カナリヤ・カラス | ナノ
鉢合わせた自治国軍兵士を端から片付けながら、飛び出して行った星硝子を追い駆けること数十分。
道中擦れ違ったレジスタンス達の目撃証言を辿り、ようやく掴めた足取りを追った先で、孔雀はこれでもかと顔を顰めた。
「あら、遅かったじゃない孔雀」
「……そうだな。お前が一戦終えるまで追い付けないとは、俺も随分衰えたものだ」
妙にツヤツヤとした顔に、スーツケースの如く引き摺り回している、腰の砕けた自治国軍兵士。
しかも、よくよく見れば幹部の一人じゃないかと、孔雀は低く溜め息を吐きながら、まともに穿けていないズボンから垣間見える男の尻を蹴り飛ばした。
「はひんっ!」
「フン。この様子だと、俺が遅かったというより、コイツが早かったようだな」
誇り高き自治国軍人――それも幹部ともあろう者が、はしたない声を上げ、犬のように這いつくばる様を見て、孔雀は冷え切った嘲笑を吐き捨てる。
この不様極まれる男に何が起きたのか、聞くまでもない。妙にすっきりとした星硝子の顔を見た時から、察しはついている。
何に関しても奔放な彼女は、これまでにも前科ともいうべき前例がある。時とか場合とか相手とか、そういうものを選ばず、その気になったらやる。星硝子がそういう女であることを知っているからこそ、孔雀は辟易した。
「あれ、もしかしなくても孔雀、妬いてる?ねぇ、妬いてるの?ねぇねぇ」
「呆れてるんだ馬鹿硝子。流石に空気を読め。此処は戦場で、お前がこのミニットマンのマウントを取ってる間に死人が出てるんだぞ」
「分かってるって。私だっていつもみたいな感覚でしてた訳じゃないもん。ちゃんと色々聞き出してやったわよ。二つの生物兵器、バンガイとカササギ……そのルーツから弱点まで、色々ね」
無論、それも分かっている。幾ら星硝子が自由人とはいえ、流石にこの状況下で、意味無く事に及びはしない。
幹部ともなれば、所有している情報量が一般兵士とは段違い。しかもこの男――鶉井は、幹部の中で一番、その手の攻撃が効くタイプと見える。
骨まで溶かすような快楽で籠絡してやれば、芋蔓式に持ち得る情報を吐き出していくことだろう。あれやそれやと共に。
未だ、相手の持つ二つの兵器については未知の部分が多い。その出自から弱点まで聞き出せたというのは、大きな武器になることだろう。
何より、彼女は知らなければならなかった。
自分とよく似た青年と、彼と拮抗する、人の形をした兵器。彼らがきっと同じものだと肌で感じた時からずっと――いや、ずっと前から、彼女は追い求めていた。
広大な砂漠の何処かに埋まっている、一欠片の宝石を探るように。星硝子は、名前も知らない探し物を、胸の中に抱えていたのだ。
その形自体は、ずっと前から掴めていたが、はっきりとした答えに辿り着くことは出来ずにいた。
無尽蔵の砂を掻き分け、遺跡を巡り、国境を越えても、何処にも無かった。それが今、此処にある筈なのだと、星硝子は心ならず強張った顔を無理矢理ニッと吊り上げた。
「そういう訳だから、行きましょ行きましょ。道中はこの子が案内して…………」
と、再び鶉井を引き摺って移動しようとしたところで、星硝子はようやく気が付いた。
「ところで孔雀、さっきから後ろで震えてるのは」
「ああ……此処に来る途中で拾った」
孔雀の背後に引っ付いている、見慣れた少年。彼は確か、金成屋の下っ端くんではないかと首を傾げる星硝子に、孔雀は此処に至るまでの経緯を回顧しながら、この見るも哀れな少年が、雨に打たれた子犬さながらに震えた声で必死に話してきた内容を、自己解釈を交えた上で語る。
「なんでも、金成屋とはぐれた末に幹部と戦闘になり……勝利したはいいが、自動運転に切り替わったボディに追いかけ回されたとかなんとか……。とにかく、這い回るオカマの上半身に追われていたので助けたら、金成屋のとこまで連れていってくれと泣き付かれてな」
「うぅ……うぅぅ…………」
既に追いかけてくる相手はいないというのに、未だ怯え続けているのも致し方ない。
星硝子を探す道すがら、腕だけで猛然と前進するオカマの上半身に追い回される彼の姿を見た時、孔雀は呆然としながら、ひしひしと思った。何があったか知らんが、なんて哀れな少年なんだ、と。
そんな同情心から助け出してやった後、少年――ギンペーは、えぐえぐと泣きながら「俺は頑張ったんっすよ」「皆とはぐれても、一人で戦って、幹部倒して」「なのに、いきなり自動運転モードとか言って、動き出して」と、己の身に起きた出来事をどうにか理解出来る程度の言語で話してきた。
そして、どうか一人にしないでくれ、皆のとこに連れていってくれと、迷子の子供のように泣き付いてきたので、孔雀は致し方なく、使い物にならないギンペーを連れて此処までやって来た。
お陰で星硝子に追い付くのに余計な手間と時間を要したが、ぎゃんぎゃん泣き喚くギンペーを置いていける程、孔雀は冷徹になれなかったらしい。
「ふぅーん。全然分かんないけど、まぁ大変だったのね。なんつーか、ドンマイ!」
そろそろ離してはくれないかと溜め息を吐きながら、何だかんだ付き合ってやっている孔雀と、ぐずぐずと鼻を啜るギンペー双方に向けて親指を立てると、星硝子は、いざ次の目的地へと向いの建造物へ視線を向けた。
「それじゃ、この子を送り届けるがてら、私達も行きますか。さっき、鷹彦が幹部の一人を倒したって通信が入ってきたし、私とこの子が倒した数を合わせたら、残る幹部は一人。この子から聞いた話によると、一人は確実に夜咫と当たってるっていうから、残るは雁金と生物兵器ーズだけ」
鶉井曰く、総帥室がある向いの建物には幹部二人と生物兵器二体が配置されているらしい。
既に夜咫や金成屋一同は、残る生物兵器の何れかと対峙しているかもしれない。ギンペーと共に彼等と合流し、手助けしてやるべきだろうと、星硝子は総帥室のある頂上付近に目を遣った。
「となれば、私達もバンガイかカササギを倒しに――」
言葉の続きは、轟音に掻き消された。
いや、仮にもし、辺り一帯が無音状態にあったとしても、星硝子は声を失っていただろう。
「…………何だ、あれ」
それまで鵜飼の死体に追いかけ回されていた恐怖に震えていたギンペーでさえ、硬直し、その光景を凝視した。
内側から炸裂したように、瓦礫を噴き上げる建物。それを押し飛ばしたのは、遠距離からでも明確に視認出来る程に巨大で無機質な、黒い翼と、夥しい数の触手だった。
力を、抑えることが出来ない。上手く、コントロールすることが。
嗚呼、だから。だからおとうさんは、私を殴るのだ。
お前は駄目な子だと、所詮は不出来な紛い物だと、私の腕を、脚を、羽を、ちぎって。
嗚呼、やめて、やめて、おとうさん。
いいこにします。言うことをききます。今度こそ上手く出来るように、がんばります。
だから、おかあさんみたいにしないでください。
おとうさんがころした、おかあさんみたいには、どうか。