カナリヤ・カラス | ナノ




ゴミ町四天王が一角、元朧獄館二大永世トップ。
その輝かしい名を持つ二人の、迷いなき外道行為に、雛鳴子やギンペー、キューを含めたスタッフまでもが信じられないと声を上げた。

鮮やかな先制攻撃。それが、まさかのパイプ椅子で。

しかもあの動きの速さからして、間違いなく事前に打ち合わせしている。


そんなこと、あっていいのか。誰もが驚きながらそう感じる中、鷹彦はもう一つパイプ椅子を放り投げ、
同様にそれをキャッチした鴉は、また一人。選手の頭を思い切り撲り抜けた。


「な……なんということでしょう!!鴉選手、鷹彦選手!武器が持ち込めないなら現地調達すればいいじゃないと言わんばかりの先制アタックです!!
確かに地下格闘技界でパイプ椅子の使用は当たり前ですが、それにしてもあんまり!!あんまりです!!」


はっと思い出したようにキューが司会を続けると、チャレンジャー側も我に帰り、一斉に鴉へと襲い掛かっていった。

未だ鷹彦はステージの外にいる。
何せ二十人入って暴れても平気な程に広いステージだ。戻ってくるにはそれなりに時間が掛かるだろう。


面倒が増える前に、一人潰しておけば。

そんな考えで特攻していく選手達であったが、当然そう易々と倒されてくれないのが鴉である。


「て、てめぇ!!そいつをよこしやが……」

「あぁん?こいつが欲しいのか?なら、思いっきりくれてやん、ぜ!!」


一つ、パイプ椅子を水平に投げ、向ってくる選手の顔面にぶち当たる。

短い悲鳴と、鼻の骨が折れたような音がしたかと思えば、またもう一個飛来して。
そうはいくかと受け止めた瞬間に、先程投げられたパイプ椅子をキャッチした鴉が目の前にいて、暗転。

気付けばもう、五分の一の人数が、マットに倒れていたが、そう容易く全滅してくれる相手でもない。


「ちょ…調子に乗るんじゃねぇ!!」

「おっとぉ」


身代わりに前に出したパイプ椅子が、振り下ろされた拳によってぐしゃりと拉げた。

恐らく類人猿種の生物兵器の両腕を縫合されたのであろう男の一撃に軽く驚いていると、次いで上から鋭利な爪を持った男が降ってきた。
此方は、猫科の生物兵器の手首か。

そんなことを思いながら身を躱し、鴉は後方へ宙返りし。ついでにと上がった脚で、降ってきた男の首を挟み込むと、回転の力で彼をマットへと撃墜した。

脳天から真っ逆様。痛烈な一撃を喰らいまた一人倒れたが、この程度のダメージには悲しくも慣れっこなのだろう。
先程パイプ椅子で蹴散らした者も数名、ふらふらと起き上がり出し、頭を打った男もダウンはしていない。

鴉は、あからさまに気怠そうな眼をして、足元で起き上がろうとしている男を、相手側へと放り投げた。


「オイ鷹彦ぉ、さっさとこっち戻れ!こんだけいると面倒くせー!」

「はいはい……了解…だ!」


流石にステージに戻っっていてもおかしくない鷹彦であったが、どうやら彼はこれ以上パイプ椅子を送らせるなと殴り込んできた選手を相手にしていたらしい。
適当に相手をパイプ椅子で撲り飛ばすと、倒れかけた大男を足場にして、鷹彦はステージへと降り立った。

