カナリヤ・カラス | ナノ


その命は、誰にも祝福されぬものだった。


(不出来な兵器だ。今の時代じゃ、これが限界なのかもしれねぇがな)


彼女を造った者も、彼女の親と言うべき者も、彼女の存在を知る者も、彼女自身でさえも。
誰もがこの躯を出来損ないの紛い物と疎み、この命を無価値と定めた。


(生物兵器でありながら、機械無しには生きられない時点でこれは欠陥品だ)

(稼働時間は十年に満たないだろうが……試作機としては十分だろう)

(廃棄するには惜しまれる程度の性能はある。完成品が出来るまで、レジスタンス共と遊ばせておけ。壊れたところで、バンガイがいる)


一つの生命としても、兵器としても不完全。何物にもなりきれないが故に、誰にも望まれず、生まれながらに消耗品として使い捨てられることが決定していた。

そんな自らの運命に抗うことさえ考えられなかったのは、彼女に意思というものが与えられなかったからだ。


(スクラップになりたくないのなら、戦え。お前はその為だけに存在している)

(お前も、母親のように死にたくはないだろう)


中途半端な兵器であるが故に、彼女は恐れた。

自らの素体となった、父親とも称すべき本物の兵器。その力を以てして破壊され尽くしたものを”教材”として見せられたその時から、彼女は恐怖した。

強大なものに抗うことを。絶対的な力の前に立ち向かうことを。


こうして彼女は、ああなりたくはないという想い一つだけを原動力に、兵器として生き、兵器として死ぬ道を選んだ。

それが何の意味も成さないとしても。元より自分には、存在理由も存在価値もないのだからと、少女は羽撃く。


(行け、カササギ)


他者の死を啄むことでしか生きられない、その躯で。





「……大丈夫か、雛鳴子」

「……大丈夫ですけど、大丈夫じゃないです」


突如として降り立った厄災と対面し、五体満足であるだけ僥倖である。
そう楽観視していられる状況でもないのだが、絶望も大き過ぎると可笑しくなってくるもので、雛鳴子は思わず苦々しく口角を上げた。


事態が急変したのは、ほんの数分前の事だ。


夜咫一同の到着か、はぐれたギンペーとの合流を待って身を潜めていた雛鳴子と鷹彦は、自治国軍兵士と鉢合わせ、戦闘となった。

彼等を制圧するのに問題は無かった。だが、その過程で二人はターゲットである生物兵器・カササギの乱入を受けた。

兵士達との戦闘が引き鉄になったのか。はたまた、最初から此方の不意を衝く目的で兵士達が投下されたのか。それは定かではないが、何れにせよ、二人は心の準備さえ侭ならぬ状態で、カササギとの戦闘を余儀なくされた。


「……バンガイに並ぶ兵器だと聞いていたから用心はしていた。実際、目の前で見て、これは手を抜ける相手でも、気を抜ける相手でもないと痛感した。それだけ警戒した上で戦って、この始末とはな…………」


侮ってはいなかった。油断もしていなかった。

相手が、見た目には幼い少女ということは事前に耳にしていたし、彼女が現れた時でさえ、本当に子供だと気を緩めることもしなかった。否、出来なかった。


確かにカササギは、容姿だけ見ればか弱い少女だ。痩せぎすで、今にも倒れてしまいそうな弱々しさを持った、兵器とは程遠い姿形をしている。

だが、その両腕に生えた機械の翼を羽撃かせながら、天井をぶち抜き、足元の兵士を踏み潰して降り立った彼女を眼にした瞬間。雛鳴子も鷹彦も悟った。これは、人の形をした兵器である、と。


故に二人は、カササギに対し、最初から全力で向かったのだが、結果はこの有り様だ。

近接は命取りになる。遠距離から相手の動作を見極め、確実に一撃を喰らわせ、堅実にダメージを稼いでいくしかない。

視線一つで方針を定め、いざ勝負と踏み込んだ、その直後。四方八方を覆う夥しい量の触手と、巨大な翼による蹂躙を受け、二人は塵芥のように吹き飛ばされた。


直撃を受けていたら、無事では済まされなかっただろう。巻き添えを喰らい、粉微塵になった自治国軍兵だった肉片や、辺りに散らばる壁や天井の残骸を見遣りながら、二人は余りに冷え切った安堵感を嚥下した。

一撃で全てを叩き潰すような、無作法で無慈悲な攻撃。それが、人が虫を踏み殺すのと同じ感覚で放たれているのが明白だからこそ、痛感させられる。目の前の少女は、紛れもなく兵器なのだと。


込み上げる失意と戦慄を飲み下しながら、鷹彦は砂塵の向こうで佇むカササギを見据え、思案する。

この戦い、自分と雛鳴子だけでは万に一つも勝ち目はないだろう。夜咫達が此処に来るまで、という望みに賭けてもいられない。カササギが動き出したということは、バンガイも然りと見て間違いないからだ。

