カナリヤ・カラス | ナノ


地を震わせるような咆哮に、思わず硬直した瞬間、因幡の体は風に煽られたように吹き飛んだ。無論、屋内で突風が吹き付けたのではない。凄まじい力を受け、吹っ飛ばされたのだ。

踏ん張る力さえ効かぬ程の勢いで、重々しい因幡の巨躯が、紙屑の如く宙を舞う。

間一髪、本能的に銃剣を翳していたことで、直撃は免れたが、生半可な防御を擦り抜け、ダメージが腕に響き、骨を軋らせる。


何が起きたのか。そんなことを考えている余裕は無いと、因幡は受け身を取った傍から身を翻し、武器を構えた。

思考するより早く、引き鉄を引く。だが、弾丸は悉く弾かれ、一つは因幡の軍帽の端を千切り、背後の壁に突き刺さった。


硝煙の匂いさえ掻き消す反撃に、因幡が眉を顰める中、それは赤く煙る蒸気を上げながら、ブレードを構える。

それはまるで、流れた血液を蒸発させ、痛みごと大気に消し去って行くような光景だった。だが、蒸気に霞んでも尚、テールランプの如く光る眼光は、受けた痛みを忘れていない。手負いの獣めいたその眼は、傷を癒す為の血肉を欲しているかのように滾り、凶悪な光を帯びている。

其処に、感情は無い。思考さえも、及ばない。在るのはただ一つ。目の前にいる相手の喉笛を掻き切れと叫ぶ、闘争心のみだ。

口元を覆うマスクを力任せに引き剥がし、牙のような歯をぎらつかせた夜咫の姿に、目白達が声にならない悲鳴を上げる中、因幡は失望したような顔で呟いた。


「…………既に、覚醒していたか。”怪物”よ」





物心ついた時から、言われていた。お前は人間ではない、と。

それは奴隷小屋にいた他の子供達も、同じ場所に買われた少年兵達も同じだったが、俺に対するその言葉はいつも、彼等に向けられるそれとは違う意味を孕んでいた。


(あれは人の形をした化け物だ。扱いには気を付けろ。その喉笛を噛み切られたくなかったらな)

(高い金出して買っただけあるな。ありゃ、弾除けにしかならねぇガキ共とは別格だ)

(あいつと話すの、よそうぜ。あいつ……俺達とは違うんだからよ)


その意味が分からない程、俺は鈍くもなければ馬鹿でもなかった。

何せ、自分の体のことだ。嫌でも眼に見えるその事実を拒絶することも否定することも出来る訳がなかった。


だから、俺は割り切っていた。俺は、人間ではない。俺は、化け物。俺は、”怪物”なんだと。鳩子に出会うまで俺は、そう思っていた。


(夜咫、あんたは人間よ。誰が何と言おうと、あんたは化け物なんかじゃない)


人の形をしているからではない。物を考え、言葉を話すからではない。其処に心があるから、夜咫・クロフォードは紛れもなく、疑いようもなく人間なのだと、鳩子は俺に言い聞かせてくれた。

俺が自分を人間と認められるように。俺が自分を許してやれるように。俺が自分を愛せるように。俺が自分を化け物にしてしまわないように。

鳩子は、俺がその手で引き裂こうとしていた心を庇ってくれたのだ。


(だから、もう無茶はしないで。自分なんかどうなったっていいなんて……そんなこと、思わないで)


俺達に血の繋がりは無い。けれど、俺は鳩子の息子で、鳩子は俺の母親で――俺達は、確かに親子だった。

照れ臭くて、一度も母さんと呼んだことはなかったけれど。俺のことを本当の子供のように愛し、慈しみ、大切に育ててくれた鳩子のことを、俺は母親だと思っていた。


(あんたは私の息子なんだから)


夜咫・クロフォードという人間を生んでくれたのは、鳩子だ。

戦うことしか出来なかった道具は、生きる意味さえ分からないままに戦場を駆け回っていた武器は、鳩子と出会ったことで人になれた。


だが――俺は再び、”怪物”に戻ろう。

鳩子の理想の為に。鳩子の誇りの為に。鳩子の弔いの為に。俺は、”怪物”になろう。


「オオオオオオオオオオオオオ!!!!」

「夜咫!!」

「兄ぃ!!」


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