カナリヤ・カラス | ナノ


とうに致死量を超えた血溜まりの中。何もかもが霞んだ視界の先に転がったブレードへと手を伸ばす。


破壊の限りを尽くされた躯は、最早修復が追いつかず、血の蒸気も殆ど消えてしまった。

それでも、未だ諦める訳にはいかないと、断裂した筋繊維を繋ぎ、全身が焼き切れるような痛みに意識に炙られながら、血糠の上を這う。

裂けた腹から零れた臓器を引き摺り、砕けた義足を擦り減らしながら、届かぬ刃を求めるその姿は、最早憐みを覚える程に愚かしいと、バンガイは溜め息を吐いた。


「ったく、流石は同型機。俺程じゃあないとはいえ、頑丈なこった」

「ぐ、ああ……ッ!!」


足元に転がっていたパイプ片を大腿部に突き刺し、虫のようにもがく夜咫を床に打ち付ける。
歩くどころか、立ち上がることもままならないのだ。このまま倒れていればいいものをと、バンガイは夜咫の頭を踏み付け、溜め息を吐く。


「”細胞形質変化”も使えない状態で此処まで粘れるたぁ、見事なもんだ。敵ながら天晴ってやつだな」

「だ……ま、れ……」

「褒めてやってるんだ。素直に受け止めろよ、bW」


此処まで打ちのめされて尚、戦意を失わずにいられる。その不撓不屈の精神は称賛に値するが、それも自分を揺るがす程ではないと、バンガイは口元を歪めた。


向こうでは、早々に叩き伏せられた孔雀と、彼を庇いながら戦ったが為に痛撃を喰らった星硝子が倒れている。


あの二人も良くやった方だ。人間でありながら、生物兵器同士の戦いで奮闘し、何度か自分の急所を突いてきた孔雀。女だてらに猛然と立ち回り、夜咫と共に疾風怒濤の連撃を見せた星硝子。どちらも素晴らしい腕を持っていた。
自治国軍兵士であったなら、さぞ厚遇されていただろう。そう言って、降伏の機会を与えてやったのに、夜咫を見限らずに立ち向かってきた、その愚かしさだけが惜しまれると、バンガイは手から硬質化した皮膚の礫を投げ付けた。


「うああっ!!」

「お前もな、bV」


抜け目なく銃を握り、此方の隙を突こうとしてきた星硝子の腕を潰す。

今更、銃弾の一つ二つ喰らった程度で倒れはしない。だが、うっかり跳弾が彼に当たってしまうようなことになっては困るのだと、バンガイが激痛に身悶える星硝子に眼を細めた、その時。


「ふむ、初期化されているとはいえ、流石はブラックフェザー。二体掛かりとはいえ、バンガイ相手に此処まで粘るとはな」

「お前……は…………」


かつんと響き渡る軍靴の音に眼を向ければ、其処には、悪い夢の残影のような光景があった。


その首級を挙げる為に、全てを懸けて此処に来た。だが、彼は此処に在って此処に在ってはならない人間だ。

だのに、何故こんな所にお前がいるのかと、夜咫と星硝子が眼を瞠る中、バンガイはわざとらしく肩を竦めて、彼の方へ振り仰いだ。


「よう、総帥閣下。どうしたよ、総司令官たるアンタが、こんなとこまで出てきて」

「お前達が暴れ回ってくれたお陰で、総帥室にまで影響が出てが及んでな。壁と床が崩れそうになったので、避難がてらブラックフェザー同士の戦い見物に来たのだ」

「雁金……!!」


フラスコの中を覗き込むようなその眼に、夜咫は切歯した。


あの日――鳩子を奪われた時から、ずっと脳裏に焼き付いていた。バンガイの力に成す術無く倒れ、鳩子に守られ命拾いした自分を、その程度かと値踏みした、凡そ人間に向けられるものではない、あの眼。

今尚、変わることのないその視線は、数年の月日を経ても、彼と自分の力関係が覆らないことを象徴しているかのようで、夜咫は歯を食い縛る。

その激憤と悵恨に歪んだ顔を、あの時と同じ目付きで眺めながら、雁金はやれ気の毒だと嘆息した。


「だがやはり、”ネヴァーモア”の使い方さえ忘れたブラックフェザーでは、この程度か」

「……”ネヴァーモア”?」


聞き慣れないその言葉に反応したのは、星硝子だった。


それは、先刻バンガイが口にしていた”細胞形質変化”とはまた異なるものであり、且つ、雁金の口振りからして、ブラックフェザーに於ける基礎スペックのようであった。

生物兵器たるこの体に、標準装備されているものなのか。だとすれば、それもデータロストの影響でロックがかかっているのか。使い方を忘れたと言うからには、完全に消失している訳ではないだろう。

ならば、それが如何なる機能で、何処に宿る物なのか知れば、強制的に起動出来る可能性がある。


現状、自分達に勝ち目はない。全ての性能をフルに使えるバンガイを相手に、二人がかりでもこの様だ。戦局を覆すには、少しでも自分達のスペック差を埋めるしかない。
万策尽きた今、運否天賦にでも縋らなければ、勝機は掴めないのだ。

その為にも、今此処で、自分自身のことを知らなければならないと、星硝子が詮索に臨んでいることを、当然雁金は読んでいる。
だが、知ったところで今の彼女達ではどうしようもないことだと、雁金は戯れに、自らが知り得る全てを語った。


「それは、諸君らを生物兵器たらしめる”怪物”の血。二百年前、この世界に生まれ落ちた原初の生物兵器……慈悲心鳥から造られた細菌兵器だ」


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