となると、増援を待つのは自殺行為を言える。かと言って、二人で逃げたところで、何処まで距離が稼げるか。

ならば、成すべきは一つだと腹を括り、鷹彦はカササギに向かって構える。


「雛鳴子、俺がどうにか時間を稼ぐ。お前はその隙に逃げろ」


誰かが此処でカササギを食い止めなければ、最悪、アルキバも流星軍も全滅することになるだろう。だが正直なところ、鷹彦は彼等のことも亰の行く末も、どうでもよかった。

彼にとっての最悪は、自分含め、金成屋の面々が此処で命を落とすことだ。

例えレジスタンスやハンター達を見殺しにしてでも、自分達さえ助かればそれでいい。此処で雛鳴子を逃がして、ギンペーを回収させ、撤退させて、自分も隙を見計らって逃げる。鴉については、自分でどうにかするだろう。あれは、それが出来る男だ。

だから、此処での最優先事項は、雛鳴子を逃がすことだと鷹彦はカササギに立ち向かう。


奇跡的に増援が間に合えば、それはそれでいい。彼とて敗走より、勝利の方が望ましいし、夜咫や星硝子達を踏み台にしなくて済むならそれに越したことはないと思っている。

しかし、この状況に於いて考えるべきは最良より最悪だ。下手な望みを抱けば、その重みに足を取られて命を落とす。

それを彼女とて、分かっているだろうに。それでも、雛鳴子は決して引き下がらなかった。


「逃げられると思いますか」

「その為に俺が」

「そういうことじゃないですよ」


鷹彦が足止めとして不十分、と言っているのではない。鷹彦一人を置いては行けないのだと、その眼が強く訴える。

まるで、彼が此処で一人、カササギと戦えば、必ず死に至る未来が視えているかのような。そんな得体の知れない確証と、そうはさせてなるものかという覚悟を湛えた青い双眸で、雛鳴子は目の前の敵を真っ直ぐに見据える。


「二人で時間を稼ぎましょう。あの人には期待出来ませんけど……必ず、誰かが来てくれる筈です。それまで、持ち堪えてみせます」


決して、足だけは引っ張らない。寧ろ、そうなるのなら躊躇いなく切り捨ててくれと、そう語りかけてくるような決意に、鷹彦は溜め息を吐いた。

彼女の顔付きは、場違いな程に精悍だ。とても、兵器と対峙している者のそれとは思えない。
勝てる見込みがあるなどと、思ってはいないだろう。成す術なく叩き潰されることだって、見えているだろう。

だのに、どうしてそうも凛然としていられるのかと眼を細めながら、鷹彦は改めて、構え直す。


頼り甲斐など、正直に言えば、無い。それでも、彼女が隣にいることで、指先に残っていた惑いは消えた。


「……頼もしくなったな」

「貴方に鍛えてもらいましたから」


妙に快哉として、思わず口角が吊り上る。取り敢えずやれるとこまでやってみようなどという、命取りにしかなり得ない希望的観測に身を委ね、鷹彦は雛鳴子と共に迎撃体勢を取った。
依然、カササギは動かない。立ち尽し、首の後ろから生えたチューブのような触手を蠢かせ、舞い上がる砂埃を振り払い、光の無い眼で何かを眺めているだけだ。

ただそれだけ。だが、それが異様に悍ましいと、雛鳴子と鷹彦は警戒心を最大にまで高め、カササギの一挙一動に眼を遣る。


「…………ああ、また」


ぽつりと、小さな雨粒のような声が落ちる。

淀んだ憂いをふんだんに含んだそれを可憐な唇から零しながら、カササギは虚ろな視線を飛散した自治国兵士の血肉に向ける。


「また、兵隊さんをこわしてしまった。おとうさんに、おこられてしまうのに。葦切さんにも、おこられる……。痛いことを、されてしまう…………」


それが自分の攻撃によって潰えた物だと認識する度、頭の中を素手で掻き混ぜられるような想いがした。


彼の所有物である兵士を駄目にしては、叱られる。叱られて、折檻を受ける。堪え難い痛みを以て、教え込まれる。

自分が如何に不出来であるか。羽根を一枚一枚毟り取るようにして、文字通り、痛感させられる。これまでも、そうであったように。


「ああ、ア、あ――…………アァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


想像から既に、キャパオーバーを起こし、カササギは狂ったように咆哮を上げた。


あの責苦から逃れる術は、成果を上げる事のみであることを、彼女の体は知っている。

兵器として優れていることを証明出来た時だけ、自分は許しを得ることが出来る。だから、成すべきことはただ一つ。


命令通り、敵を、排除する。


それで自分は救われるのだと慟哭する兵器は、翼を収縮しながら、獣の眼差しで標的を見定めた。


「来るぞ、雛鳴子!!」

「はい!!」

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