「ちょっとお姉さん! その商品はなぁに?」

「えぇ?! シ、シラベ!! これ!! これなんだ?!」

「オイ、リヴェル!! さっき出してこいって言った商品どうした!!」

「今用意するよ!!」


フリーマーケットは、まさに自由市と言うに相応しく。
屋台を出す者もいれば、御座を敷いてその上に商品を並べる者や、ワゴンやトラックを停めている者。
多種多様な形で店が成され、大勢の商人が、犇く人々を相手に品物を捌いていた。

シラベも其処で、キャラバンを停めて商売に勤しんでおり、リヴェルはその手伝いに走り回らされていた。

キャラバンは、シャッターを上げれば一階部分が店として機能するように出来ていて、基本は車内から、外の客を相手に、中の商品と料金を交換するだけでいいのだが。
何せ人が多く、右から左から注文や質問が飛んできて、時たま棚の中身が切れて、二階や奥の部屋から品物を補充しなければならず。リヴェルはてんやわんやと駆けまわっていた。

シソツクネがあちこち飛び回って喧伝したり、シラベが声高らかにセールストークをしたりするので、キャラバンの前は常に人だかり。
それを一人一人相手していかなければならないのだから、頭がショートしてもおかしくない。

棚の中も在庫も綺麗さっぱり消えたところで、店じまいとなった頃には、リヴェルは燃え尽きていた。

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