カナリヤ・カラス | ナノ



ガラガラと崩れ、耳を劈くような大きな音を立てて、煩わしさを膨張させながら鉄クズが重なり、間もなく大きな山が其処に出来た。

突けば雪崩れてしまいそうな、危なっかしい廃材の山。
それを築いた重機から顔を出したのは、一面灰色の景色の中に違和感を放つ、朱鷺色の髪をした青年だった。


「おい、じいさん!そこどいてろ!!埋もれてくたばっても知らねぇぞ!」

「口の利き方にゃ気をつけろクソガキ!!俺が死んだ暁にゃてめぇら給料出ねぇんだ、丁重に扱いやがれ!」


その小柄な体の何処からその声量が出ているのか。

鉄クズを眺めていた老人の返答に、青年は盛大に顔を顰めながら、未だ残る廃材を運ぶべく、ショベルカーを動かした。


「クソ…なんだあのジジイ……マジで埋めてやろうか…」

「ハハハ。流石は偏屈と名高い桜田文次郎だな。ゴミ町四天王、掃除屋・鴇緒も形無しだ」


ハンドルに俯せ眉間の皺を濃くしながら、鴇緒は残りの山の下で使いものにならないパーツを分別している青年をじとっとした眼で見た。

この町に於いて非常に珍しい、人の好さそうな青年は、実に軽やかな声で笑うと、
よっこいせとごちゃごちゃ細かいネジやら部品やらが詰め込まれたダンボールをフォークリフトに乗せた。

長年力仕事をしてきている為か、重たい荷を運んでいても青年は余裕綽々の様子で、鴇緒にニッと笑い掛けた。


「まぁ、年寄りには優しくしとこうぜ。あのじいさん、腕は確かなんだしよ。
認めてもらえりゃ武器作ってもらえるんだし、ここはしっかり仕事しとこうぜ」

「…分かってるよ、啄(たく)」


啄、という青年は、鴇緒がダンプホールに来て得た最初の仲間達の生き残りで、
夕鶴と同じく長い付き合いで、掃除屋のサブリーダーとして働いている青年である。

歳は鴇緒と同い年で、冷静さに長け、思慮深い性格で仲間内での信頼も厚い。

そんな彼の言うことなので、鴇緒は渋々ながらも自分を納得させ。それから血が下がってきた頭でもう一度考えて、鴇緒は深い溜め息を吐いた。


「俺は、このままじゃダメだ。化け物級の連中ばっかのこの町で埋もれねぇよう…もっと強くなんねぇと。
ゴミ町四天王になったからって安心してられねぇし…寧ろ、こっからこの地位保ってくのが大変だしな」

「…そうだなぁ」


現在彼等が片付いているのは、先日ゴミ町を襲撃してきた純貴族・青嵐山瑠璃千代が率いてきた兵器。
全自動無限軌道戦車―フルオート・トラックド・タンク―の残骸であった。


壁外の害悪を駆除せんと開発され、時来たりと導入されたそれは、懸けられた莫大な費用や時間に見合わぬ刹那でスクラップと化した。

その現場には鴇緒達掃除屋も参加しており、彼等も幾つかの戦車を破壊していたのだが――鴇緒はそこで改めて、ゴミ町という場所の悍ましさを痛感した。


人を殺す為の兵器を片っ端から破壊していく住人達。その中でも特に優れた腕を持ち、暴れに暴れていた者。
地上に出て初めての敗北を味合わせてくれた金成屋・鴉に、その相棒・鷹彦。
ゴミ町最強の名を持つ安樂屋の用心棒・ワタリ等――彼等の凄まじい強さを間近で改めて見て、鴇緒は少しばかし気落ちしていた。


自分とてゴミ町四天王の一角であり、腕には自信がある。

だが、それでも上には上がいて、それがまた遠い位置にいるというのが、些か堪えていたのだ。


もし彼が、その異常な上昇思考をへし折られていなければ、鴇緒は非常に荒れていたかもしれない。

上へ上へと、とにかく地位を上げ、名を上げることを望んでいた、悲しい程に傲慢であったかつての彼ならば。


しかし、今の鴇緒には、右を見て左を見る心構えがあった。


「うっし、残った分もちゃっちゃと片付けっか。ちんたらしてっと、またあのジジイに怒鳴られちまうしな」


今の自分の立ち位置を把握し、現状を見て出来ることを考え、着実に進んで行く。
それが出来る今の鴇緒が、にかっと笑ってみせたので、啄は心底安堵した。


長年苦楽を共にし、彼が最も荒れていた時期を見て、それを止められずにいたからこそ。

啄はあの日、鴉の手によって鴇緒が撃墜されて、本当によかったと眉を下げて笑い返した。その時だった。


「鴇緒様、」


りん、と涼やかな声が静かに響く。

聞き覚えのあるその中性的な声色と、荒くれの町に似つかわしくない丁寧な物言いで、鴇緒は其方を見ずとも声の主が誰か、すぐに分かった。


「……お前、」

「はい、黒丸でございます」


とん、と高く積み重なったゴミの上から降り立った黒服の青年に、鴇緒はまたもや顔を顰めた。
今度ばかりはその反応も仕方ない、というように啄は苦笑いで表情を固めるが、黒丸がそれを気にした様子はない。

このリアクションに慣れているからか、想定していたからか。
恐らく両方だろうが、黒丸はじろっと鴇緒に睨まれても動じることなく、恭しく一礼してみせた。

その余裕が気に入らないと、鴇緒は唾を吐き捨てるように口を開いた。


「…何の用だよ。こっちは見ての通り、仕事中なんだが」

「存じております。その上で、一つご連絡があって参りました」


そんなことだろうとは思っていたが、と鴇緒はがしがしと頭を掻いた。

仕事以外で誰かのもとに赴くことがまずないだろう黒丸が、自分のところに来た時点で、鴇緒には彼の後ろに控えるものが見えていた。
だからこそ、鴇緒は眉間に皺を寄せたのだ。

この不浄の町の頂点に立つ、実質的支配者たる男。倉富福郎の思惑に、またもや巻き込まれる予感がして。
彼は反射的に嫌悪感を示し。啄もまた、鴇緒同様に嗅ぎ取った不穏に、何とも言えない顔をしている。


こうもあからさまに上司を毛嫌いされている黒丸であったが、前述の通り慣れたことであるので、
鴇緒に一応話を聞く気があることを確認すると、何を気にするでもなく、本題を切り出した。


「福郎会長より、ゴミ町町内会長として緊急のご依頼をお持ち致しました。
其方の業務が一段落しましたらお話致しますので…待たせていただいてもよろしいでしょうか」


ゴミ町町内会長として、ということは、今回の依頼というのはゴミ町の治安に関わる問題なのだろう。
だとしても、鴇緒は素直にうんと頷く気になれなかった。

依頼人たる福郎を信用していないというのが大きな理由だが、どうにも鴇緒は黒丸も苦手で、
仕事が終わるまで待たせるということに抵抗があった。


出来るなら、別の時に改めて話を聞くからと帰らせたいのだが、黒丸の様子からするに、彼はどれだけ仕事が長引くと言っても帰ってくれそうにない。
それどころか、仕事が立て込んでいるなら手伝おうとすら言ってきそうだ。

その真面目さは本来ならば素晴らしいと評価されて然るべきなのだろうが、
鴇緒からすれば、あの雇い主の下にいてこの誠実さを持っている黒丸は、ただ不気味でしかなかったのだ。


そう。あの狡猾で、全てを見透かしたような、最悪を極めた人間の下になど――。


色々と思い出すことがあってか、渋って返事を仕兼ねている鴇緒に、啄は肩を軽く竦めて、声を投げかけた。


「……鴇緒、後は俺らがやっとくから、話して来いよ」

「けど、」

「じいさんには俺が説明しとくから。もう仕事自体は殆ど終わってんだし、な?」


これも仕方ないこと、と言い聞かせるような口調に、鴇緒は口を尖らせて暫し考え込んだが、
間もなくショベルカーの鍵を啄へと放り投げて、鴇緒は黒丸の前へと降り立った。

斯くして、スクラップ山にて掃除屋と月の会の商談は始まるのであった。


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