カナリヤ・カラス | ナノ


「自由を謳う工業都市であった亰も、大亰自治国軍の独裁政治国家と成り果てて随分経つ。皮肉としか言い様がないが、今の亰は祖先達が捨て去った筈の壁の中の暮らしを模倣するかのように、貧困、差別、汚職が蔓延する格差社会が形成されている。特に此処……最下層のスラム地域は、上層階の人間達に搾取される奴隷達の坩堝とも言える状況だ。男達は子供も老人も、工場、或いは炭鉱で酷使され、女達は初潮を迎える前から娼婦にされ、路上で日銭を稼いでいる始末……まさにこの世の地獄だ」

「環境的にはゴミ町とどっこいどっこい……だが、ヒエラルキーのてっぺんに絶対的な支配者がいる分、こっちのが悪質だな」


搾取する者、される者がいる点に於いては、ゴミ町も同じだ。
しかし、亰とゴミ町とで決定的に異なるのは、ピラミッドの頂点に立つ者が、下層民の全てに対し絶対の権威と強制力を有し、己の支配領域全土を徹底管理しているところにある。

言うなれば、廃棄・放棄された者達が、此処にはいないのだ。


亰に生きる全ての人間は、亰を牛耳る自治国軍、もとい、この都市のトップである自治国軍総帥の所有物である。
ゴミ町であれば、日がな一日ゴミを漁ったり、ビニールシートの上で横たわっているような人間でさえ、資源として活用されている。

誰もが亰の為、自治国軍の為、総帥の為に在る。それは、ヒエラルキーのどの層にいても変わらない。ただ、身を置く階層によって、役割や扱いに差異が生じるだけのことで、亰の人間は悉く利用されているという訳だ。無駄が無いと言えば聞こえがいいが、其処には自由も無い。
選択の余地さえ与えられず、何かを強いられる人間というのは、ゴミ町にもいる。だが、亰の場合、それが此処に生きる者ほぼ全てというところが、悍ましいのだ。

強要され、強制され、強迫され。誰もが己に与えられた役割を遂行する。そうしなければ何人も生きていけないのが、亰の現状であり、システムだ。

ゴミ町のように不法の中に法があるのではなく、絶対的且つ圧倒的な法と、それを定める支配者が君臨しているからこそ、亰はこのような状況に陥っている。


夜咫の言う通り、まさに皮肉としか言い様がない。都から離れることで自由を得た筈の亰は今、都とゴミ町の悪い所を掻い摘んだようなハイブリット国家になっているのである。


「で、夜咫くん達はそのてっぺんを乗っ取ることで、亰そのものを変えようとしてる、と」

「ああ。俺達の革命運動は、亰の支配者たる自治国軍総帥……雁金巌士郎(カリガネ・ガンジロウ)を打ち倒し、奴に変わって亰を統べ、誰もが自由と尊厳を持つ、誇り高き都市を取り戻すことが目的だ」

「そんで、お前は頭を失った亰の次の王となり、亰を回してく過程で出てくる利益を俺達に御恵みくださると」

「そういうことだ」


頭を落せば、それで終わりという考えでは、徒に亰を崩壊させるのみと、夜咫は心得ているらしい。

亰のトップたる自治国軍総帥――雁金巌士郎の首を取った後、支配という秩序を失った国を新たに統べることで、夜咫はあるべき理想国家・亰を作り直そうと考えているようだ。
彼が自ら亰の王になると宣言したのも、革命の先を見据えての発言と思えば、鴉達にも笑うことは出来まい。

未だ、夜咫がそれを成し得るに値する者かどうかは判別出来ないが。少なくとも、この段階で鴉と星硝子は、夜咫の話を真面目に聞く気になっていた。

突拍子もないように思えてその実、計画性の塊のような性分。それさえ彼に似ていると、雛鳴子は横目で鴉を見遣りつつ、話に耳を澄ませた。


「現総帥、雁金が支配者となってからの亰は、更に酷いものでな。元々優れた技術師でもあった奴が、百年戦争の遺物を掘り起こしたことで政権を握ってから、亰の内部事情は一層苛烈を極めることになった」

