カナリヤ・カラス | ナノ




「……で、なんだよ。緊急の依頼ってのはよ」


廃材の山々から少し離れた位置。横たわるドラム缶の上に鴇緒が腰を下ろす前で、
立ち姿一つにしてもお手本となるような姿勢のまま、黒丸がやや躊躇いがちに口を開いた。

彼が口にすることは、彼自身の言葉ではないのだが。
それでも彼が少しばかし迷いを含んだのは、福郎から伝えるよう言い渡された依頼内容にあると、すぐに鴇緒も理解することになる。


「…鴇緒様は、近頃のダンプホール内部についてご存知でしょうか」

「――……、」


案の定、鴇緒の表情は良くない方向へと変わった。


そうもなるだろう。鴇緒の事情を知っていれば、誰でもそう思う筈だ。

鴇緒にとって忌まわしく、眼を逸らしていたい最悪の場所。最底辺の中の底辺たる穴蔵、ダンプホール。
その場所の話を彼にすることの意味を、知らぬ黒丸ではないし、福郎とてその危うさを承知している。

それで尚、福郎は黒丸を鴇緒のもとへと派遣させ、依頼をしようとしている。


ただ、それがただ徒に鴇緒の傷を突きたい為のことではないのだと弁明するように、黒丸は続けた。


「…昨今、ダンプホール内では生物兵器が繁殖しておりまして。中に逃げ込んでいた人々が数名、地上に戻ってくる事態になっているのです」

「……数名、なのか」

「はい。月の会で確認出来た人数は、僅か六人でございます」


ダンプホールは深く、そして広い。

閉ざされた場所でこそあるが、其処にいた鴇緒はあの場所にいる人間の多さをよく知っている。


世界から追いやられ、逃げ込んだ負け犬達が身を寄せ合ってどうにかこうにか生きている穴蔵の中。
大多数の者はそこから這い上がることを恐れているからこそ、ダンプホールから人が出てくることはない。

だが、ダンプホールの内部に脅威が現れたのなら、誰もが穴から出て、落ち着くまでゴミの中で眠るなり、何処か別の安寧の地を求めて彷徨ったりするだろう。


だというのに、だ。生物兵器が繁殖した状態から、逃げ出してきた人間はたったの六人と、黒丸は言う。

考えるまでもなく、最悪の想定が浮かぶ。


「このまま放っておけば、生物兵器が地上に上がってくる可能性も有り得ます。
そこで会長は、地上で被害が出る前に…鴇緒様に中の”清掃”をご依頼したいとのことです」


清掃、というのは、ダンプホール内部に巣食う生物兵器の駆除と、それらに食い散らかされた人間の死体処理の意味だろう。

成る程、確かにこれは自分が適任だと鴇緒は納得した。


底辺の中の奥底を知らない人間よりも、かつて其処にいて地の利があり、尚且つ腕もそこそこに立つ彼に目をつけた福郎は、
流石派遣商会の会長と言うべきであろう。

平穏の為に鴇緒の古傷をかっぴらくことになるとしても、構わず仕事を持ちかける辺りも含めて、だ。


「……ハッ。地上で被害が出る前に、か」


思わず乾いた笑いが出る鴇緒に、黒丸は少しばかり、ほんの微々たる程度だが、眉根を寄せた。
彼が言いたいことが、聞くまでもなく分かってしまっているからだ。

そして鴇緒もまた、そんな黒丸の反応を分かっていても、口を動かさずにはいられなかった。


「相変らずだな、この町の人間はよ。こっちに影響が出なければ、穴蔵の中のことなんざお構いなしたぁ」

「…………」

「…だが、それは俺も同じだな。いや、俺ももう、この町の人間だから…当然なのか」


福郎への嫌味と、自嘲を込めた言葉は、全て彼が自分に言い聞かせる為のものだろう。

不条理を噛み締めるように、焦燥を呑み込むようにして、鴇緒は今度はゆっくりと頷いた。


「いいぜ、その依頼。この掃除屋・鴇緒が、受けてやるぜ」

「…よろしいのですか?」

「わざわざ聞くんじゃねぇよ。俺の気が変わる前に、その鞄の中身よこせ。どうせ、持ってきてんだろ?生物兵器の情報だなんだよ」


黒丸は軽く目を伏せると、手にしっかりと握っていた鞄の中から書類の入った封筒を取出し、鴇緒に手渡した。


商談は成立した。後は、必要な手順を経て契約を結び、仕事を完遂すればいい。

たったそれだけのことだが、鴇緒にとってこれは、非常に大きな一歩だった。


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