カナリヤ・カラス | ナノ


「二つの生物兵器を倒し、自治国軍を討った後……俺は、次に亰を統べる者として此処に君臨するつもりだ。そうなれば、金も権利も俺の手中……お前らが納得するだけのものを与えられるという訳だ」

「カッ。お前にこの一大都市を回していけるだけの力があると?」

「そうねぇ。腕は確かみたいだけど、戦争と商売じゃあ、使う頭が違うものよ?」


夜咫が考え無しに自分達に声を掛けた訳ではない、ということは理解出来た。相手がどういうものかも把握出来たし、それに対し、彼が提示してきた条件も納得出来る。それでも、鴉達が夜咫のオーダーに応じるには足りないものがあった。

それは、夜咫が王として亰を回し、自分達に支払うべき対価を用意出来るか否か。その確証だ。


レジスタンス達の信頼っぷりや、彼等の統率力を見るに、王として君臨するに辺り、必要なリーダーシップやカリスマ性を有していることは分かる。
しかし、亰という一つの国家を持ち上げていく為の経済センス、商才がなければ、彼はただの御山の大将。

何れ今のように、商船を襲って金を得るようになるだろう。そうなれば、最早彼は王とは呼べない。賊の長と呼んで然るべきだろう。


自分達の報酬が未来に用意されているというのなら、その未来が確実であることを証明してもらわねばなるまい。

決意や覚悟だけではどうにもならないものもある。もし夜咫に、自分達を頷かせる王の器が無いのであれば、この話は白紙だ。


鴉と星硝子は極めて冷静に、そして、冷酷なまでに慎重に夜咫を見定めんと眼を細める。

夜咫は、そんな二人の顔を暫し見据えると、そう来ると思っていたと言うように、小さく息を吐いた。


「目白」

「……これをどうぞ」


あらかじめ用意されていたらしい書類の束を目白から手渡され、鴉と星硝子は揃って瞠目した。


自分達の入国を知ってから、わざわざ作った物ではないだろう。ではこれは、夜咫自身が必要として製作したものか。

鴉達は顔を見合わせると、所々錆びたクリップで纏められた書類に目を通し――ややあって、書き記された文面に舌を巻いた。


「……こいつぁ」

「自治国軍から亰をぶん取った後の計画書だ」


びっしりと書き連ねられていたのは、夜咫が亰の王として君臨した後の政策であった。

新たな亰の法案、環境の改善策、自治国軍の有する資財やパイプの活用、自治国軍に代わる警察組織の構築、新事業のアイディア、資産運用、エトセトラ、エトセトラ。
自治国軍というブレーンを失っても、亰が自立し、更なる発展と繁栄を遂げる為に必要なことを片っ端から書き記し、具体的なプランを練り上げたのだろう。

よくもまぁ此処まで考えたものだと鴉達が呆れ返る程に感心したところで、夜咫は更に追い討ちをかけるように指をパチンと鳴らした。


「俺一人で考えたものではないが……此処に書かれていることを実行するにあたって必要なものは、全部頭にぶち込まれてる。……それでも信じられないと言うのなら」


その音を合図に、今度は目黒がアタッシュケースを持って来た。

職業柄、見慣れたアルミ製のケース。その中身が何かなど、反射レベルで想像出来るのだが、そんな訳はないだろうと思考にイメージを遮られる。

それは有り得ない。有り得る筈がないのだからと。そんな言い訳のような言葉を繰り返す頭を嘲笑うかのように、アタッシュケースの中身は想像していた通り、金、金、金。右も左も上も下も、紛うことなき金がびっしりと敷き詰められていた。


「な……っ」

「す、すげー大金!!」

「あんた達、万年金欠レジスタンスじゃなかったの?!」

「金欠であることには違いないわ。でも」

「次世代運用の為に必要な資金は、常に一定額貯えている。……尤も、コレは俺が個人で稼いだ金。所謂、ポケットマネーだがな」

「この金の出所は?」

「個人貿易だ。襲撃した商船から頂戴した物や、都から流れてきた物を皇華で売って、逆に皇華で仕入れた物を此方で売って……。革命運動の片手間にやってるもので、五年やっても一億貯めるのがやっとだ」


賊のようなことをしているので侮っていたが、夜咫はただ力に任せ、商船を襲っていた訳ではなかったらしい。

彼の狙いは金や武器のみならず、船に積まれた商品や、商人達の持つ交易ルートやパイプライン等。使えるものは何でも使い、利益を上げていたようだ。


恐らくその大半は革命運動に必要な武器や医薬品の買い付けと、レジスタンスメンバーやその家族の生活費に充て、貿易自体もそう頻繁に行ってはいないので、この金も、万が一にとこつこつ貯めた虎の子なのだろうが。
貧民窟の出身でありながら、大所帯のレジスタンスを統括しながら、これだけの金を五年で稼げたのなら上々だ。


