カナリヤ・カラス | ナノ
「じゃあ、あれが」
「は、はい。あれこそが、我等が総帥閣下がお造りになられた生物兵器。ナノマシン・コンバイニング・クローン……カササギであります」
建物の壁をぶち破った触手と翼。その正体が、もう一つの生物兵器・カササギの物であると知った星硝子一同は、息を飲んだ。
一つ一つが意思を有しているかのように蠢動する触手。蛹の殻を破るようにして巨大化した翼。あれらは全て機械で出来ていながら、無尽蔵に膨れ上がる血肉の如く、自在に変化していた。
まさに、生きた兵器と呼称するに相応しい。
あれこそがカササギの力であると慄然とすると共に、圧倒された星硝子達を見遣りながら、鶉井は語る。
知ったところで、彼等にはあれをどうすることも出来ないだろう。あの兵器と対峙して、人に成す術などない。ただ、力任せに潰されて、それで終いだ。
彼等は皆、殺される。悉く殺される。であれば、自分の不義も知られまい。
とうに落ち着きを取り戻した鶉井は、彼等の滅びを促さんと、手持ちの札を曝け出す。
「あれを止められるのは、同じ生物兵器であり、親(オリジナル)であるブラックフェザーのみ……。彼女を討つのであれば、”鉄亰のヤタガラス”か星硝子殿……或いは、金成屋の――」
「…………お前、何を言っている」
その、研ぎ澄ました刃のような声に、鶉井は言葉と息を詰まらせた。
声の主は、孔雀だった。まるで、触れてはならぬ物に手を伸ばされたが如き形相で、孔雀は狼狽する鶉井の胸倉を掴み上げる。
――自分が適当なことを吹聴していると思っているのか。それとも、単純に理解が及んでいないだけなのか。
何れにせよ、自分は嘘偽りを口になどしていないのだ。もう一度言い聞かせてやる他ないと、鶉井は孔雀の眼に怯えながら繰り返す。
「で、ですから……カササギを倒せるのは、彼女の親であるバンガイ殿と同じブラックフェザーでなければと」
「だから、何を」
「ヒッ」
問い質しながら、孔雀はとうに理解していた。鶉井の言うことも、それが紛うことなき真実であることも、何もかも。とうの昔から。
だからこそ、彼はそれを人の言葉で受けいれたくなかったのだが、彼女の方はとっくに覚悟が出来ていた。
「もういいのよ、孔雀」
今にも殴り殺されそうな鶉井を庇う為。何より、孔雀自身がこれ以上、自分の為に憤らぬようにと、星硝子は彼を制した。
振り返った孔雀の顔は、どうしてか、酷く泣きそうな歪み方をしている。
初めて出会った時から分かりきっていたことなのに。所詮は他人事だというのに。当事者でない彼が、こうも心を痛めてくれるだけで十分だと、星硝子は静かに微笑む。
常に不遜で、快濶とした笑みが板についた彼女らしからぬ、その穏やかな微笑は、何よりも孔雀の胸に突き刺さる。
「分かってたことじゃない。うん……そうよ、これはずっと前から、分かっていたこと。今更、根掘り葉掘り確めるまでもないわ」
「……星硝子」
自分のことは、自分が一番よく分かっている。今更、誰かに言われるまでもない。
それに、これはずっと探し求めてきた、名前も知らない確かなことだ。
嘆くことはない。悔やむこともない。だから、そんな顔をしないでくれと孔雀をあやすように抱き締めると、星硝子は未だ事態を呑み切れずにいるギンペーに眼を向けた。
とうに答えは見えている。だが、そんなことは有り得はしないと、はりぼての理性で否定を続ける。そんな彼に、星硝子は希うような声を掛ける。
「……ギンペーくん。君もどうか、受け入れてあげて」
薄らと予感していたとしても、認め難いだろう。ギンペーだけではない。きっと雛鳴子も鷹彦も、彼を信じ、彼に従い、彼を慕って此処まで来た三人にとって、それを受け入れることは彼の否定に他ならない。
それでも、これが決して覆ることのない真実である以上。彼等は享受しなければならないのだと、星硝子は痛切に笑む。
「多分アイツも、私と同じ……ずっと前から、自覚してただろうからさ」
何度、そうでなければと願っただろう。これが思い過ごしか、杞憂であればと、もう数えきれない程、星に祈った。それはきっと、彼も同じだろう。
だから、認めてやってくれと懇願するように、星硝子は告げる。誰もが知り得ずにいた、金成屋・鴉の正体を。
「自分が、生物兵器だってことを」