最悪が、二人揃ってしまった。

だが、それなら纏めて叩き潰すまで、と選手達は凄まじい形相で彼等に襲い掛かる。


しかし、それも軽やかに躱されたかと思えば、カウンターにと下顎を殴り抜けられたり、華麗な膝蹴りを鳩尾に食らったりして。

出だしの惨劇も忘れ、観客達も鮮やかなまでの二人の戦いっぷりに見入る中。
二人同時に揃って相手を蹴り倒した鴉が、良いことを思いついたというような顔をして、笑った。


「いやー、しかし色々思い出して舞い上がっちまうな。どーよ鷹彦、久し振りにあれやろうぜ。ファンサービスの一環としてよ」

「あれか…。そうだな、このままだとキューの方にクレームが殺到しそうだしな」


二つ返事で答えると、鴉と鷹彦は同時に踏み出した。

さっと綺麗に左右に別れたかと思えば、未だ人数的には優勢であるチャレンジャー達が、両者の間に挟まれた。


同時に、何故かキューと、観客の一部がどよめく。


「おぉっとーー?!鴉選手・鷹彦選手、二手に別れ、チャレンジャー軍団を間に挟む形をとりました!!
こ、これはまさか、あれが出るのかーーー?!」

「っしゃ行くぜェ!超・必・殺!!」


一体何が、と雛鳴子とギンペーが思った次の瞬間。鴉と鷹彦は一番近くにいた選手を蹴り倒し、相手の足首を掴んだ。

そして、そのまま体をぐるんぐるんと回転させ――たと思ったら、強く踏み込んで、思い切り他の選手を撲り飛ばした。
手に掴んだ、選手で、だ。


「で、出ましたー!二大永世トップの得意技!大乱闘でお馴染みの、同時ジャイアントスイングと思わせ人間ポールアタックです!!」

「なんすかそれ?!!」

「同時ジャイアントスイングと思わせ人間ポールアタックは、鴉様と鷹彦様が二人同時に対戦相手にジャイアントを仕掛けると見せかけ、
一瞬自分から狙いが外れたと安堵している他の選手を、掴んだままの相手で撲るという非道の極みと言われた必殺技でございます」

「うぇっ?!く、黒丸さん?!!」


いつの間に、というか、最初からいたのだけれど、余りに静かで、キューの隣で目立たなかった故に気付けなかったのか。

淡々と司会者席の隣に座っていた黒丸に、思わずギンペーは素っ頓狂な声を上げ、雛鳴子もそんなまさかと眼を見開いていた。


「ちょ…なんで黒丸さんが……っていうか、詳しいですね」

「朧獄館は月の会の所有物で御座いますので…仕事の一環として創設から今日に至るまでの歴史は勉強しておりまして。
本日は解説役として、久間先ぱ………キューちゃん様に呼ばれ、僭越ながら此方の席に着かせていただいております」


そう言って丁寧にお辞儀すると、黒丸は改めて、と軽く咳払いした後に、
ステージで台風の如く荒れ狂う鴉と鷹彦が繰り出す技についての解説を始めた。

色々気になることが彼の言葉にちらほらと見られたが、それについて尋ねる余裕を、試合運びが許してくれない。


「同時ジャイアントスイングと思わせ以下略は、大人数相手の際によく使われるお二人の持ち技でございまして。
あのように、人を人と思わぬ勢いで、まるでポールの如く振り回すことで、一気に相手を薙ぎ払えるというのがこの技のウリでございます」

「なんということでしょう!!掴まれた選手の顔から血が出ようが見ちゃいないという勢いで、構わず振り回し、
見れば半数近くのチャレンジャーがマットに沈められております!流石は元王者!鮮やか過ぎる手際です!!」

「鷹彦ォ!次、あれやんぞぉ!」

「来ましたーー!!此方も二人の得意技!残った選手を駆逐する超必殺!跳び蹴りジャーマン・スープレックス炸裂ゥ!!」


ボロボロになった同時ジャイアント以下略の犠牲者を放り投げると、鴉は支柱の上に飛び乗って、鷹彦が抑えつけた選手の顔面に蹴りを噛ました。

それだけでも大ダメージだというのに、蹴りを食らった選手はそのまま鷹彦に後方へと沈められ。
ついでに鷹彦を後ろから襲撃しようとしていた選手の頭に、脳天を激突させられていた。

技はどれも綺麗に決まっているが、酷い。本当に酷い。


「さっきから人を武器にし過ぎじゃありませんかあの二人」

「なんでだろ……パイプ椅子振り回してた時の方がまだマシに見え」

「おぉっとー!!今度はなんと、外道の頂点と言われた最悪の技!パイプ椅子クロスボンバーがクリーンヒット!!これは酷い!!」

「ごめん、そんなことなかった」


次から次へと繰り出される、悪意に満ちた技の応酬。外道技のオンパレード。

ギンペーが前言撤回している間にも、肘鉄、金的、悪質極まれる決め技が、屈強なチャレンジャー達の心と体を挫いていく。


「あのお二人は、手で持てる物ならなんでも武器にされます。
如何にも重量系な選手があのように撲り倒されたり、関節技で仕留められておりますのも、持ち上げても振り回せないからでしょう」

「振り回される人もそうでない人も、どっちもご愁傷様なんですけど」


しかし、流石は元王者というべきか。魅せ方というものを分かっている二人は、どう見ても下衆だというのに、会場は大盛り上がりしていた。


最初にチャレンジャー達が入場して来た時、誰もがこんな風に盛り上がるとは思っていなかっただろう。

血肉が飛び交う、陰惨とした空気の中で繰り広げられる、狂気犇く試合展開。
それを期待していた筈の観客達は、いつの間にか異形と化した選手達を相手にしても、普通に外道な戦いを送る鴉と鷹彦に、すっかり乗せられていた。


