カナリヤ・カラス | ナノ


鳩子の姓は、異国人であった母、パロマ・クロフォードのものだ。

彼女は自治国軍人として生きる道を選んだ際、父である因幡直紀と衝突し、決別。以後、彼女は母の姓であるクロフォードを名乗り、二人は血の繋がった親子ではなく、上司と部下、見知った他人となった。


そのことを、鳩子は後悔してはいないと語った。

母が病に斃れ、たった一人の肉親である父と親子の繋がりを断ち切ったことは、悲しく思う。それでも、自分の選んだ道を歩んで行くことに後悔はない。
軍人として生き、軍の在り方に疑問を抱き、この国を変えなければと奮起し、レジスタンスを立ち上げ――そうして多くのことを知り、多くの人と出会い、此処まで来たのだ。

悔やむことなど無いと語る彼女の、拭いきれない悲しみに満ちた微笑みは、今も夜咫の網膜に焼き付いている。


離別して尚、鳩子は因幡を、父親を愛していた。

分かり合えないと踏ん切りを付け、親子として接することが無くなろうと、敵対者となろうと。それでも、実の父親を憎める筈がないと。鳩子は因幡を心から想っていた。


だが、その鳩子が惨たらしく殺されていく中で、因幡は何もしなかった。実の娘が凌辱されながら、分解されていくのを、父親である彼は、止めなかった。

だから、あんなことになったのだと歯が砕けんばかりに切歯する夜咫であったが、因幡は眉一つ動かさず、突進してくる夜咫を適確に捌く。


「……鳩子は、愚かな娘だった」


縦横無尽に襲い来る二本の刃。その怒濤の連撃を最小限の動きで受け流す。何処までも激情的な夜咫に対し、因幡は極めて冷静。故に、アルキバの面々にすら追えない夜咫の動きのその先までもが、因幡の眼には見えていた。

研ぎ澄まされた思考と、長年戦線に立ち続けたことで培われた経験値から生み出された第六感。加えて、一糸乱れぬ呼吸から生み出される、筋骨隆々の体躯に見合わぬしなやかな動き。
老いて尚、現役。その重みを謳うような立ち回りに、思わず息を飲んでいた一同は、因幡の銃剣の切っ先が夜咫の頬を掠めたところで、弾かれたように動き出した。


「夜咫ぁああ!!」


手出し無用。夜咫から放たれる殺気はそう物語るが、傍観していられる状況でもない。


夜咫は、強い。彼が万全であるならば、因幡でさえ圧倒出来るだろう。
それでも、今日まで彼が因幡を倒せずにいるのは、夜咫が因幡を前にすると、怒りに我を忘れてしまうことにある。

思考を焼き切って、全身全霊で因幡を討つことだけに駆られ、我が身を滅ぼすことさえ厭わない。そんな戦い方に陥ってしまうが故に、夜咫は因幡に勝てずにいた。


自分達の標的はバンガイだ。此処で夜咫が消耗しては、バンガイに勝てる見込みは薄くなる。
後で夜咫に恨まれることになろうと、此処は汚い手を使ってでも因幡を倒すべきだろう。

目白達は、何としてでも因幡を討てと駆け出すが、至極当然、因幡直属の部下である特殊部隊の兵士達がそれを阻む。


「どけええええええええ!!」

「邪魔をするでねぇどぉお!!」


怒号と銃声、噛み合う金属音が谺する乱戦が始まったことさえ、夜咫の意識の中には入り込むことはない。

吹き荒ぶ感情が視界を狭め、耳を覆う。殺意を研ぎ澄ます為、余計なものを削ぎ落とすかのように。夜咫の感覚は尖っていく。
それが命取りであることを理解していても、ブレーキをかける為の理性が既に失われている。
猛然と、怒り狂う獣の勢いで因幡に迫る夜咫であったが、彼は気付いていない。

夜咫が因幡を押しているのではなく、因幡が仲間達から引き剥がすように夜咫を誘導しているのだということに。


「亰のことを想うのならば、革命など起こすべきではなかった。……無用な戦いを招き、徒に死者を増やし……叶わぬ理想に多くの犠牲者を出した」

「黙れ」

「あいつは、その罪を償わなければならなかった」

「黙れ」

「だから、私はあいつの処刑を」

「黙れぇええええええええええ!!!!」


怒りに任せた太刀筋は、成る程、鋭い。並の兵士が相手では、まともに受けることさえ出来ないだろう。
しかし、相手は幾多の戦場を乗り越えてきた因幡だ。思考の伴わない刃など恐るるに足らぬと、因幡は夜咫の平静を掻き乱し、次の攻撃さえも導く。

磨き抜かれた因幡の観察眼は夜咫の動きを見切り、スピード、パワー、角度から、如何に返せば相手の動作をコントロール出来るかを瞬時に算出する。
全盛期から体は衰えど、それを補って余りある経験で、因幡は夜咫の気力と体力を削る。

一撃一撃、余剰な力が込められた攻撃を受け流されたところに、鳩子に対する侮辱の言葉が追い討ちを掛け、夜咫は焦燥から、みるみる消耗していく。


「お前は!!お前は、実の父親に見捨てられた鳩子が!!どんな想いで死んでいったと思っている!!あらゆる痛みと屈辱を受け……人としての形さえ失った鳩子が!!どんな想いで!!!!」


体より先に、心が悲鳴を上げている。

これ以上、好き勝手言わせてなるものかと、渾身の力を込めても届かない。攻撃は悉く、因幡に弾かれ、躱され、心無い言葉に穿たれる。

短い間にそれを繰り返していれば、殺気は毀れ、動きは鈍る。そうなれば、関節が軋んだ人形を相手にしているのも同然だと、因幡は強く踏み込む。


「駄々をこねるな、小僧」


夜咫の連撃をここぞというタイミングで掻い潜り、刺突を繰り出す。

今度の一撃は額を掠めた。脳を貫かれる直前で、夜咫が背を逸らした為だ。その刹那に崩れた体勢を因幡は見逃さず、銃剣を回転させ、夜咫の顎を銃床で打つ。

脳にまで響く一打は夜咫の眼を眩ませ、重力に従って体が崩れたところで、すかさず、銃身の薙ぎ払いが夜咫の腹を襲う。


「かは――ッ」

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