カナリヤ・カラス | ナノ
「ほー、中々やるじゃねーの」
その鳥は、狡猾にして獰猛。
不幸を運ぶ不吉の象徴、死の使い。ゴミ山を飛び交い、死肉を啄む汚れた鳥。
「まさかこのオレとこんだけいい勝負してくれるたぁな。……よし、決めた!お前、オレと組もうぜ!」
関わってはならない、眼を合わせてはならない。
赤い眼に入ったが最後、逃れることは出来はしない。
「こんなクズ溜めでゴミ漁る一生で終わるにゃ、もったいねぇ腕前だ。
特別に、後に世界を治めるこの俺様のおこぼれに肖らせてやろうじゃねぇか」
ゴミ山に生きるその少年の前で、彼は頭上を飛び交う鳥を眺め――
「ところで。お前、名前は?」
少年の問い掛けに、彼は眼に映るそれとは異なる鳥の名を、口にした。
「…ねぇ、ちょっと………ねぇ、鷹彦!!」
ぬかるんだ意識の中。ぼやけた視界に映ったものに、鷹彦は寝ぼけた頭をそのままに、盛大に顔を顰めた。
「………誰だ、お前」
「な……何よその言い方!化粧落としたら別人だって言いたい訳?!!」
「……いや、本気で誰だ」
目蓋を擦って見ても、激怒するすっぴんの女が誰なのか、鷹彦には分からなかった。
クリアになっていく視界に映る此処は間違いなく自室であり、今自分がいるのはベッドの中で。
其処にどうして見知らぬ女がいるのかなど、やはり寝ぼけていなければすぐに分かっただろうが。
ともかく彼は、女の激情を著しく煽り立ててしまった。
「っっざけんじゃないわよ!!あんだけ昨日ヤっておいて、その言い草!!」
「……あぁ、そういうことか…」
バチンと強烈なビンタを頬に食らったところで、鷹彦はようやっと目を覚ました。
この女は、昨夜酒場で引っかけて、そのまま自室で事に及んだ相手で、記憶を辿れば確かに、化粧をしていた時と今とではだいぶ顔に差異がある。
それでも見ていられない程のものではないのだが、一夜を終えた女の顔がどうであれ、鷹彦には関係なかった。
「悪かった。そこの財布から好きなだけ持っていってくれ……それなりに入ってた筈だ」
「……噂以上に最低ねアンタ」
何度も言われた言葉を聞き流し、鷹彦は体を起こして煙草に火を点けた。
その態度もまた気に入らないと女は眉間に皺を寄せながら、鷹彦が脱ぎ捨てたズボンのポケットから財布を取り出した。
彼の言う通り、革製の財布には、この物騒な町で持ち歩くには躊躇われる程度の額が入っていた。
そこからあるだけの札を引き抜こうとして、女は、これではまるで娼婦だと、二枚程札を中に戻した。
あくまで自分の職は酒場のホステスであり、この男と寝たのも金を得る為ではなく、一時の享楽なのだと。
そんなプライドから、女は二日三日分の食費にはなるだろう額を抜き終えた財布を、適当に床に投げた。
金を受け取った以上、もうこれで後腐れ無しということになった。
となれば、こんな場所に長くいることはないと、女は自身の下着と服を拾い上げて、ちゃっちゃと身に纏った。
が、その様子をそれとなく見てきている鷹彦にまた苛立ったのか。女は呆れかえった様子で、鷹彦に一つ吐き捨てた。
「流石あの金成屋・鴉の相方。性根が腐ってるわ」
「……分かってて掛かったのはお前だろう?」
とん、と灰皿に煙草を落とす様がこうも様になるのは、悔しいことにこの男の見た目が良いせいだろう。
此方を舐めたような物言いも、からかうような眼も、昨晩のように女の心を撫でるようにして惑わしてくる。
悪名高き女たらしの真骨頂と言うべきか。本当に勿体ない男だと、女は深く溜め息を吐いた。
「……はぁ。アンタ、顔とあっちがいいのが本当に残念だわ」
せめてどちらか欠落していればと思うが、そうであった場合、自分は彼に魅せられていなかっただろう。
考えたところで、此処で自分達は終わりなのだから、もうどうでもいいのだと、
女は、今日の夜には別のハイヒールが転がっているだろう玄関へと向かい――ふと思い出したように振り返った。
「あ、そうそう。ケータイ、鳴ってたわよ。アンタ全然起きなかったけど、五月蝿くって目覚ましたんだからね、アタシ」
それだけ言うと、女は扉を開け、外へと消えた。
時刻は午前八時。夜に賑わうこの町の人間は殆ど未だ眠りについているだろうから、女がすっぴん顏を見られることも、そうないだろう。
なんて無粋なことを頭の片隅で考えながら、鷹彦は着信履歴の残る携帯を見詰め、
やがてメールの受信ボックスに目を通した後に、ふぅと肺に残った紫煙を吐き出した。
「………了解」
忌まわしき狂気の町の朝が、始まった。