カナリヤ・カラス | ナノ


伸縮する無数の管が、蜂の巣になった壁から引き抜かれていく。

その悍ましい光景より、三人の眼を引き付けたのは、襲い来る管の束を回避しながら転がり込んできた、見覚えのある二人組だった。


「こんなところまで押し込まれてしまうとは……流石、亰が誇る生物兵器ですね」

「ああ。お陰で、ゆくりなく合流を果たせてしまった」

「あ…貴方達……!」


砂埃に塗れ、傷だらけになりながら、何処かの誰かを彷彿とさせる傲岸不遜の笑みを見せてきたのは、雛鳴子と鷹彦だった。

作戦では、彼ら金成屋は自治国軍が保有するもう一つの兵器・カササギを相手取っている筈だが、此処にいるのはたったの二人。対カササギの要たる鴉の姿は見当たらず。もしかしなくても、と目白達が雛鳴子と鷹彦の置かれた状況を察した、その時。


「揃いも揃って満身創痍のところ悪いが……動けそうなら、少し手伝ってもらっても構わないか」

「私達二人だと、やっぱり少しきついところがありまして……」


獣めいた唸り声と共に姿を現した異形の少女に、目白達は瞠目した。


其処にいるのは確かに、カササギだ。何度も対峙しては、その脅威に追い詰められてきた、少女の形をした兵器。

それが肥大化した翼を引き摺り、無数の管を蠢かせながら此方に近付いて来ることより、目白達を吃驚させたのは、あれに追われていながら余裕の顔を見せている雛鳴子達であった。


「まさか……お前ら、あれをたった二人で?」

「えぇ。私達、たった二人でも此処まで粘ることが出来ましたよ」


カササギは、目立った外傷こそ見られないが、息は荒く、かなり消耗しているのが窺える。両腕の翼を引き摺っているのも、その重みに堪え兼ねているからなのだろう。

最早、意地にも等しい殺意だけを原動力に足を進めるカササギに絶句しながら、目白達は、如何にして此処まで彼女を弱らせたのかと、雛鳴子と鷹彦を見遣った。


「信じられない……あのカササギをここまで」

「お前ら、一体どうやってアイツを」

「皆さんがしてきたことと、同じですよ」

「何?」


雛鳴子の言葉に惑い、三人が眉を顰めた瞬間、サイレンの如きカササギの咆哮が辺り一帯を震わせた。

それを合図に、カササギが地面を踏み締めるや否や、雛鳴子と鷹彦はそれぞれ散開し、半歩遅れて、三人もその場から飛び退いた。


「ウガァアアアア!!」


捨て鉢めいた力任せのモーションから振り下ろされる機械の翼。その圧倒的重量に床が悲鳴を上げる中、いち早く退避した雛鳴子は、カササギ目掛け、手榴弾を放った。
もう何度も喰らってなるものかと思ったのか。カササギは身を翻し、重みで撓う翼でそれを振り落したが、手榴弾かと思われたそれは、催涙弾であった。

周囲に立ち込める大量の催涙ガス。これも、幾度となく味わってきたのだろう。カササギは高く跳躍し、ガスが立ち込めた場所から離脱するが、それを待っていたと言わんばかりに、二発目の催涙弾が投げ込まれた。
粘膜が刺激を受け、痛烈な不快感を訴える。無論、催涙ガス程度のダメージであれば数秒もあれば回復出来るが、その数秒の間に、追撃が来る。

空中で僅かに動きを止めたカササギの体に、ワイヤー付きのアンカーが数本突き刺さる。鷹彦が投げた物だ。

アンカーの爪が、カササギの肉を捉える。その手応えを感じた鷹彦は、ワイヤーを束ねて掴み、思い切り振りかぶるようにして、カササギを投げ飛ばした。


ハンマー投げさながらに投擲され、あわや壁に激突する寸前。首の後ろから伸ばした管を突き刺し、勢いを殺したカササギが、壁を踏み締め、真っ直ぐに飛ぶ。

弓矢を彷彿とさせるその鋭い反撃を、間一髪、地面を転がるようにして躱す。其処からすぐさま体勢を立て直し、吼えるカササギから距離を取る。


この、嫌がらせにも等しい一進一退の攻防、意地の悪い追いかけっこめいた一撃離脱こそが、生物兵器カササギへの最善策なのだと、雛鳴子と鷹彦は悪辣とした顔付きで駆け回る。


「とにかく逃げて、逃げて、逃げ回る!!そして!!」

「相手の消耗を激しくする為、隙を見付け次第、攻撃していく!!」


これまでアルキバが、カササギとの応戦を避け続けてきたように。雛鳴子達もまた、彼女とまともに戦うことを放棄していた。

ひたすら逃げに徹しつつ、隙あらば、ちくちくと刺すような攻撃をお見舞し、すぐに逃げる。
戦闘開始から既に十数分。その間、ナノマシンをフル稼働して雛鳴子達を追いまわしていたカササギは、身体的ダメージこそ皆無に等しいが、体力を著しく消耗していた。


