カナリヤ・カラス | ナノ


買いだしに出ていたのか。両手に大きな荷物を持った男が、向こうからやって来た。

その巨体、独特の訛り言葉。一度会えば強く記憶に残る彼は――。


「あ、えっと……長元坊さん、でしたっけ」

「気軽に呼ぶでねーど!長元坊ってのは、ニックネームなんだど!!」


ぷんぷんと子供のように怒る長元坊に、雛鳴子とギンペーはパチパチと瞬きした。


誰もが彼を長元坊と呼んでいたので、てっきり長元坊という名前なのだとばかり思っていたが、あだ名だったとは。

驚く二人の前で、長元坊は胸を親指で指しながら、高らかに名乗り上げた。


「おでの名前は、長元紡(ナガモト・ツムグ)。紡って字が、坊って字と似てるから、リーダーが長元坊ってあだ名を付けてくれたんだど!」

「そ、そうだったんですね……すみません、長元さん」

「おう。おで、礼儀正しい奴は嫌いじゃねぇど。お前は特別に、ニックネームで呼んでもいいど」

「ど……どうも、ありがとうございます」


撤回した意味はあったのだろうか。そう口にすればまた面倒なことになりそうなので、雛鳴子達は黙っていることにした。


それより、長元坊には聞きたいことがあるのだ。

ちょうど周りに人もいないことだし、相手の方から話題を掘り起こしてくれた今が絶好の機会だろうと、雛鳴子は長元坊に尋ねた。


「ところで、あの。差支えなければなんですが……」

「なんだど?おでに聞きたいことでもあるのか?」

「はい。……貴方達の言う、リーダーという方について、少し」


暫し沈黙した後、長元坊は頭を抱え「うわあーーーー!!」っと声を上げながらその場に蹲った。

雛鳴子の質問を受けて、自分の失態に気が付いたらしい。
しゃがみ込んだ長元坊は、やってしまったやってしまったと己の迂闊さを責め、ぽかぽかと拳で自身の頭を叩く。


「し、しまったど〜〜〜!!おで、またリーダーのこと口にしちまって……夜咫の兄に聞かれたら、また怒られちまうどぉ」

「そ……そんなに禁句なの?その……アルキバのリーダーって人のこと」

「禁句っていうか…………リーダーの話をすると夜咫の兄が落ち込むから、あまり話さないようにしてるんだど」


長元坊は、はぁと大きな溜め息を吐くと、こうなったら仕方あるまいと、両手に抱えた荷物を置いて、雛鳴子達の隣に並んだ。


今此処には夜咫もいないし、目白や目黒といった他のレジスタンスもいない。

ならば、話してしまっても怒られることは無い筈と、長元坊はアルキバのリーダーたる人物について語った。


「おで達のリーダー……鳩子・クロフォードは、アルキバの創設者で、夜咫の兄の育ての親なんだど」

「……女の人だったんだ。リーダーっていうから、てっきり男かと」

「失礼な。リーダーは、すんごいキレーな人で、みんなのマ……マ……マドレーヌ?違うなぁ、えっと」

「……マドンナ?」

「そう!マドンナだったんだど!!」


自治国軍相手に革命に臨む者というから、ギンペー同様、雛鳴子もリーダーと呼ばれる人物は男性だとばかり思っていた。
それも、軍人顔負けの屈強な巨漢をイメージしていたのだが、長元坊の物言いからするに、鳩子・クロフォードはかなりの美人であったようだ。

半分異国の血が流れていると言っていたから、きっと鼻が高く、目も大きく、華やかな顔立ちをしていたのだろう。


と、雛鳴子とギンペーが各々脳内にマドンナの姿を思い描いている横で、長元坊は更に話を続ける。


「リーダーは元々、自治国軍の幹部だったんだど。でもそれは、亰を良くする為、スパイとして潜入してたからで……リーダーは、すんごく優しい人だったど!おで達みたいなスラムの子供のことも気遣ってくれて……よく食べ物とか毛布とか、本とか持ってきてくれたど。夜咫の兄は、亰の近くにある集落でリーダーと出会って、拾われて、亰に来て……リーダーの名字をもらって、リーダーの子供として暮らすようになったんだど。リーダーのお手伝いさんとしてスラムに来て……たまにおで達と遊んだり、一緒に読み書きとか教えてもらったりしてたど」


先刻、目白によって遮られた話の全貌が、ようやく見えた。


夜咫の持つクロフォードという姓は、異国人のハーフである鳩子から与えられたものであり、二人は養母と養子の関係であった。

彼が革命運動に参加したのも、育ての親である鳩子の影響か――もしくは、恩返しなのかもしれない。

それを鳩子が望んだことか否か。そこまで判別することは出来ないが、鳩子について語る長元坊の穏やかな表情からするに、彼女は自らの目的の為に夜咫を利用しようとしていたとは考えられない。


鳩子・クロフォードは、素敵な女性だったのだろう。
正義感が強く、心優しく、子供達の未来を尊び、誰からも慕われた女傑。それが鳩子・クロフォードという人物なのだと、長元坊の声色が表現しているようで。
雛鳴子とギンペーは、身振り手振りを交えながら、幼い日の思い出を語る長元坊の話に耳を傾けながら、自然と眼を細めていたのだが。


「あの頃は、すごく楽しかったど。おでは、頭が悪いし、一番小さかったから、勉強は出来なかったけど……それでも、みんなと一緒にいる時間は、すごくすごく、楽しかったど」

「すみません。話を遮ってすみません」

「一番小さかったって……長元坊さん、幾つなんですか」

「ん?おでは今、十五歳だど」

「じゅ…………っ」


俺より年下じゃねーか、とギンペーは顔を引き攣らせ、雛鳴子も嘘でしょと思わず苦々しい笑みを浮かべた。

夜咫を兄と慕っていたので、彼よりは年下かもしれないと思っていたのだが、そのガタイで十五歳は、最早詐欺だ。そんな上腕二頭筋の発達した十五歳がいてたまるか。


またも予期せぬ真相が暴かれたことで、すっかり和やな気持ちが吹き飛ばされてしまった雛鳴子達であったが、長元坊は依然、過ぎ去りし日々の温かな記憶に顔を綻ばせている。


「そうかぁ……。おでが今十五歳だから、もう十年くらい前になるんだなぁ。時間が流れるのは早いもんだど」


その懐かしみ方といい、色々十五歳の範疇を越えているだろうと思いながらも雛鳴子達は、どうりで言動の節々に子供らしさが見える訳だと納得した。

自戒しながら頭を叩いたり、何かを隠すのが下手だったり。そうした稚けなさは、肉体の成長と引き替えに残されたものなのかもしれない、と。

輝ける日々の思い出を回顧しながら綻ばせた顔を、次第に暗くしていく長元坊を見ていた雛鳴子は、殆ど形を掴めている予感を確かなものにすべく、踏み込んだ。


「……それで、鳩子さんは今」


真実を知る必要はない。それを要するものは今、何処にもいないのだ。これはただ、過去に焼き付けられた痛みを穿り返すだけに過ぎない。

だが、雛鳴子は好奇心という刃だけを振り翳している訳ではない。


例えこの行いを責められるとしても、自らが痛みを負うことになったとしても。雛鳴子は、知らなければならないと思った。

彼とよく似た青年のことを。彼が彼に至るまでの起源と過程を。
それを知ることで自分は、辿り着けるかもしれないのだ。あの時、途切れてしまった言葉の先に。金成屋・鴉という男の全てに。


だから、どうか教えてくれと嘆願するような雛鳴子の眼に屈したのか。自分に隠し事は出来ないことを自覚し、諦めたのか。長元坊は、胸の奥に深く突き刺さった楔を引き抜くような声で、雛鳴子の問いに答えた。


「…………リーダーは、殺されたど」


何もかもが眩く、愛おしく、ただただ美しかった日々は、無情にも終わりを迎えた。

それは彼女の存在をその血を以て塗り潰し、全てを唾棄し、全てを否定し、全てを凌辱するかのように。無慈悲で、残酷な最期だった。

最も近くで見ていた彼が今日まで正気を保っていられているのが、歪んだ奇跡としか言いようがないくらいに。


「七年前……リーダーは、雁金が目覚めさせた”バンガイ”に捕まって……見せしめとして殺されたど。あんなに優しくて、いい人で……みんな大好きだったのに。リーダーは……めちゃくちゃにされて、殺されちまったんだど……」


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