カナリヤ・カラス | ナノ


先の作戦会議にて、アルキバから得たカササギの情報を脳内で反芻する。


――カササギこと、ナノマシン・コンバイニング・クローンは、古代兵器バンガイの細胞を素に造られた生物兵器だ。

百年戦争時代のロストテクノロジーによって造られた生物兵器。その再現を試みた雁金巌士郎は、バンガイのクローンを生産するも、その性能はオリジナルどころか、砂漠をうろつく生物兵器の子孫にも劣る出来栄えであった。

特に問題だったのが、クローンが自らの躯を再生する際、その箇所が瞬く間に崩壊し、また再生と崩壊をと繰り返す内に、肉体が飽和し、元の状態を取り戻せず、機能停止に至ることにあった。


そこで雁金はクローンの肉体にナノマシンを混合し、細胞を機械によって制御する新しい生物兵器を考案。

無数の命を生み出し、それを塵芥の如く廃棄し、無限にも等しい死と創造の果て、一体の成功例が生まれた。それが、カササギである。


彼女はナノマシンが定着し易く、尚且つ、オリジナルの再生能力を極力損なわぬよう改良を施されたデザインベビーだ。

父親のような怪力は持ち合わせていないが、細胞と融合したナノマシンを自在に変形させることで無尽蔵に武器を生み出すことが出来る。

まさしく生きた兵器と呼ぶに相応しい性能。それが、カササギと呼ばれるものだ。


「アアアアアァアアアア!!」


劈くような啼き声に呼応して、首の後ろから伸びる無数の管が獲物に飛び掛かる蛇の如く襲い掛かる。

管の先は、プラグ状になっているが、あれは差込口を選ばない。瓦礫であろうと、巻き込まれた自治国兵であろうと刺し貫くそれは、接続用端子というより槍の類に近いだろう。
しかし警戒すべきは先端のみではない。あの管は恐らく、カササギの手足も同然。不用意に近寄れば搦め取られ、捕えられたところを串刺しにされるだろう。

ならばと、雛鳴子と鷹彦は管の管の間を掻い潜るようにしながら身を躱し、カササギとの距離を詰めた。


近過ぎてもカウンターを喰らうが、遠過ぎても物量戦に持ち込まれる。
上手く相手の攻撃を見極めて、回避を最優先に行動しつつ、隙を見付け次第攻撃。地道かつ途方もないが、これが最善だと雛鳴子はカササギ目掛け、手榴弾を投げ付けた。

手榴弾が炸裂する間際。カササギは両腕から生やした翼を交差させ、防御の構えを取る。
幾重にも重ねられたブレードで出来た翼は、爆炎から身を守る盾となり、同時に反撃の刃となる。カササギは、雛鳴子に狙いを付けると、クロスさせた腕を振り解くようにして、ブレードの羽を放った。

一枚一枚が鋭利な刃物で出来た羽は、人の肉など軽々と引き裂いてしまうだろう。
そう直感し、すかさず前方へと転がり込んで回避した雛鳴子であったが、ふと頭上から射し込んだ影に、呼吸が止まった。

羽は囮だったのか。雛鳴子が其方に眼を奪われたその僅かな間に、カササギは両の腕を巨大化させ、指を組むようにして噛み合わせた翼を雛鳴子へと振り下ろす。

圧倒的重量に加え、剥き出しの刀にも等しい羽の群れ。少しでも喰らえば即致命傷だ。

だが、落石にも匹敵するこの攻撃を躱し切れるだけの距離を得るには、雛鳴子の脚では足りない。
それでも避けられるだけ避けなければと踏み込み、真横に跳躍した瞬間。


「ぐ――っ」


息苦しそうな声を上げながら、カササギの体が僅かに後ろに傾く。

その間隙を縫うようにして影の中から脱け出した雛鳴子は、カササギの首に巻き付けられたワイヤーに気が付いた。


「女に余所見をされるのは慣れないものでな……悪いが、此方を見てもらおうか!」


らしくもない冗談を言ってみせたのは、切羽詰まっているからなのか。自棄にも近い笑みを浮かべながら、鷹彦は腹に足に力を込め、カササギを思いきり背負い投げた。

カササギ自体の体は小さく、痩せこけているが、肥大化した機械の重量が凄まじい。渾身の力を入れなければ此方が持って行かれると、鷹彦は歯を食い縛りながら、カササギの体を宙へ放る。