「体の変形や修復……これらのアクションに、彼女は激しくエネルギーを消費するようです。恐らく、体内のナノマシンの稼動分、古代兵器バンガイよりも圧倒的に消費熱量が多いのでしょう。……これも、彼女がこれまで貴方達を深追いしてこなかった理由の一つだと推察されます」

「だが今は、何が何でも相手を仕留めなければならない状況だ。逃げられたらそれだけ追い回し、躱されたらそれだけ攻撃しなければならない。エネルギーが尽き果てるその時までな」


無尽蔵の自己修復力を誇るカササギを仕留められるだけの火力を、雛鳴子も鷹彦も有してはいない。
だが、とことん逃げ回ることで彼女を疲弊させ、機能停止に追い込むことは出来る筈だと、二人は此処まで粘りに粘り、カササギをじわじわと追い詰めてきた訳だが――正直、此処まで持たせられたのが奇跡だった。

戦闘経験の希薄さ故、カササギには隙が多く、動きもどうにか見極めることは出来る。それでも、彼女の兵器としての性能は、人間二人で手に負えるものではなく。雛鳴子も鷹彦も、既に限界寸前の境地に立たされていた。

脚は油断すると小鹿のように震えるし、躱し切れなかった攻撃のダメージが、徐々に動きを鈍らせている。呼吸をするだけで肺と心臓が爆発しそうな痛みを訴え、全身の骨という骨が軋みを上げている。
一歩間違えただけで、容易に崩れ落ちてしまう危うさを抱えながら、それでも粘り続け、此処まで持ち堪えてきた。そんな雛鳴子と鷹彦にとって、此処で目白達と合流を果たせたことは、僥倖であった。


「しかし、此方もそろそろ持ち合わせの武器が底をついてきまして……」

「そういう訳で、手を貸してもらえると有り難い!!」

「断りたくても、出来やしないじゃないか!!」

「巻き込んでおいて、よく言うど!!」


カササギにとって倒さなければならない相手が増えたということは、彼女が使うエネルギー量が増えたということであり、それだけ彼女が倒れる時間が早くなったということでもある。
各自バラバラになって逃げ回り、カササギが動けなくなるまで動き続ける。それ以外に彼女を倒す術も、自分達が生き残る術もないと、雛鳴子と鷹彦は目白達を巻き込んで、カササギ討滅に臨む。

目白達としては、カササギの相手をしている場合ではないのだが、三人にとってもっとも手痛いことは、彼女が夜咫のいる階層に向かってしまうことだ。
バンガイとカササギが一ヶ所に集まってしまえば、誰も彼らを止められない。彼らの合流はイコール、三羽烏同盟の敗北だ。

カササギの攻撃を躱すだけで精一杯なのに、其処にバンガイが加わっては、総員五分と持たずに全滅するだろう。当然、其処には夜咫も含まれる。
それだけは回避しなければならないと、目白達は雛鳴子、鷹彦と共に、此処でカササギを食い止める道を選択した。


「常に距離を取って!!彼女の足についたブースターに注意しながら、攻撃に備えてください!!あれが稼動すると、一気に距離を詰められます!!」

「躱して迎撃出来る自信があるなら、是非そうしてくれ!!回復は、より大きなエネルギーを使って行っている!!この追いかけっこを早く終わらせたいなら、可能な限り攻撃していけ!!」

「無茶言うなよな!!」

「お前ら、やっぱりアイツの仲間だど!!ほんとうに、めちゃくちゃだど!!」

「「そりゃどうも!!」」


未だ、目白達の胸は、彼の元へ駆け付けなければという使命感と焦燥感に焼かれている。それを飲み下してでも、この馬鹿げた鬼ごっこへ身を投じたのは、たった二人でカササギと戦っていながら、雛鳴子も鷹彦も、何一つとして諦めたような顔をしていなかったからだろう。

この状況下に於いて尚、彼女達は勝利をもぎ取り、生き残るつもりでいる。その為に必要なものを欠いていながら、それが必ず、自分達の前に現れることを、二人は信じているのだ。

最後の最後で足を滑らせたり、瓦礫に蹴躓いたりしても、その想いは変わらない。寧ろ、そんなまさに絶体絶命というタイミングにこそ、あの男は舞い戻ってくるに違いないと、嫌に楽しそうな顔をして駆け回る雛鳴子達を見ていると、どうしてか、死を受けいれようとしていた心が弾む。


もしかしたら。そんな希望が湧き上がり、傷だらけの体を突き動かす。その流れに身を任せるようにして、目白達は走る。流れ星を掴み取るような勝利を、彼の手に届ける為に。


prev next

back









×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -