カナリヤ・カラス | ナノ


自己の消失さえ感じさせる程の、永い永い眠りの中。開くことの無い瞼の裏で、培養液に沈められた兵器は、夢を見ていた。


荒廃した街。灰燼を運ぶ風。赤く焼けた空の色。誰かの悲鳴と、血の匂い。

繰り返し繰り返し、廻り、巡り、脳裏に過っては消えかけた自我を呼び覚ますそれは、彼の記憶だった。


兵器として生まれ、兵器として育ち、兵器として利用され、兵器として眠らされた彼にとって、戦いこそが全てだった。

見境なき破壊。燃え盛る炎の如き侵攻。吐き気を催すような蹂躙と、徹底した凌辱。その冷め遣らぬ熱が、深い眠りの中で尚、彼を酷く煽り立てた。


闘争を、殺戮を、殲滅を、戦火を、陵虐を。一切の救いも無い、地獄の戦乱を再びと、彼を形作る細胞の一つ一つが咆哮する。

それでも、稼動を続ける機械の呪縛は解けず。無限にも等しい時の中、何時か来る永久凍結に抗うことも出来ぬままに、百余年。


(バイオフォーセス、番号・外……!!ではこれが、百年戦争時代の遺品!!人型兵器、ブラックフェザーのプロトタイプか!!)


遺跡と化した研究所を訪れた予期せぬ客人の手によって、彼は眼を覚ます。永い時に曝されて尚、研ぎ続けてきた闘争心と共に。色褪せることない惨禍を求め、兵器は再び、この世界に降り立った。





振り下ろされる拳は、隕石を思わせる破壊力を以て襲い来る。

紙一重で身を翻し、床を穿つその腕を踏み台に跳躍し、頭部目掛けて槍を振り翳すが、軽く頭突きするような動作で、切っ先が弾き飛ばされた。まるで、巨大な岩石にぶち当たった炭鉱夫だ。鋭い槍の穂先を受けたにも関わらず、罅一つ入っていないこめかみを睨みながら、孔雀は反撃が来る前に素早く跳び退いた。


「クソ……何だこの硬さ……っ!!」


何度吐いたかも分からぬ悪態を、飽きもせず口にしたくなる。

かの生物兵器と対峙して数分――それだけの間、戦闘が続いたこと自体が奇跡のようだが――本来決定打となり得る攻撃を悉く弾かれ、あの巨体を覆う黒い皮膚の鎧にかすり傷さえ付けられていないのだ。刃毀れしつつある己の武器を握り締めながら、孔雀は何とも無いような顔をして拳を引き抜くバンガイを睥睨した。


あれが硬いのはあくまで外皮のみで、皮膚に覆われていない部位は攻撃が通る。

眼球、咥内、鼻孔。この三ヶ所に攻撃が当たれば、多少なりダメージを与えることは出来るが、それも瞬く間に回復されるし、狙われると分かっている場所を易々と狙わせてはもらえない。

夜咫と星硝子と共に、ただ一撃が致命傷たるバンガイの拳打を躱しながら、何とか弱点を突かんと立ち回ってきたが、体力を削られ、じわじわとダメージを積み重ね、徐々に追い詰められつつある此方に対し、バンガイは未だ余裕綽々。
現状、あの底無しの再生能力が機能しなくなるまで彼にダメージを与えるのは、不可能と言っていいだろう。

その拭いきれない絶望感に、流石の星硝子も辟易としているのか。彼女の横顔からは、いつもの不遜且つ泰然自若とした笑みは消え、その手は自らを鼓舞するように拳銃を握り締めていた。


「悔しいけど、本当に同じ生物兵器なのかって言ってやりたくなるわね……。その力、一体何なのよ……」


そう思っているのは、夜咫も同様らしい。彼もまた、圧倒的な力の差を前に切歯しながら、底知れぬバンガイの力の在り処を必死で探るような眼をしている。


バンガイは、己が自分達と同じ生物兵器であると言った。

彼がプロトタイプであり、自分達はそれを基に作られた後続機であるとしても、同じブラックフェザーの名を冠する兵器であるのなら、バンガイの持つ力が自分達に在って然るべきではないか。

そんな嘆願めいた視線に気を良くしたのか。バンガイは鼻歌を口遊むような調子で、自らの能力について語り始めた。


「何れお前らも思い出すことになるだろうから、教えといてやろう。生物兵器バイオフォーセス……人の形をした人ならざる兵器として、俺達は生物を超越した身体能力を持っている。パワー、スピード、スタミナ……そうした基礎ステータスは勿論、治癒力、機動力、洞察力まで強化されたこの体に搭載された、唯一にして最大の武器。それが、”細胞形質変化”と呼ばれる能力だ」


バイオフォーセスが死を啄む鳥と恐れられた所以は、そのあらゆる生物を凌駕する身体能力に加え、彼等が持つ特異な力にあった。

百年間、幾多の戦場を血で染めたその力は、”細胞形質変化”と呼ばれるもので、これは彼等の肉体を構築する”怪物”の力を用い、自らの肉体を変容させる特殊能力であった。


「この能力は個体ごとに異なり、俺は皮膚を硬質化させる力を使うが、超再生に特化した奴、肉体の形状を変化させる奴と、まさに十人十色だ」


”細胞形質変化”の力はバイオフォーセスごとに異なり、バンガイのそれは”堅”(けん)と称された能力であった。


バンガイは”細胞形質変化”によって、自らの皮膚をダイヤモンドにも匹敵する硬度に変異させ、超硬化した皮膚の鎧で身を包み、大砲さえも寄せ付けぬ圧倒的防御力を誇っていた。

拳だけで戦車を破砕する攻撃力。加えて、如何なる砲撃にも動じぬ防御力。まさに動く城塞の如き性能。これこそが生物兵器バイオフォーセスの原点たる自らの力であると、バンガイは両手を広げる。その無防備な胴体でさえ、穿つ術を持たない三人を嘲るかのように。


「無論、お前らもそれぞれ”細胞形質変化”の力を持っている訳だが……それを使うことが出来ないのは、言うまでもないよなぁ」

「……自分が兵器であったことを忘れているから、兵器としての性能もロストしている。だから私達には……”細胞形質変化”が使えない」

「その通り!ハッハ、物分りがいいじゃねーかbV!」


そも、星硝子達が自らの正体に辿り着くのに時間を要したのは、彼女らが記憶と共に兵器としての力を失っていたことに起因する。

人並み外れた身体能力だけでも、人ならざるものたる証明にはなり得た。だが、彼女達が兵器であることを確証付ける為の武器は、その体の奥底に眠っていた。もしそれが目覚めていたのなら、こんな所で、こんな形で、全てを知ることもなかっただろうに。

未だ沈黙を続ける、自らの内側に息衝く”怪物”に、夜咫と星硝子が焦燥する。その顔が物語る絶望に舌なめずりし、バンガイは拳を覆う皮膚を隆起させた。
その、まるで凶悪な形をしたナックルダスターを嵌め込んだような両拳を打ち鳴らし、バンガイは嗤う。飛び立つ術さえ知らない、哀れな小鳥達を嬲り尽くす喜悦に歯を軋らせながら、彼は”怪物”の力を振り翳さんと拳を握り固める。


「なら、当然理解出来てるよなぁ。性能をフルに発揮出来ない量産機が、完全覚醒している原型機に勝てる訳がねぇってこともよぉ!!」

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