カナリヤ・カラス | ナノ



「どういうことですか、キューちゃんさん」


ステージから司会者席へと戻ってきたキューに真っ先に浴びせられたのは、冷ややかな雛鳴子の声であった。

予想通りと言うべきか。見れば、絶対零度の眼差しで、此方を睨む雛鳴子がいて。
キューは思わずニタリと笑みを浮かべて答えた。


「おやおや雛鳴子さん、そんな怖い顔をされて…いえ、そんな表情もとても堪らないですが」

「ふざけないでください。いえ、それが真剣な言葉だとしても、今は控えてください」


隣で、ギンペーがあたふたとしているが、雛鳴子は止めることなく、キューに掴み掛からんばかりの勢いで続ける。


言わなければ、気が済まないのだろう。

目の前の光景について。鴉達の前に並ぶ、異形の選手達について。どうにもならずとも、問い詰めずにはいられなかったのだ。


「何なんですか、あれは。貴方……今日の為に、あの人達に何をしたんですか」

「私自身は何もしてませんよぉ。実際に手を加えたのは、都の研究者です」


キューがいけしゃあしゃあとそう言ってのけると、ここで全てを察した雛鳴子が顔を歪めた。


手を加えたのは、都の研究者。それだけで、彼等の身に施された悪魔のような所業の正体が、彼女には理解出来てしまった。

相変らず、ギンペーは何のことか察することが出来ていないようだったが。
続けてキューが口にした言葉で、彼もようやく、あれが何を意味するのかが分かった。


「これもまた、貴族による弾かれた民駆逐計画の一部…その、おこぼれとでも言うべきですかねぇ。
生物兵器と人間の体を縫合する実験に、戦えなくなった選手を送り…無事に体を手に入れた方に参戦してもらったんですよ。
中には、事前になって壊れてしまった選手もいるのですが…いやー、運が悪かったですねぇ」

「……そうですか。そういうことですか」


医療目的にしては、あまりに異質。人を救う為とは思えない、悍ましい技術。

その正体は、やはり人の悪意であった。


つい先日もこの町を巻き込んだ、都に住まう貴族達の計画。

自分達の栄華と安寧を守る為、不穏分子である壁の外の非国民達を駆除するという彼等の企ての片鱗を、こんな所で、こんな形で見ることになろうとは。
雛鳴子は、ここで鴉達に勝ったとしても未来などないだろう選手達を眺めた後、眼を伏せて静かに軽蔑の言葉を吐いた。


「流石、ゴミ町です…こんな風にリサイクルしてみせるなんて……反吐が出ます」

「ふっふふー。イイですねぇ、そのお顔。私、ゾクゾクしてきました」


不要と見做された者が集う場所、ゴミ町。

其処ですら打ち捨てられる運命を辿り、真のゴミと成り果てた者達の末路が、あれだ。


力を持たず、蹂躙され、蹴落とされ。価値なきものとして放棄された後に、救済と銘打った再利用を施されて、彼等はあのステージに立っている。

あの中には、隣人を追いやった者もいれば、追いやられた者もいるだろう。
勝者が敗者を生み、敗者が勝者を生む、闘技場という舞台の仕様が、彼等を取り巻く空気をよりドス黒く、濁らせているように見えた。

これ以上、皮肉な光景もないだろう。


雛鳴子が心底嫌気がすると言いたげな顔をする横で、ギンペーは何とも心配そうな面持ちで、ステージを見ていた。


「……雛ちゃん。鴉さん達…大丈夫かな」


あそこに立っているのは、鴉と鷹彦であり、自分ではない。
言ってしまえば他人事だというのに、手に汗をかき、体に小さく震えが奔るのは、目の前の光景があまりに異様で、悍ましいからだ。

此処で選手として戦い、相手をステージと絶望に沈めてきた者達が、因果応報と言うべきか。
かつて自分達がしてきたことと同じように、敗者に成り下がった身と心を折られ、二度と陽の光を浴びることはないと思える場所まで落ちて。

その果てに、救済・好機という名のもとに集められたと思えば、悪魔的な人体実験を施され。
ここでまた敗れることがあれば、その時はいよいよ行き場のない状態となり、彼等は皆、血を滾らせ、殺意を漲らせていた。


もうこれ以上がない人間は、あんな形相をしてみせるのか。

血管の浮き出た生物兵器の体よりもいっそ、ギンペーはそれが恐ろしかった。


「二人とも、今日は武器持ってないし……相手、あんなで……今からでも止めた方が」

「……大丈夫、ギンペーさん」


それでも、雛鳴子は心配いらないとギンペーを力強い声で制止した。

自分が当事者ではないから、彼等と戦うことはないから、そう言っているのではない。

ただ、彼女は知っているのだ。


「あの人達は、こうなること…知ってなくても、想定はしていた。その上で、この仕事を引き受けた。
私が警告したって、止まらず…此処に来た」


鴉と鷹彦はこんな風に、周りが竦み上がるような光景に何度も立ち向かい、それを全て乗り越えていること。

その経験上、相手がとんでもなく恐ろしい者だと予測していて、それでもこの仕事を受けたということ。

異形と化した者達よりも、正常なままにこの町を生き抜いてきたあの二人の方が、よっぽど恐ろしいということ。

そして今回も、そんな二人が勝利をかっ喰らってみせるということを。雛鳴子は、知っている。


故に、席に腰を据えたまま、彼女は動かず。
いつものように二人が平然と戻ってくることを、雛鳴子は待てとギンペーに語りかける。


「だから、あの人達の心配はしなくていいの。私達は…見ているだけで、大丈夫」


それは、信頼と言っていいのだろうか。

雛鳴子の置かれた立場からすれば、それはとても複雑なことだろうが、ギンペーは浮き掛けた腰を下ろし、うんと頷いた。


そうだ。あの二人は、自分が心配などする必要のある人間ではない。

長くこの町で戦い、生き抜き、這い上がってきた彼等を、自分はただ見ていればいい。
いつかそうなれるようにと、羨望の眼差しで、網膜と脳裏に焼き付けておけばいい。

万が一何かあったその時は――なんて、考えるだけ虚しく、野暮だ。


「では!改めましてルールをご説明致します!
時間は無制限、形式はデスマッチ!二大永世トップ二人か、チャレンジャー軍団が全員が倒れるまでが勝負!
尚、武器の持ち込みは厳禁!此方は事前にボディーチェックを行っておりますので問題ありません!」


再び火がついたこの空気の中。
にやつきながら拳を合わせる鴉と、首を鳴らす鷹彦の戦いを、特等席にいながら見ないなど勿体ない。

ギンペーはにっと口元を上げながら、今度は期待と高揚で湿ってきた手を拭った。


「それではお待たせ致しました!二大永世トップVSチャレンジャー軍団によるウェーナーティオー!!試合開始です!!」


ワァアアアア、と会場を埋め尽くすような歓声の中に、高くゴングの音が鳴り響いた。


それと、同時のことだった。

鴉はグローブを投げ捨て、鷹彦はステージ外へと飛び出した。


相手も観客も呆気に取られている中、鷹彦が真っ直ぐに観客席へ向かい、瞬く間にパイプ椅子が宙を舞って。
跳び上がった鴉がそれをキャッチしたかと思えば、真っ直ぐにそれを、近くの選手の頭へと振り下ろした。


ガァン!!

鈍い音がして、生物兵器の片腕の力を振るうまでもなく、一人脱落した。


「「え、ええええええええええええええええええ?!!」」


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