カナリヤ・カラス | ナノ




ざり、と降り立つ爪先から転がった小さな砂利が、すぐに闇の中へと消えていく。

何もかもを呑み込む、深い深い穴の底。
かつてその暗翳の中にいた身からしても、改めてぞっとする光景であった。


「……思えば、まだ此処を出てから半年しか経ってないんだな」


ヒュオォと風が吸い込まれていく音が、鼓膜を撫ぜると共に、微かに前髪が舞い上がる。

獣の口のように此方を出迎える穴蔵――ダンプホールは、すぐ目の前にあった。


彼等がかつて、地上の脅威から逃れるべく飛び込み、数年の時を過ごした、忌々しくも故郷と呼ぶに相応する場所。
つい半年前に離れた其処は、相変わらずというべきか。

徒に恐怖を煽るような佇まいで、戻ってきた鴇緒達を迎え、あわよくばその奥底へと、今度こそ永遠に収めようとしているようだ。


「上に来てから色んなことがあったせいか…随分長いこと離れてた気がするな」

「うーーん、この湿気た匂いも妙に懐か……」


鼻を動かせば、汚れた地下水と黴の匂いが粘膜を衝いてくる。

だが、それはすぐに強烈な新しい匂いに上塗られ、掃除屋メンバーは揃って表情を固くした。


未だ余裕を保っていられているのは、皮肉るような笑みを浮かべている鴇緒だけだろう。
ぐるんと自身の得物たる鶴嘴を回して肩に担ぐと、鴇緒は鼻孔に張り付きそうな嫌な匂いを押し出すように、ハンッと嗤った。


「…さて。俺が知ってる穴蔵は、こんなに血生臭くも、獣臭くもなかった気がすんだがな」

「……鴇緒、」

「分かってる」


耳を澄ませば、渦巻く風に混じって何かが騒ぐ声が聴こえる。

嫌という程に知っているこの場所を変えてしまった、何かが其処にいる。
眼を凝らせど姿は映らず、その気配も未だ遠いが、直に対面することになるだろう。

鴇緒は足元の小石を軽く蹴飛ばすと、準備運動にと首を鳴らしながら一歩踏み出した。


「お前らは、ノルマ達成したらさっさと上がってこい。残った奴は全員、俺がやる」

「……ノルマ、なぁ」


だが、すぐにその隣には彼同様にそれぞれの得物を構えた掃除屋メンバーが並び。
鴇緒が思わぬ反応に軽く眼を見開いている中で、すっかり緊張が解けたような顔で、メンバーは歯を見せ笑い合っていた。


「そんなんあったか?」

「さぁ?俺、賭けに夢中で聞いてなかったかも」

「おーれも」

「おい…お前ら」


鴇緒が問う前に、にっと口角を吊り上げて。次から次へと掃除屋メンバーは地下への道のりたる瓦礫の上へと降り立っていった。

躊躇いない足取りで、一人、また一人と、滑るように瓦礫道を駆け降りていき。
此方に振り向いたかと思えば彼等は意気揚々と腕を上げて、呆然とする鴇緒へと声を投げかけるのだった。


「誰が一番生物兵器を狩れっか。そういう賭けだ」

「つー訳だ、鴇緒!悪いが、俺らは簡単には上がってやんねーつもりなんで、ヨロシク!」


それだけ言うと、鴇緒と啄を残し、他のメンバーは皆、ダンプホールの底へと消えてしまった。

彼等が勢いのままにはしゃぎ回る声も間もなく途絶え、いよいよ掃除が始まるという頃。
鴇緒はがしがしと頭を掻き、呆れたというように溜め息を吐いた。


「……はぁ。あいつら、デッド・ダック・ハントとは違うって分かってんのか?」

「ハハ。俺も出遅れないようにしねぇとな。あいつらに狩り尽くされちまう」


その隣で、武器の動作チェックを終えた啄もまた、颯爽と地面を蹴り、穴の底へと軽やかに飛び降りていった。

最後の一人にされてしまった鴇緒は、まさか啄までもが賭け話に参加していたとは、と驚いた様子だったが。
ちゃっかり自分が除け者にされて、勝手にこんな話をされていたことを飲み下すと、
すぅと深く息を吸って、彼もまた、迷いなく大きく一歩蹴り出した。


「……ったく。どいつもこいつも……リーダーより先に乗り込んでんじゃねぇぞ!!」


重力に従い、体が降下していく。

宙に浮かんだかと思えば、不安定極まれる足場が目の前に来て。それに上手く足をつけて、勢いを利用してまた下へと降りていく。

いつか、必ず上へ行こうと、積み重なる瓦礫の道を渡る訓練をしていた幼少期。
まさか一度上ったこの道を下り、また上って行くことになるとは、当時の自分達は思ってもいなかっただろう。


飛ぶように穴の底へと向かいながら、鴇緒の顔は子供のような笑みを浮かべていた。


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