カナリヤ・カラス | ナノ


愛した母の変わり果てた姿を目の当たりにし、それを、自らの手で破壊した時。夜咫は、これ以上の絶望はないと思っていた。


ドローンに繋がれた頭部を見ただけでも、彼女が受けた苦痛がどれだけ凄惨なものであったか理解出来た。

最後の最後まで力強く、美しい微笑みを見せたその顔は、度重なる殴打によって歪み、腫れ上がり、とても見ていられない有り様で。彼女の躯がそれ以上に痛め付けられたことを想うだけで、気が触れそうになった。


それでも、彼女の理想を遂げる為にと踏み止まって、自分を律してきた夜咫であったが、今再び蘇る、あの日の絶望に、彼の理性は千切れ飛んだ。


「ははははは!!そうだ、その顔!!ぜーんぶ忘れちまった後じゃ見れねぇもんなぁ!!怒りと憎悪に歪んだそのツラ!!ずっと見てぇと思ってたんだよ、あの日、お前を見逃してやってからずっと!!」

「バンガイぃいいいいい!!」


鳩子を嬲り、犯したのみならず、彼女の胎内に宿った命さえ弄び、生物兵器に仕立て上げた。
その所業をどうして許すことが出来ようかと、夜咫は喉が張り裂ける程に叫び立てた。


「殺してやる……!!例えこの先、俺が俺でなくなろうと!!お前だけは絶対に……俺がこの手で、殺してやる!!」

「夜咫くん……っ」


忘れるものか。この怒りを、この怨嗟を。

例え自分自身が消失しようとも、鳩子・クロフォードという人間が受けた全ての傷に贖うまで、これだけは魂に刻み付けてやると、夜咫は血反吐を吐き散らしながら哮ける。

それさえ、酷く滑稽だと嘲罵するように口角を上げ、バンガイは夜咫の大腿部を踏みしめる足に力を込めた。


「脳味噌ヤク漬けにされて、四六時中電流流し込まれた後でも同じ台詞が吐けたなら、相手してやるよ。夜咫・クロフォード」


幾ら吼えようと、四肢をもいでしまえば、彼に抗う術は無い。

せいぜい、今の内に鳴き喚いておくがいいと嘲りながら、バンガイは夜咫の脚を引き裂かんと、彼の足首を握る手を引いた。――だが。


「ったく。てめぇら揃いも揃って、こんな筋肉だるま相手に何やってんだよ」

「!!」


夜咫の脚が千切れるより早く、バンガイの体が、まるで狂飆に煽られたように吹き飛んだ。

突然のことに反応出来なかったのか。バンガイが真横を飛んでいく中、雁金は身動ぎ一つ出来ず。夜咫も星硝子も、眼を見開いたまま、分厚い壁が積み木のように崩れていく音を浴びている。

そして、受け身を取れぬまま壁に激突した、当のバンガイも、瓦礫の山から上体を起こしながら、息を飲んだ。


「お前、は…………」

「どうやら、予期せず最高の見せ場を作っちまったみてぇだし……此処は一つ、お決まりの台詞でも言っておいてやるか」


彼の存在を、失念していた訳ではない。これまで一切姿を見せずにいたが、必ずや何処かに潜んでいるだろうと、留意していた筈だった。

それでも彼の攻撃に対応出来なかったのは、単なる不注意だったのか。それとも――彼の太刀筋に反応することが出来なかったからなのか。


ふてぶてしい面構えで、軽やかに降り立った彼を見据え、バンガイが静かな戦慄を覚える中。雁金、夜咫、星硝子。そして、瓦解した階段を降りてきた雛鳴子達。全ての視線を一身に受けながら、彼は場違いなまでに不敵で不遜な笑みを浮かべ、自慢の愛刀を翳した。


「ヒーロー見参、ってなァ」


その鳥は、狡猾にして獰猛。

不幸を運ぶ不吉の象徴、死の使い。ゴミ山を飛び交い、死肉を啄む汚れた鳥。


「か――」

「鴉さん!!」


関わってはならない、眼を合わせてはならない。

赤い眼に入ったが最後、逃れることは出来はしない。


「お待たせ、ベイビー」


生物兵器同士の戦いに降り立ったその男は、忌み嫌われた鳥と同じ名前をしている。


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