落下する直前。これでは翼の重さで自分の体が潰れると、両腕を縮小し、上手く着地したカササギであったが、其処に間髪入れず、爆撃が襲う。

せっかく鷹彦が作ってくれた隙を、逃す手は無いと、雛鳴子が投げ付けた手榴弾が、今度はクリーンヒット。
防御の遅れたカササギは、肉と金属の焼ける匂いと煙を上げながら、爛れた肌を修復し、次の攻撃が来る前にと雛鳴子へ手を翳す。

しかしその手が何か動きを見せるより早く、爆炎の向こうから飛び出してきた鷹彦の蹴りが、カササギの頭部を揺らす。


全身是兵器とは言え、構造は限りなく人間と同じ。であれば、頭が揺れれば脳震盪も起きるだろうと狙いを定めた鷹彦であったが、予想的中。司令塔を攻め込まれたカササギが、ぐらりと体勢を崩し、片膝を突く。
此処から更に追い討ちをと、鷹彦は両脚でカササギの頭部を挟み込み、勢いを付けて床に脳天を叩き付けた。

相手が年端もいかない少女であるからと、手段を選んでいられる余裕は無い。比較的守りの薄い頭部を攻め、相手の行動を制限しながら、適確に攻める。

これしか自分達が生き延びる術はないのだからと、鷹彦は先の戦いの戦利品たる、葦切の刀を抜き取り、カササギの頭にそれを突き立てた。


「アアアアアアアアアアアアアア!!」


見るに堪えない光景。聞くに堪えない悲鳴。流石に気分が悪くなると顔を顰めながら、それでも攻撃の手を止めることなく、次の一手をと、鷹彦が刀を握り直した時だった。


「鷹彦さん!!避けてください!!」

「!!」


雛鳴子の声に弾かれたようにその場を離脱した瞬間。カササギの体内を食い破るようにして、無数のブレードが彼女の背中から飛び出した。

あのまま攻撃を続けていれば、今頃、この躯は細切れにされていただろう。

一呼吸置いて、全身を駆け巡る悍ましさに、鷹彦が戦慄する中。カササギは揺らぐ幽鬼の如く立ち上がり、暫し自らの脳天を貫く刀を見遣る。


「…………これ、葦切さん、の」


首の後ろから伸びた管が、柄を搦め取り、刃を引き抜く。

まるで指先に刺さった棘でも抜くかのように、ほんの少し眉を顰めたカササギであったが、その顔は抜き取った刀を見て、一層翳りを増す。


「そう、かぁ……貴方、葦切さんを、殺してきたのね」

「…………」


鷹彦の沈黙を肯定と見做したのか。カササギは納得したように小さく頷くと、葦切の刀を足元に転がし、それを趾状に変形させた足で、力任せにへし折った。

仲間の、遺品とも言うべき刀を見て、激昂したとばかり思っていた雛鳴子と鷹彦は、その場に縫い付けられたようにカササギを凝視する。


立ち止まっている場合ではない。この隙にカササギを攻撃して、ダメージを稼がなければ。

そう頭では理解していても、体が竦みきっていた。


折れた刀を更に踏み砕き、勢い余って飛び散った破片で腿が切れても、構うことなく刀の粉砕に没頭するカササギ。

その、ただただ冷え切った怨色が、不用意に近寄った者も、この刀と同じように破砕すると告げているようで、二人は動けなかった。動ける訳がなかった。


「……私のこと、いつもいじめるから、こうなるのよ。ああ、ほんとうに、いじわるな人だった」


幾度、あの刃に切り刻まれてきたか。思い返すだけで、全身の傷が再び花開きそうで、カササギは腕を抱えるように翼を折り畳む。


軍の人間を手に掛ければ、酷い折檻を受ける。幹部ともなれば、想像も絶する程の罰を受けることになるだろう。

だから、何をさせれても堪えてきた。

無理に引っ張り出され、訓練と称した憂さ晴らしに付き合わされても。気紛れに犯されても。痛みに泣き咽ぶ様を嘲弄されても。父親から受ける、死の岸が見える程の誅罰を思えばと我慢してきた。

だが、散々自分を玩具にしてくれたあの男も、死んだらしい。どんな最期を遂げたかは知らないが、ざまあない。敗れた挙句、自慢の得物まで取り上げられたのだ。さぞ悔しい想いをしているに違いないだろう。


――それなのに、胸がまるで透かないのは何故だろう。


この手で屠ることが出来なかったからか。彼の最期を眼にすることが出来なかったからか。快哉に代わって胸を満たす虚しさに、カササギは力無く切歯する。そして。


「…………がはっ」

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