鴉と星硝子は、夜咫という男の評価を改めねばなるまいと、アタッシュケースの中で輝く札束を凝視した。

すると、夜咫は目黒の手からそれを受け取ると、あろうことか、二人の前で躊躇いなく引っくり返し、万札の山を差し出した。


「これを前金として、それぞれの契約報酬とは別に支払おう。これでも手が打てないというのなら……非常に残念だが、此処で死んでいけ」


飴と鞭、という言葉があるが、これは宛ら、蜜とギロチンだ。
この甘い汁を啜れ。でなければ死ぬぞと、懐柔しながら脅しをかけながら、夜咫は鴉と星硝子を見据える。

此処まで手の内を明かした以上、二人を地上に帰す気は無いのだろう。もし二人から情報が漏洩すれば、最悪アルキバは全滅するかもしれないのだ。
例え蜜を選んで死ぬとしても、此処で死ぬよりマシだろうと。そう圧力をかけるような眼差しを向けてくる夜咫に、鴉と星硝子は肩を竦めた。


「返事はイエス・オア・はいってか。やれやれ、とんだ暴君だな」

「再びこの国が恐怖政治にとって支配される日も近いかもね。そして貴方は人々からこう呼ばれるのよ。血も涙もない鉄の王、ってね」

「王が血や涙を流す必要はない。褒め言葉だな」

「おい、いいのか、お前ら。この鉄人に政させたら、数年後には国民全員ロボット兵団になりかねないぞ」

「夜咫の兄ぃはそんなことしねーど!!お前ら、ほんとにいい加減にするど!!」

「よせ、長元坊。目白と目黒もやめろ」


既視感のあるやり取りが繰り広げられる中、雛鳴子達は深々と溜め息を吐いた。

また同じようなことで揉めているなと呆れているのもあったが、何より、今のやり取りを経て強く実感したからだ。


「……やっぱり彼、鴉さん達と同じですね」

「だな」


やはり夜咫は、鴉と似ている。
無茶苦茶に見えて計算高く、荒唐無稽なようで理知的で。目的の為には手段を選ばず、利用出来るものは何であっても、何をしてでも利用する。

その、相手に否と言わせぬ手腕。嘆かわしい程のカリスマ。

自分の為に全てを手に入れようとしている鴉と、弱き者の為に全てを奪おうとしている夜咫とでは根本的なところが違うのだが、その性質は重なるものがある。


流星軍の面々も、同じことを思っているのだろう。星硝子と夜咫を見比べて、此方と同じような顔をしている。

お互い苦労が絶えないものだと、雛鳴子達は食べかけの菓子を口に放りながら、こうなったらもう成る様にしかならないだろうと諦めモードに入った。


「OK、ミスター・クロフォード。その話、乗ってやるぜ」

「私もいいわよー。あんた達の革命運動、手伝ってあげちゃう」

「おい、星硝子」

「いいんですか、鴉さん。例の兵器が、どれ程のものか……私達は未だ知らないのに」


案の定、鴉と星硝子は夜咫と契約する気になってしまった。

こうなったら、何を言ったところで無駄だろうが、一応窘めておくかという感覚で尋ねると、鴉は菓子盆からドライフルーツを抓みながら軽やかに答えた。


「こいつが一人で一騎倒せるって言ってんだ。俺ら三人なら、二対三でお釣りが来るぜ」

「しかしだな……」

「その他大勢の雑魚共も、頭さえ落とせば沈黙するだろうぜ。俺らは首尾よく手際よく、最速で兵器とトップの首を獲りゃそれでいい」

「……駄目だな、これは」

「ええ……。ただでさえ説得困難な鴉さんに加え、星硝子さんと夜咫さんまで……。あの三羽烏同盟を止めることは出来ないでしょう」


困難というか、不可能とも言える。

鴉が人の意見を聞いた試しなど無い。特に、こうした儲け話の関わるところでは、全てが右から左へ、素麺の如く流される。
その上、彼と似た性質を持つ星硝子と夜咫が加わってしまえば、不落の城の出来上がり。説得は望めまい。

孔雀も遠い目をしながら煙管を取り出しているので、彼も星硝子を説服することを諦めたのだろう。あちらは、コマチとケンが「流石、星姐様!」「国の行く末を握るなんて痺れるぜ!」とはしゃいでいるだけ、疲労度も倍増しに見える。

ご愁傷様と他人事のように同情していると、雛鳴子が何気なく口にした造語に、鴉達が食い付いてきた。


「おっ。いいな、その三羽烏同盟っての」

「そうね!奇しくも揃ったカラス三人、まさしく三羽烏だわ!」

「では今後、アルキバ、金成屋、流星軍の協定は三羽烏同盟と呼ぶことにしよう」

「……意外にノリノリっすね、夜咫さん」


鴉と星硝子は如何にもだが、まさか夜咫まで三羽烏同盟というストレートな名称を気に入るとは。

こういうものに対し無頓着と思いきや、意外にそういうことに乗り気になる性格だとは。ますます似ている。まるで兄弟のようだと雛鳴子達は苦笑するが――。


「いや……あんな楽しそうな夜咫を見るのは、久し振りだ。ねぇ、目白」

「……そうね、目黒」


わいのわいのと盛り上がる鴉達と、そうと決まれば早速作戦会議だと、部下に資料を運ばせる夜咫を見て、目白達は酷く穏やかで、悲しげな顔をしていた。


まるで、傷を負った鳥が再び飛び立つ時を見ているようなその眼が、過去に何を映していたのか。その時の雛鳴子達は、知る由も無かった。


「リーダーがいなくなって以来……楽しそうな夜咫を見ることは、少なくなっていったから」


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