「……百年戦争の遺物?」

「ああ。奴はそれを使って、都に戦争を仕掛け、天奉国の全てを支配しようと目論んでいる」

「おっと、そりゃ聞き捨てならねぇワードだな」


驚いたような声を出してはいるが、鴉は恐らく、そのことを知っていただろう。


思えば、福郎がわざわざ亰の内情を探らせようとしていたのも、福郎のクライアントである、壁の中の有力者達が、都の安寧を危惧したからと考えられる。

自治国軍による圧政と、それに伴う発展に因り、近年ますます力を付けてきた亰は、都にとって一つの脅威である。
元々、高い技術力を有していた亰が、昨今更に軍事方面に特化し、大量生産で得た武器と富を以て支配領域を拡大しつつあるのだ。こうなれば、都をも喰らい尽くさんと牙を剥いて来るのも時間の問題と、壁内に城を築く者達は警戒しているのだろう。

記憶に新しいテレシス騒動も、亰が開発した新型軍事ドローン――オートマティック・アーマード・ソルジャーへの対抗馬であったように、都のお偉い方は、亰内部の動きに過敏になっている訳だ。
そうして、福郎の元に亰の調査依頼が舞い込み、それが鴉に委託され、今に至る、ということで間違いないだろう。


此処に来た目的と遠ざかったようで、その実、最短ルートに至ったようだ。災い転じて福と成す、と言うべきか。福と言うにはあまりに話が物騒だが、もしや鴉は此処まで読んでいたのか。

何だか色々と繋がり過ぎて末恐ろしいなと、依然綽々と胡坐をかく鴉の腹の底を疑りながら、雛鳴子は味気ないビスケットを摘んだ。


「だが、相手は先の大戦を生き抜いた一大国家だ。あちらも何かしらの兵器を所有しているに違いない……そう踏んだ雁金は、亰のあらゆる工場を滅茶苦茶に回転させ、戦争に必要な兵力強化、資金調達、武器の開発と量産に明け暮れた。結果、亰の民は疲弊し、限界を迎えた労働者達によるデモ活動や、俺達のようなレジスタンスによる打倒自治国軍運動が始まった訳だが……」

「はぁーん、成る程。そこで問題になるのが、例の”カササギ”っつー訳か」


自治国軍の横暴な政策に対し、当然亰の民は反発し、労働者達は反旗を翻し、アルキバのような反自治国軍政府組織も無数に立ち上げられ、革命運動に臨んだ。

だが、そのどれもが悉く駆逐され、人々は資源として消費されることを受け入れた。何をしたところで何も変えられないのだという現実を突き付けられると同時に、強大な力に対する恐怖を植え付けられた為だ。


それはまさに、力そのもの。破壊と殺戮、その限りを尽くすことで人の意志を端から吹き飛ばし、粉砕し、情け容赦なく平らげていく、災害にも匹敵する絶望。

夜咫達が苦闘しているのは、”カササギ”と呼ばれる兵器がそういうものなのだと理解したところで、話は核心へと迫っていく。


「大亰自治国軍は今、二つの兵器を保有している。その一つが”カササギ”……雁金が、百年戦争時代の古代兵器から作り出したナノマシン・コンバイニング・クローンだ」

「ナノ……なんですって?」

「ナノマシン・コンバイニング・クローン。……古代兵器”バンガイ”の細胞組織と、ナノマシンを結合させて作り出されたクローンだ」

「いや、うん。そこもさっぱり分からなかったから有り難いんだけど、私が気になったのはナノなんちゃらって名称の意味より、クローンってところなんだけど……」


星硝子が制止をかけるのも仕方ない。
夜咫の言葉に含まれていたのは、あまりに想定外で、あまりに規定外な事実で。誰もがそんなまさかと耳を疑り、それが撤回されないことに対し、戦慄した。


「……生物兵器なのか。”カササギ”と……雁金巌士郎が掘り起こした古代兵器というのは」

「せ……戦争が終わって、もう百年経ってるんっすよ?!そんな長生き出来る生物兵器なんて、いるんですか?!」


戦時中、ありとあらゆる兵器が生み出され、生き物をベースに造られた生物兵器もまた、実に多種多様なものが輩出された。

それらの大半は戦後、始末に負えないと投棄され、滅びた星で新たな生態系を築き、百年の間に独自の進化を遂げた種も存在している。


彼等は凡そ、高い戦闘能力と引き替えに短命なのだが、中には長命の種、もしくは進化の過程で種の平均寿命を引き延ばしたものもあると言う。

しかし、百年戦争から今に至るまで生き続けている生物兵器など、聞いたことがない。


夜咫の言う古代兵器――”バンガイ”が、如何なるものかは未だ把握しかねるが、二百年近く生き続ける生物など想像出来ないし、そんなものと対峙している夜咫達の正気が疑わしい。

