カナリヤ・カラス | ナノ




「……ろーごくかん?」

「そう。この町仕切ってるじじいがおっ建てた大規模な地下闘技場だ」


むしゃり、乱暴に食い千切ったパンを咀嚼しながら、少年は煤けた頬と口を動かす。

何物にも幅れない野晒しのゴミ山の上。
廃棄物の中でも上等な物だけを掻き集め、それを悠々と喰らう少年は、パンを食べ進めながら続ける。


「てめぇの腕一つでのし上がり、金を稼いで名前を売る。俺らみてーな哀れな孤児、持たざる者にゃ打ってつけの場所だ」

「…そこに、行くのか?」


その隣で、彼もまた、同じような食事にあり付いていた。

口にすることに不快感のない、まともとは言えずともマシと言える食事をするようになってどの位経ったのか。
時計もカレンダーもない状態で、時の流れを把握出来る筈もないが。これが当たり前になって随分になると思った頃だった。

少年が「朧獄館」という言葉を口にし、このゴミ山を出ることを宣言したのは。


思えば、というか、思い返すまでもなく。彼の生活が変わったのは、この少年と出会ってからであった。

見渡す限り腐敗と荒廃が犇めくこのゴミ溜めで、流れ着いてきた廃棄物を食って生きてきた中。
突如として現れたこの少年と行動を共にするようになってから、彼の暮らしに変化が訪れた。


目につくものを片っ端から食らう、ということがなくなった。

雨風を凌ぐ為の寝床が、ゴミ山の僅かな隙間から、家と呼べないこともないテント小屋になった。

より多くより良いものを得る為に、効率のいい行動というものを覚えた。

ゴミ山の中には金に換わる物があることを知り、稼ぐということを知った。

少年と出会う前、ただ何となく過ごしてきた日々に目的というのが生まれた。

そうして至った今日。少年は、それらを捨てて、新しい場所へ向かうことを告げてきた。


それも、仕方のないことなのだろうと、彼は何となく享受していたのだが、少年が言っていたのは、彼が受け取った意味とやや異なる。


「てめーも行くんだよ」


眼を見開く彼を余所に、少年は傍らに置いていた林檎に手を伸ばした。


これはゴミではなく、偶然マーケットの近くに停まっていた輸送車から少しばかり頂戴したものなので、傷んでいる箇所はない。

それでも、壁の向こう――都で売られている林檎には及ばない。


貧相だと思える黄緑色をした皮にそのまま齧り付き、しゃりしゃりとした食感に舌鼓を打ちながら、少年は潤った口をまた動かして。
空いている片手でもう一個林檎を手に取ると、それを彼へと差し出した。


「タッグ参加も、そこからピン出場ってのもありみてぇだしよ。出場する為の資金は出来たし、こんなとこ離れようぜ」


暫く眺めた後に、慎重に齧ってみると、やや強めの酸味に見舞われた。

だが、しっかりとした歯ごたえと、それなりに瑞々しさのある果実は、砂にやられた口を洗い流してくれるようで。
もう一口、今度は大きく齧り付くと、少年は愉しそうにカカカと笑った。


「ついでによ、どっちがあそこで稼げるか、賭けてみようぜ」


そう言って、少年は残った林檎を食っていくと、残った芯の部分をポイと放り投げた。


此処は、そこいらにゴミを投げることを咎められるような場所ではない。
ゴミと見做された物が重なって、その上にまたゴミが積まれて、踏み拉かれて出来ていく。

てん、と林檎の芯をバウンドさせた、頭から血を流す浮浪者達もまた。自分達に敗れた時点でゴミなのだろう。


彼はそんなことを思いながら、いつゴミになるのかも分からない中。新たな狩り場へ向かうことを決めた少年にぽつりと声をかけた。


「……何を、賭けるんだ?」

「んー……」


このゴミ山地帯で、それなりにマシなゴミを集め、時に盗みを働き、狙ってくる浮浪者達を蹴散らして。

そんな暮らしでも安定のある現状を、わざわざ捨てて、彼等のように成り果てるかもしれないのを覚悟で、少年は新天地を目指すと言う。


誰もが目先のことで精一杯のゴミ溜めで、少年は遥か遠くを見通していて。
そんな少年に引っ張られるようにして、彼もまた、このゴミ山からの脱却へと乗り出ることを受け入れていた。

今ここにある安定に浸かり続けるよりも、危険が眼に見えている荊の道へ踏み込むことが正しいのだと、そう思わせるのは発案者が少年であったからだろう。


少年に便乗していけば、自分はいつも良い方向へ向かっていけた。

だから今回も、疑問に思うことは少年の言う「賭け」について。それ一つだけであった。


「やっぱ男なら、プライドじゃね?」

「……っふ、はは………」


存外、真剣な顔つきでそう言う少年に、堪え切れず吹き出す。

危うく気管に林檎が入りかけ、軽く噎せるが。込み上げてくる可笑しさに押し出され、持ち直す。


「バカだな、お前……いや、それでこそお前らしいか……ふ、ふふ……ははははは!」


そんなに笑われるようなことか、と少し不服そうにしていた少年も、あまりに彼が笑うので吹っ切れたのか。

つられて声を上げて暫く笑い通した後に、華麗な跳び蹴りをお見舞いし、間もなくゴミ山で幾度めかの血戦が始まった。


結局、それも勝敗がつかないまま。腫れた顔をした二人は、朧獄館の裏門を叩いたのであった。

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