カナリヤ・カラス | ナノ


それは、遡ること十四年前に起きた、天奉史に残る最悪の大規模人災。
第六地区の一画を火の海と変え、二百人以上もの死傷者を出した惨害は、爾後”ホロコースト事件”と呼ばれ、今も壁内に大きな爪痕を残している。

被災地は焦土のまま放置され、ゴーストタウンと化した区画には、あらゆるものが焼き尽くされた匂いと煤けた風のみが行き交い、生存者達は未だ忘れられない地獄のような一夜をこう語る。


――あれは、虐殺だった。

逃げ惑う者も、動けずにいる者も、男でも女でも老人でも子供でも、見付けられた傍から殺された。燃え盛る炎の中を闊歩する鉄の兵士に殺された、と。


土地にも人にも、深い傷を残したホロコースト事件。その元凶とも言えるのが件のロボット――テレイグジスタンスヒューマンフォームロボット、通称”テレシス”である。


「俺ぁ、当時第六地区に住んでいたゴロツキで……あの事件で家と娘を失った」


粉々に砕かれたテレシスを見下ろしながら、多岐は力無い声で語る。
突如現れた謎のロボットの素性、それが引き起こしたかつての惨劇、そして、色褪せることない自身の怒りと悲しみを。


「嫁は、ひでぇ火傷を負いながらも、奇跡的に生き延びていたんだがな。目の前で子供を殺されたことが、堪えたんだろう。あの時出稼ぎに出ていて、家にいなかった俺を……家族を守ってやれなかった俺を批難して……数日後、自殺した。そのホロコースト事件で暴れ回ったのがコイツだ」


言いながら、ぶり返してきた行き場のない感情をぶつけるように、多岐は破片と化したテレシスを踏みつけた。最早原型を止めぬ程に破壊しておきながら、それでも尚、気が済まないのだろう。

当然だ。ある日、理不尽に、無差別に家を焼かれ、子供を殺され、妻を狂わされたのだ。
聞いている此方でさえ、憤りや遣り切れなさを感じるというのに、当の多岐が、まともでいられる訳がない。

メレアも、それを知っているのだろう。激昂冷め遣らぬ多岐からテレシスの残骸へと視線を移しながら、重々しい声で呟くように補足した。


「……テレイグシスタンスの名の通り、これは遠隔でセンサ情報を受け、カメラを通して現場を見ながらオペレーターが操縦するもの。当時、未だ試作段階にあったテレシスは、性能テストの為、壁外にある生物兵器の駆除に向かうことになっていた」


テレシスは、人類が立ち入れない危険区域を探索する為に造られたロボットだった。

先の大戦で汚染された砂漠や海、未撤去の地雷や生物兵器が蔓延る地。
そうした場所を実際に歩いているかのように調査、観察する為にと、都で最大手のロボット企業の開発チームが製造し、試作段階にありながら、テレシスは天奉の未来に大きく貢献するだろうと称賛される程の出来栄えであった。

オペレーターの動きを限りなく忠実に、ほぼリアルタイムで再現する精確な動作。緻密な作業から、重機宛らの力仕事まで可能な人工筋肉。様々な観測機器が搭載されながら、限界まで軽量化が施されたフォルム。
百年戦争を経て著しく発達した機械工学と技術の結晶。屈指の名機と謳われるのも時間の問題とばかり思われていた奇跡のロボット・テレシス。
それが、血塗られた歴史と共に屠られることになろうと、一体誰が予想したことか。

メレアは、人殺しの道具として闇に葬られたテレシスを悼むような面持ちで、未来を鎖されたロボットに起きた悲劇を語る。


「ところが、出立前にテレシスは何者かによってハッキングを受け、オペレーターが受け取るセンサ情報もカメラ映像も偽装されてしまった。結果、オペレーター達は生物兵器の巣に見せられた第六地区で、駆除活動を行った……。そうして町が焼かれ、人々が虐殺された後……事件は、テレシス開発者の一人が起こした犯行だと発覚した」


優れたる道具は、常に利便さに比例した危険性を孕んでいる。
磨き上げられた性能は、人を救うことに秀でていると同時に、人を殺めることにも秀でている。テレシスもまた、然りであった。

本来、危険な生物兵器を駆除するのに使われる筈であった力が、人間に向けられたことで、テレシスは世に示した。

いつだって、凶器を生むのは人の手ではなく、吐き気を催すような悪意である、と。


「動機は、開発チームのリーダーに対する嫉妬。犯人は、テレシス製造中止の為にホロコースト事件を起こしたとして、当然死刑。凶器となったテレシスも製造中止になったって言われてるんだけど……」

「大方、どこかのバカ貴族が、掘り起こしたんだろう」


唾を吐き捨てるように言いながら、多岐はテレシスの欠片を蹴っ飛ばした。


二百人以上もの死傷者を出したことで、兵器と成り果てたロボットは、痛ましき惨劇の記憶と共に、封をするように姿を消した。

如何に優れたものであろうと、表立って動かすには、テレシスは人の血を流し過ぎた。
そんなものを再び動かす権限と、製造資金を出せる存在など、貴族しかいないだろう。

壁の内側、その中央部で新たな禍殃を育むものを見据えながら、多岐は憎悪の滲む声で毒づく。


「安全地帯にいながら人殺しが出来る便利なオモチャは、アンチ壁外の貴族様にはうってつけだ。第六地区の貧民を虐殺した経歴があろうが、構うこたねぇさと製造再開に乗り出した違いねぇ」

「でも……なんでそんなものが、メレアちゃんを」

「知るか、そんなこと!!」


それまで静かに煮えていた激情が、ついに堪え切れず、爆ぜた。

怒りに戦慄く拳に渾身の力と憤りを込めて、家の壁を殴り付けると、多岐は殺意に満ちた形相で、テレシスの残骸を睨む。


「一度ならず、二度までも俺の家族を奪おうとした……こんなモン、再び世に出した奴が、何考えてようが知ったこっちゃねぇ……。絶対に見付け出して、ぶっ殺してやる!!」


誰が何の為に、テレシスを動かし、メレアを襲ったのか。
真実は未だ見えないが、多岐にとってそれは、どうでもいいことであった。


「……お前ら、今すぐ鴉に連絡しろ」


竦む雛鳴子とギンペーに、多岐は唸るような声で告げる。

テレシスに関わるもの全てを破壊し尽くすまで、決して冷めることのない憎悪に駆られるが侭に。


「契約変更だ。俺の財産、全てくれてやる。代わりに、今すぐあの鉄クズを持ち出した奴を、引っ張り出してこい……ってな」


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