カナリヤ・カラス | ナノ




馴れ合いでは何も得ることは出来ない。

身を寄せ合うだけでは、生きていられない。


「……にたくねぇ…死にたくねぇよぉ……助けてくれよ、なぁ…」

「俺の分まで…生きてくれよな、お前ら…」

「お前らは、絶対に外に出てくれよな……なぁに、お前がいるなら大丈夫だよ」


何かを成す為には、何かを捨てなければならない。

死の匂いが充満した世界から這い上がる為には 生きる為には。


「鴇緒。あいつらのこと頼んだぞ」


俺はそうやって あの地獄から抜け出してきて。

そしてまた、あの穴蔵へと足を踏み入れようとしている――。




「おかえり鴇にぃ!お仕事、お疲れ様!」

「ん、あぁ…ただいま、夕鶴」


大急ぎで車椅子を漕いで出迎えに来る夕鶴の頭をぐしゃぐしゃと撫でて、それから弁当箱を渡すのが、鴇緒が仕事で外に出た日恒例の流れであった。

夕鶴が前日から仕込みをして、朝早くに作った弁当を、出発時に手渡されたように綺麗に包みで包んで、
お決まりの言葉で感謝と賛辞を述べるのが、すっかり定着したいつものことであった。


「弁当ありがとな、うまかったよ」

「ほんとに?よかったぁ。今日のお弁当、頑張って作ったから嬉しいなあ。うふふ、夕ご飯も楽しみにしててね。今日はお肉だから!」

「…おう」


だが、今日のそれは、いつもとはややズレがあった。

一つの歪みがあると言うべきか。普段を取り繕う鴇緒の歪さに気付いた夕鶴は、
「先に風呂入ってくるな」と言ってさっさと立ち去ってしまった鴇緒の背中を見送った後に、ぽつりと呟いた。


「……啄にぃ、鴇にぃ何かあったの?」

「あー…やっぱ夕鶴には分かるか」

「分かるよぉ…だって鴇にぃ、なんか今日は元気ないんだもん…」


心配かけまいと、触れられなければ黙っているつもりであった啄だが、そうはいってくれず。

弁当箱を手に小さく俯く夕鶴を横目に、ばつが悪そうに後頭部を掻きながら、
啄は鴇緒のささやかにして壮大な異変について説明することにした。


「ちょっと、次の仕事のことでな…。でも、そんな心配しなくて大丈夫だから」

「次って…もう新しいお仕事入ったの?」

「あぁ。月の会の会長さんから直々の、緊急依頼がな…」


鴇緒から伝えられた依頼の全貌を語る啄の前で、夕鶴は更に表情を曇らせた。

そうなるのも無理はない。だからこそ、彼女には知らせずにおきたかったのだが、
片鱗を嗅ぎ取ってしまった以上、話してやらない方が酷だと判断し、啄は全てを話した。

誰よりも鴇緒のことを、二重の意味で気にしている夕鶴にこそ、寧ろ伝えなければならない、と。


「……私、やだな…。せっかく鴇にぃが、前を向けるようになったのに…」

「…大丈夫だって、夕鶴」


不安にさせてしまっても、それは杞憂だと言えるのだし。この一件で全て台無しになる心配はない。

それどころか、これは良い方向へ向かっている証だと、啄は夕鶴を宥めた。


「鴇緒は、これまで眼を逸らしてきたことと向き合おうとしてるんだ。
今回の仕事を受けたのも、あいつが前を向き続けてる証拠だと俺は思う」


この町に来たばかりの鴇緒であったなら、きっと全てを金繰り捨ててでも、自分の古傷に触れてきた福郎を殺しにかかろうとしていただろう。

しかし、一度全てを壊され、地に叩き伏せられた彼は、痛みに堪えて、この仕事を受けることが出来た。


「…だから、さ。お前は此処であいつを送り出して、帰ってきたあいつを迎えてやってくれ。
現場では俺が、あいつを支えるからさ」

「…うん。お願い、啄にぃ。鴇にぃのこと、助けてあげてね」

「おう!」


着実に、鴇緒は前進している。

掃除屋のリーダーとして、この町の人間として。彼は大きく変わろうとしていた。


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