そう。この試合は、未だ普通の試合の範囲内にあった。


地下格闘技らしいとんでもない技が炸裂し、派手に散る選手に観客がどっと沸き立つ。

非道に思えて、意外にもまともに試合は進んでいて。鴉が指で「三、二、一」とカウントと、観客がそれに合わせて声を出し
ゼロのタイミングで華麗にブレーンバスターが決まると、スタンディングオベーションまで起こった。


相手は異形で、此処はより過激で苛酷な試合が求められる地下格闘技場だというのに。
会場は普通に試合を楽しんで、鴉も乗り気で彼等に答えるように技を決め、鷹彦はその手伝いをしたり、彼と共に技を掛けたりしていた。


大丈夫だとは思っていたが、まさかこんな風にやってくれるとは。

雛鳴子が呆れを通り越して思わず笑ってしまい、ギンペーもすっかり応援に熱を上げる中。
しっかりと実況をしながら、キューはちらりと、この会場の中で、一切熱意を持っていない一角へと眼をやっていた。


それを隣にいて、見逃す黒丸ではなかった。


「…鴉様と鷹彦様の敗北に賭けた、例の機関のスポンサーですか」

「えぇ。あの人達が此処に来たのは、忌み嫌うゴミクズの”試合”じゃなく、”殺し合い”が見たかったからでねぇ。
あー、やだやだ。後で福郎会長がご機嫌取ってくれるといいんですが」


キューは大きく肩を竦めて両手を上げ、ちらりと観客席の中に混ざっている雇い主――福郎へ視線を投げかけた。


今回のイベントに辺り、こうした賭け事を好む貴族達を集めて、敗退した選手達のリサイクルに協力させたりしたのは、全て彼だ。
キューはそうして用意されたものを使い、実行、運営したに過ぎない。

だから、今回のこの顛末の責任は貴方が取ってくださいねと。そんなキューの眼に気付いたのか、福郎は愉しそうに笑っていた。

横では、自分達が投資した金が溝に消えたことを苦々しく思っている貴族がいるというのに。


あれ位強度のある心臓がなければ、この町のトップに立ってはいられないのだろうが。
それにしても、大した人ですとキューは顏を前に向け直し。彼と共に福郎を見ていた黒丸も、同じようにしながら、ぽつりと呟いた。


「…そうですね。会長は、きっと…今、ご気分がよろしいでしょうから…久間先輩のフォローはしてくださるのではないでしょうか」

「黒丸くん、今はキューちゃんと呼んでくださいな。私、もう黒服ではありませんから」

「……申し訳ございません。未だ慣れていないもので…善処致します、キューちゃん様」


馬鹿丁寧に返され、キューが思わず吹き出してしまうが、黒丸は大してそれを気にしなかった。

至極真面目に答えたので、そんな反応をされるとは予想もしていなかっただろうが、それよりも彼は、この試合の流れに関心が向いていた。


「…それにしても、流石ですね鴉様達は。こうするのが、彼等にとって一番嫌がらせになるって分かってやっているのですよね」

「いやぁ、半分は鴉さんのノリのように思えますよぉ、私は。鷹彦さんのは、それの便乗と言った感じですねぇ」


鴉と鷹彦は、かつて此処で二大永世トップの名を冠するまで戦い続けていた。

誰にも敗北することなく、互いに無数の狂気に曝されながら勝ち抜き、間もなくその実力を買われ、月の会へ招かれた。
その過程で、彼等は戦闘技術だけでなく、観衆の煽動までも身に付け――いや、後者を得ていたのは、他人の心の扱いに長けた鴉だけだろう。

鷹彦は、彼の指示であれこれ行動していただけで、その中である程度の盛り上げ等は心得ていただろうが、こんな風に大きく流れを動かすことが出来るのは、鴉あってのことだ。
彼一人では、場の空気をこのように掌握することは不可能だろう。だが、鴉も鷹彦も、それでよかった。


「…お変わりないのですね、お二人は。此処で戦っていた時から」

「お互い、それがベストだっていうのを分かってるんでしょうねぇ。
鴉さんが斬り込んで、鷹彦さんがそれに続いて…このスタイルが、二人の本質にあってるんでしょうねぇ。きっと」


指揮や支配を好む鴉に対し、鷹彦は用意された流れに乗り、効率的に事を運ぶことを望んでいる。

上手いこと方向性があっている二人だからこそ、長らく相方という関係を保ち続けていられているのだろう。


なんて考察をしている間にも、また一人。二方向からのドロップキックを喰らい、倒れた。


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