カナリヤ・カラス | ナノ
あっという間に数日の時が流れた。
契約成立からはとんとんと打ち合わせが進み、舞台衣装まで用意された鴉達が、ウェーナーティオーに出場するその日。
金成屋四人は車で朧獄館へと向かい、その日は裏口から中へと入って行った。
先日通った表口は来賓用で、選手や関係者は裏口から入るのが、此処の決まりである。
其処から、鴉と鷹彦は控室へ、雛鳴子とギンペーはキューの計らいにより用意された特等席へと案内された。
「レディーーースアーーンドジェントルメーーーン!」
地上の敷地とは比べ物にならない広さの中、マイクによって拡張されたキューの声が響き渡った。
ドーム状の観戦席を余すとこなくびっしりと埋めている観客達はしんと静まり返り。
司会者席の真後ろというベストポジションに座ることになった雛鳴子とギンペーも、ついに始まったと口を噤んだ。
そんな中、パフォーマンスの為にステージへと上がってマイクを手にしたキューは、ぐるりとステージ囲む観客の多さを改めて喜んでいるのか。
満ち足りたような笑みを浮かべながら、すぅと大きく息を吸い込むと、高らかに声を張り上げた。
「改めまして本日はお忙しい中お集まりいただき、誠に!誠にありがとうございます!!
そしてお待たせ致しました!これより、朧獄館二十周年記念特別仕様ウェーナーティオーを行いたいと思います!」
静寂を、爆発的な歓声が瞬く間に潰した。
試合前からこのとてつもない盛り上がりに、雛鳴子とギンペーは揃って思わず肩を竦めてしまった。
地下格闘技どころか普通の格闘技試合すら観に行ったことのない二人だが、それでもこの熱狂っぷりの異常さは感ぜられた。
肌を焼くような興奮と、期待。
それを生み出しているのは、これからステージにやってくる身内だと思うと、信じられない。
決して彼等の話を疑っていることはないのだが、此処で戦っていたのが十何年前のことだというのに、これ程までの人気を持っているとは、
いつもの二人を見ていて、到底思えないというかなんというか。
そんな心境の雛鳴子達を置き去りに、キューはこの盛り上がりを更に高めるべく、腹の底から声を出して続ける。
「さぁ、赤コーナーより来ますは!その悪名、地下格闘技界では最早伝説級!!
二大永世トップの名を保持したまま飛び立った最強の二人が、本日ここ朧獄館に戻って参りました!
王者再臨!!赤コーナー、金成屋・鴉アーーンド鷹彦ーーー!!」
「「オォオオオオオオオオオオオオオ!!」」
パァンパァン!と破裂音と共に巻き上がった紙吹雪と、観客達の大歓声の中、やってきたのはやはり、当然、鴉と鷹彦であった。
歩き慣れていると言わんばかりに堂々と、観戦者達にアピールするかのように闊歩する二人は、
今日の為に用意されたという衣装――と言っても、ボクサーパンツとグローブだが――も、嫌に様になっていた。
片や黒に金色のライン、片や赤に白のラインのパンツには、ちゃっかりスポンサーのロゴまで入っている辺り、流石と言うべきか。
「す、すげー熱気……」
「…見て、鴉さん。すごい活き活きした顔してる……。あれ、絶対よくないことしようとしてる顔だよ…」
「……鷹彦さんは、なんかもう疲れたように見えるね」
ステージの真ん中まで来ると、事前に打ち合わせしていたのか。
二人揃って両手を上げてポーズを決める鴉達に、雛鳴子とギンペーは顔を強張らせた。
やっていることはまるで違うのに、本質はいつもと変わらないというか。
乗り気の鴉と、それに巻き込まれた鷹彦という構図は、こんなとこでも同じなのかと、乾いた笑いが出てくる。
そうこうしている間にも、試合をするに必要な対戦相手の入場が始まろうとしていた。
「さてこの二人に挑戦しますは青コーナー!!
かつて王者を目指すも、夢半ばにして敗北!栄冠を手にすること叶わず終える筈だった戦士達が本日復活!!
栄光と勝利を掴み取れるか?!青コーナー、チャレンジャー軍団の登場です!!」
今度は、ただ選手達がぞろぞろと、普通に歩いて闘技場へとやって来た。
だが、それこそがキューの考えた演出なのだろうと、静まり返る空気の中で、雛鳴子は悟った。
「……なんだ、あれ」
思わずギンペーがそう呟いたが、会場内で同じことを一体何人が口にしたことだろう。
目を見開き、ステージへ上がった選手達を見て、誰もが思うことは同じであった。
事前に対戦相手について聞くことを敢えて断っていた鴉達も。観客達程ではないにせよ、驚いている様子だった。
あれだけ湧いていた闘技場の中で、そのままに笑っていられるのはキューだけであった。
「皆様、彼等には見覚えがあることでしょう!
中には顏に面影のない方もいますが、彼等は皆、ここ地下闘技場にて敗れこそしましたが、素晴らしい成績を残した選手達!
その中でも更に”選び抜かれた”精鋭チームが、永世二大トップと戦うチャレンジャーです!」
ぞろりと並んだ、鬱屈した眼に睨まれて、鴉はわざとらしく肩を竦めた。
鷹彦は、こういうことかと納得しているのか。軽く溜め息を吐いてこそいるが、臆した様子は微塵もない。
気圧されているのは、観客達だけであった。
「…カッ。成る程、野獣狩りなァ。上手いこと言うじゃねーの、キューの奴」
立ち並ぶは、かつての敗戦者。
この趣味の悪い見世物舞台で、観客の煽りを受けた勝者によって、未来を挫かれた選手達。
ある者は腕を、ある者は脚を、ある者は目玉を――。
敗北者の証として、体の何処かしらを奪われた者達に施された特別仕様の意味は、見てすぐに汲み取れた。
「こいつぁ、確かに獣だ」
失われた部位に縫合されているのは、生物兵器の体の一部であった。