カナリヤ・カラス | ナノ


――世界を滅ぼした百年戦争は、ある組織の叛乱から始まった。


かつてこの国が、帝京国と呼ばれていた頃。宇宙からの外来生物による生物災害に見舞われていた時代に設立された特殊戦闘機関。外来生物に対抗し得る特異な力を持つ者達で構成されたその組織は、外来生物の駆除に成功した後、国家転覆を目論み、王権簒奪の為の内乱を起こした。

敵は少数。だが、特異な力を持つ戦闘員達を相手に、軍は圧倒され、国は最早、組織の手に落ちるのを待つしかなかった。


しかし、国は守られた。一人の”英雄”の手によって。


”英雄”は組織の戦闘員であったが、母国の為に、正義の為に反旗を翻し、組織を離反。組織が有する原初の生物兵器――”怪物”と称された黒翼の兵器を引き連れ、彼は数多の戦場で獅子奮迅の活躍を見せた。


そして、”英雄”と”怪物”の活躍によって、内乱は終わった。だが、この戦いを傍観していた他国が、内乱で疲弊した国を狙い、戦争を仕掛け――後は誘爆するように、戦火は拡大の一途を辿った。

争いは争いを呼び、百年間絶え間なく世界で戦争が起こり、やがて世界はどうにもならないところまで行き着いた。

その長い戦いの歴史の中で、”英雄”は十年近く戦線に立ち続け、幾つもの勝利を国に捧げ、最期は暴走した”怪物”をその身を挺して制御し、命を落とした。


まさに”英雄”と称するに相応しい彼の生涯を、国は英雄伝として語り継ぎ、その名前を永遠のものとした。


かの”英雄”の名は、イズモ。”大英雄”アラガキ・イズモ。


嵐の如く猛威を奮い、雷の如く戦場を駆け抜けたその人は、今も尚、この国に生きる人々にとって至上の”英雄”として讃えられている。






瞬きの間に過ったのは、彼女が愛していた物語であった。

彼女は願っていた。この世界に永久の平和が訪れることを、地上から武器が消えることを、人々が安寧の中に生きることを。
故に、彼女は憧れた。国の為、民の為、平和の為、正義の為にと戦い続けた”英雄”に、彼女は焦がれる程に憧れた。今の時代に必要なのは、彼のような”英雄”だ。地位も名誉も富も求めず、争いの終結だけを願って戦い続ける”英雄”が、この死に絶えた世界を救うのだ、と。

そんな子供じみた願いを抱き続け、本気でこの、救いそうのない世界を救おうとした。
だから、彼女は死んだのだ。
惨たらしく、凌辱の限りを尽くされ、あらゆる尊厳を奪い、踏み躙られ、その全てを否定するような形で、殺されたのだ。


(雁金総帥閣下、お願い致します。この子を……夜咫を、見逃してあげてください)


世界なんてものを救おうとしなければ、そんな願いを抱くような高潔さを持たなければ、彼女は殺されずに済んだ。

だが、誰がその祈りを否定出来よう。最後まで誇り高く、”英雄”で在り続けようと胸を張って、その身を捧げた彼女の想いを、どうして無下に出来よう。


(――ありがとう、夜咫。アンタは、私の自慢の息子よ)


例えそれを、彼女が望まなかったとしても。彼女の息子として、自分は成し遂げなければならない。

手始めに、此処から。此処から世界を救うのだと、無惨な亡骸に誓いを立てた日からずっと、自分はその為に生きてきたのだと、夜咫は武器を握り締めた。


「…………お前が立ちはだかるか、因幡」


総帥室に繋がる階段で、その人物は待ち構えていた。
まるで必ず自分が此処に来ることを見透かしていたような眼をしながら、石像宛らの重々しさを纏うその人は、階段から腰を上げ、軍帽の庇をも貫くような視線を夜咫へ向ける。


――大亰自治国軍特殊部隊隊長、因幡直紀。老いて尚、自治国軍幹部最強の名を冠し、多くの敵兵を屠ってきた伝説の兵士。

あの葦切でさえ敬服し、雁金からの信頼も最も厚い男だ。


今日までの革命の中で何度か対峙したことがあるが、夜咫を以てしても倒すことが出来ずにいた程の相手。
それが万全の状態で待ち受けているのだ。身動ぎ一つすることさえ憚られると、目白達は喉笛に刃物を宛がわれているかのように息を飲んだ。


周囲には、因幡直属の部下である特殊部隊の精鋭達が構えている。全員で因幡を討つ、ということは出来ないだろう。

尤も、仮に此処にいるのが因幡一人だったとしても、夜咫は目白達の手を借りることを拒んだに違いない。因幡を睨む夜咫の眼を見て、目白達が改めて確信した時だった。


「……久しく見ない内に、母親と同じ眼をするようになったな、夜咫」


ざぁっと風が沸き立つような激情の煽りを受けた時には、其処に夜咫はいなかった。
彼の姿を追って眼を動かすより速く、高く金属音が鳴り響く。夜咫のブレードと、因幡の銃剣が衝突した音だ。

飛び散る火花の残光を見ながら、張り詰めた糸を無遠慮に断ち切られたように弾け飛んだ夜咫に、目白達は叫ぶ。もうその声が、彼の耳に届くことはないと理解していながら。


「夜咫!!」

「…………お前が」


血走ったその眼は、既に何も見えてはいなかった。眼前の因幡のことでさえ、夜咫の眼には映っていない。

彼の瞳に焼き付いているのは、誰よりも愛した母の姿。今も尚、決して色褪せることのない、愛した母の、最期の。


「お前が――鳩子を語るのか」


ブレードを握る手に血が滲む程に力を込めて、夜咫は因幡を睥睨する。

深い皺が刻み込まれたその貌に、此方を見据えるその双眸に、彼女の面影を感じるが故に。腕力で押し戻され、後ろへと弾かれた夜咫は、喉が張り裂けんばかりに咆哮を上げる。


「実の娘を見殺しにしたお前が!!鳩子を語るのかと聞いている!!答えろ、因幡直紀!!」


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