そんな視線を向けられながらも、夜咫は淡々と、ただ真実を語る。一匙程度の情けなど、混ぜたところで無駄なことと、他ならぬ彼が一番理解しているのだ。


「”バンガイ”は、中立機関ニュートラルの跡地……その地下深くで、スリープ状態で保管されていたらしい。雁金はそれを呼び覚まし、奴の細胞を使って新たな兵器を造り出した。……都の兵器と渡り合う為の、第二の最終兵器を」

「……それが、”カササギ”」


大戦の遺物たる古代兵器。それを素に生み出された新兵器。それら二つを相手取っていたが故に、夜咫ほどの実力者がいながら、レジスタンスは一進一退を繰り返していたらしい。

そんなとんでもないものを二つ有している相手と敵対しながら、今日まで生き永らえていただけ奇跡と言えるが。何れにせよ、それで良しと現状に満足出来るほど、夜咫達は軽忽ではないし、楽観的でもない。


「正直、”バンガイ”と”カササギ”さえいなければ、とっくに亰は俺達の手に落ちていた。……だが」

「逆に言うと、そいつらがいるせいで、お前らはいつまで経っても革命を成し遂げられずにいる、と」

「……どちらか一騎なら、俺が相手取れる。だが、雁金はそれを断固許さないだろう。”バンガイ”も”カササギ”も……どちらも都陥落の為に無くてはならない最終兵器だからな」


”バンガイ”を討とうとすれば”カササギ”が、”カササギ”を討とうとすれば”バンガイ”が投入される。
加えて、自治国軍の兵士達も投下されれば、圧倒的戦力差によって征圧されるのは必須。

だが、”バンガイ”か”カササギ”。このどちらかでも落すことが出来れば、レジスタンスに勝機が見える。
夜咫が言いたいのは、そういうことだったのだ。


「……さて。此処まで話せば、察しがつくだろう」


気付いた時には、雛鳴子達の背中には汗が流れ落ちていた。

此処まで聞いてしまった以上、自分達は逃れることが出来ないのだと。そう認識してしまったが故に、誰もが恐れた。
目の前でほくそ笑む夜咫と、彼の言葉を。分かっていながら――否。分かっているが故に、恐怖するしかなかったのだ。


「”バンガイ”、もしくは”カササギ”……。お前らには、このどちらかを落してもらいたい。その報酬として俺は……金成屋・鴉にトータル十億の金を。ハンター・星硝子にパトロン契約を約束しよう」


成る程。幾ら高い金を払ってでも二人の腕を買いたい訳だと、一同は絶望しながら納得した。

夜咫の目的を達成する為には、”バンガイ”と”カササギ”、どちらかが落とされなければならない。しかし、夜咫ほどの腕を以てようやく渡り合えるほどの兵器を相手取れるものなど、そうはいまい。

だが、今此処には、夜咫に匹敵する強さを持つ鴉と星硝子がいる。
この千載一遇のチャンスを逃す手は無いだろう。これを逃せば、夜咫達が革命を成し得る時は、恐らく一生来ない。次の機会が来るよりも、レジスタンスが潰滅する方が早いだろう。
であれば、どれだけ高くつこうとこの二人を引き込み、”バンガイ”か”カササギ”を撃破するしかあるまい。


雛鳴子達は天を仰ぎながら、何度呪ったかも分からぬ神に対し、今更許しを乞うてみた。
おお、神よ。貴方に慈悲があるというのなら、此処から私達をお救いくださいと。

当然の如く、神からは返事すら無く。一同は再び、天に向けて中指を立てた。
おお、神よ。汝が雲の上から転げ落ちたその日には覚悟しておけよと憤りながら嘆く雛鳴子達を余所に、鴉達は商談へ入っていく。


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