カナリヤ・カラス | ナノ


その鳥は、狡猾にして獰猛。
不幸を運ぶ不吉の象徴、死の使い。ゴミ山を飛び交い、死肉を啄む汚れた鳥。

関わってはならない、眼を合わせてはならない。赤い眼に入ったが最後、逃れることは出来はしない。


「や、夜咫の兄ぃ……」

「ど、どうして、こんな早く……」


そんな男と同じく、忌み嫌われる鳥の名を冠する青年が、刃を濡らす血を振り払ったところで、雛鳴子達は髪の先に火が点いたかのように焦り始めた。


「ま……まずいですよ。あれが星硝子さん達の言っていた……」

「……鉄亰のヤタガラス、か」


頭から墨を被ったような黒い髪、黒い装い。その黒々とした出で立ちの中で、一際目を引く、凶悪なまでに赤い瞳。加えて、左右で大きく異なる足音。

見聞した特徴と一致している。彼が、星硝子の言っていた”鉄亰のヤタガラス”で間違いないだろう。


しかし、百聞は一見に如かずとはよく言ったものだ。

彼と似たような名前を耳にした時からもしやとは思っていたが、実際に目の当たりにして初めて、雛鳴子達は確信した。


”鉄亰のヤタガラス”と呼ばれるあの青年は、鴉や星硝子とよく似ている。


「ふぅん。あれが、ねぇ」


星硝子の時と同じく、当の鴉は非常に淡白な反応だが、雛鳴子達は思わず脈が早くなる程、彼に――夜咫と呼ばれた青年に、鴉達と同じものを感じていた。

口元を覆うマスクのせいか。はたまた、薄く短い眉のせいか、顔立ちは彼らのそれより、人を寄せ付け難い凶相だ。
状況が状況なのもあるだろうが、身に纏う雰囲気にも鬼気迫るものがあり、どちらかと言えば寡黙な方にも見えるのだが。それでも、彼もまた鴉達と同じ性質のようなものを有しているとしか思えない。

そんな匂いを嗅ぎ取ったかのように、雛鳴子達が自然と声を潜めながら、呆然と佇むレジスタンスや、巻き込まれた来客の視線を集める夜咫をまじまじと見遣る中。静まり返った店内に、乾いた男の声が響いた。


「……撤退だ。全員、引き上げろ」


トンファーに似た珍しい形状のブレードを両手に、鮮やかなまでに人を切り裂いた時の凄烈さや、激情めいた気迫と裏腹に、夜咫の声も目付きも、どこか不活発であった。

まるで、何もかもが忌々しく、全てが腐敗しているとしか思えないような。そんな色が垣間見える双眸で辺りを見渡し、集まる視線を疎むように眉を顰める夜咫に、レジスタンス達は何か物申したげな様子であったが、二度目はないと言うような夜咫の言葉を、誰もが息と共に飲み込んだ。


「”カササギ”が近付いてきた。よって、リーダー代理として命じる。撤退だ、お前ら」


走る戦慄。それは、刃のように鋭利な声を放った夜咫のみならず、”カササギ”という言葉にも向けられているようであった。

未だ仕事を成し得ていないことへの躊躇も、中途半端に捕えた商人達も放り出し、レジスタンス達は皆足早に、ステーキハウスから撤退していく。


「無駄な死体を増やしたくないのなら、大人しく下がれ!”カササギ”はもうすぐ其処だ!不吉の鳥に喰われるぞ!!」

「「Yes, Sir!!」」


征圧と同等。否、それ以上の速さで、レジスタンス達は瞬く間に店を飛び出すと、外で構えていた自治国軍や野次の群れを軽々と飛び越え、あろうことか、市街地の中心にぽっかりと空いた穴へ、真っ直ぐダイブしていった。


高層ビル程の高さから地面まで飛び降りれば、全員ミンチは必須。
だがレジスタンス達は、所々に伸びた鉄骨やパイプを掴んだり、足場にしたりしながら、宛らパルクールのように素早く跳躍しながら、あっという間に光届かぬ最下層へと消えていった。


あの身軽さが、亰で戦う彼等にとって最大の武器なのだろう。

あれでは、重装備でやってきた自治国軍では追いつけまいと、遠く響く無駄な銃声を聞きながら、一同は静まり返った店内に溜め息を零した。


「……なんだったんだ、アレは」

「フリーランナーにでも転向すべきだな、あいつら。あの身のこなし、都でなら馬鹿ウケすると思うぜ」


と、此処で雛鳴子達は、あるとんでもないことに気が付いた。


――増えている。


テーブルの上に荷物が。というか、見覚えのない財布が二つばかし。


「……鴉さん、まさかとは思いますけど、それ」


止め処なく汗が流れる。


いやそんな馬鹿なことが。今し方危機を脱したばかりだというのに、また自分から首を突っ込みにいくような真似。幾ら鴉でも流石にと、一縷の希望に託したいのか。

だらだらと伝い落ちていく脂汗に反し、雛鳴子達の顔には、当人達も意図していない、引き攣った笑みが浮かぶ。


しかし、いつだって人の期待を斜め上の角度で裏切っていくのがこの男、金成屋・鴉である。


「世界で二番めに古〜い法典にもあるだろ。目には目を、歯には歯をってなァ」


ギンペーの皿から掠めた肉を咀嚼しながら片手で胸元を開けさせ、鴉は更に三つ程、財布をテーブルの上に追加した。


「ま、要するに。人の財布を盗る奴は、自分の財布を盗られたって文句言えねーってこった」

「な…………」

「何やってんですか貴方って人はーーーー!!!」


ビリビリと割れたガラスが震える程の大声量で叫ぶのも、無理はない。

一難去ってまた一難という言葉があるが、偶発的に新たな不幸に見舞われるのと、自ら災難を拾ってくるのとでは話が違う。
せっかく何事もなく危機的状況を逃れることが出来たというのに、どうして振り払われた火の粉に乾いた藁を持っていくような真似をしてくれるのか。

雛鳴子達は、周囲から集められる視線さえ、この際どうでもいいと言わんばかりに、鴉に向かって捲し立てた。


「どーにか”ヤタガラス”に目を付けられることなく済んだってのに、どうしてまたわざわざ向こうを招き入れるようなことをするんですか!!」

「おかしいと思ったんだ!!お前にしては余りに大人し過ぎると、思っていながら眼を離していたらこれだ!!ああ、クソ!!」

「ど、どどど、どうするんっすかコレ!!あいつら、財布無くなってることに気付いたら、絶対探しに来ますって!!」


バンバンバンとテーブルを叩く雛鳴子、強く床を踏み鳴らす鷹彦、慌てふためくギンペーを横目に、鴉はメニューを開示して見せた。
自分のしでかした所業の意味を誰よりも理解していながら、その顔に一切悪びれた様子は無く。まさに平常運行。悲しくなるくらい、いつもの彼そのものであった。

そう。これが彼のいつもだと、そう分かっていても、雛鳴子達は嘆かずにはいられなかった。

流石に今回は止めてくれよ、と。


「まぁまぁ。甘いもんでも食って落ち着けよ、お前ら」

「デザート代をその財布から出そうとしないでください!!」

「デザート代だけじゃねーよ。全額ここから出す気満々だ」

「やめろ!!盗ったからにはもうどうにもならないとしても、やめろ!!」


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