カナリヤ・カラス | ナノ


太陽光さえ届かぬ、亰の最下層。質素なテント小屋が犇くスラムから、更に下った先。自治国軍の目を盗みながら、こつこつと掘り進められて作られた地下の避難壕。
それが、天に座す者を討たんとするアルキバのアジトであった。


取り敢えず、言いたいことはあるだろうが、まずは落ち着いて話の出来る場所に移動しようという夜咫の提案により、金成屋一同は此処まで案内されることになった。

黴と腐敗した水の匂いがするスラムを通り、道を塞ぐように建てられたテントの間を潜り抜け、秘密の階段を下り――と、ちょっとした冒険のような道を辿った末、四人を迎え入れたのは重厚な鉄の扉。そしてその先に待ち構える、ある人物の得意気な笑顔と、薄暗い地下壕に於いて場違いなまでに明るい声であった。


「ほーら、だから言ったでしょ。こうなったら全員集合しかないわねって」


どうしてこんなところに、と唖然とする雛鳴子達の傍らで、鴉が無言で踵を返そうとしたのを夜咫が腕を掴んで止めた。

こうなることが分かっていた、ということは、彼女――星硝子達は夜咫によって招かれたと見ていいだろう。


しかしまさか、自分達より先に星硝子に目を付けていたとは。

床の上に敷かれた粗末な絨毯の上に座って、此方に手招きする星硝子と、その周りで暇潰しのトランプやらチンチロに興じる流星軍の面々を見遣りつつ、辟易としながら空いたスペースに向かう鴉に続き、雛鳴子達も人と人の間を縫うようにして、各々腰を下ろした。


「ぎゅうぎゅう詰めにも程があるだろ。天井が高いだけ、出勤ラッシュ時のバスのがマシだな」

「全員どうにか座れるだけこっちのがマシよ。ほらほら、こっち来なさいよ。お菓子あるわよ」

「親戚のババアみてーなこと言いやがって。何でてめーまでこんな所に」

「そりゃアンタと同じ。其処に商売の話があるからよ」


星硝子も、利益が無ければ動かない性分だ。本来の用事をすっぽかし、警戒していた男の巣までやってきたのは、其処に儲け話があるから、ということらしい。

雛鳴子達は、質素な菓子盆の上に盛られたザ・庶民のおやつ感満載の菓子群を適当に抓みつつ、その糖分で働く頭で様々なことを整理した。


先に星硝子が招かれていた、ということは、夜咫は鴉のことのみならず、彼女のことも前々から知っていたのだろう。
そして恐らく、彼の中で勧誘する予定があったのは、星硝子だけだ。

近くの国境ゲートが開かれている現状、ハンターである星硝子が亰に入国する可能性は高い。
夜咫はその機を狙い、星硝子に真っ先に声を掛け、交渉を持ちかけたのだろう。
ステーキハウス襲撃時、夜咫がいなかったのも、そういうことなのではないかと、雛鳴子はやや湿気ったクッキーを咀嚼しながら一人頷いた。


本来ならば、夜咫は星硝子を引き込み、そのままアジトに戻る手筈だったのだろうが、想定外の事態が起きた為、彼自らもステーキハウスに向うことになった。例の”カササギ”だ。

あのままレジスタンスのメンバーを置いてはいられないと、星硝子達と先にアジトに向かわせ、自分はステーキハウスへ。
そして彼は其処で、更なるイレギュラーと鉢合わせる。それが、鴉だ。


あの時、ステーキハウスに乗り込んできた時から、夜咫は鴉の存在に気付いていただろう。

彼が金成屋・鴉であること自体に気付いていたかは定かではないが――何れにせよ、当時の夜咫にとって最優先事項は”カササギ”からの逃走だったので、あの場では何もしてこなかったのだろうが、”カササギ”及び自治国軍から逃げ回りつつ、きっちり此方のことはマークしていたらしい。


見た目に寄らず、中々に抜け目なく、すすどい男らしい。”鉄亰のヤタガラス”――侮れない相手だ。

雛鳴子がそんなことを考えつつ、隣の鴉と全く同じタイミングで菓子盆に手を伸ばし、全く同じ動作でポテトチップスを口に入れたところで、三人の”カラス”を交えた会談が始まった。


「……改めて。俺はレジスタンス・アルキバのリーダー代理、夜咫・クロフォードだ」

「あら。貴方、異国人なの?」

「クロフォードはリーダーの姓だど。あの人は半分異国の血が混じってて、夜咫の兄は――」

「……長元坊」


目白に窘めるように呼ばれ、長元坊は慌てて口を噤んだが、時既に遅し。一同の関心は夜咫の姓から、その名を有していた人物へとシフトした。


「代理代理って逐一言ってるから、気になってたんだけどよ。お前らのリーダー……アルキバの頭は何処にいるんだ?」

「…………」

「……それは」


交渉したいのであれば、リーダー当人が出てきて然るべきだろう。此方に顔を見せられない事情があるのであれば、それについて開示すべきだろう。
ただでさえ、見えない部分が多い状態から話を始めているのだ。これから商売の話をするのなら、其方の情報は透明化すべきである。

それが、交渉相手への礼儀だろうと尋ねた鴉であったが、存外暗く、重たい反応を返されたので、其処で粗方悟った彼は、それ以上言及することを止めた。


「ま、別にいいんだけどよ。俺と商売の話がしてぇのは、代理であるお前だろ?えーっと……ああ、そう。夜咫・クロフォードくんよ」


早々と詮索を止めたのは、自分達と交渉しようとしているのは夜咫の意志であり、レジスタンスの面々もそれに同意していることが汲めたからだろう。

頭と手足と尻尾が違う動きをしていれば、そんな不確かなものと共闘は出来ないと言えた。
だが、レジスタンスは夜咫がブレインとして間違いなく機能しているし、メンバーも夜咫のもとにしっかりと統括されている。

であれば、事実上彼がリーダーであるのだし、名前だけの統率者についてこれ以上気にすることもないだろうと、鴉は場の空気を押し流すように、話を挿げ替えた。


「で、どういう算段だ?俺のことを知ってるっつーこたぁ、当然、うちのルールも知ってる筈だ。その上で五億の契約するって啖呵切ったおまけに、この強欲女まで勧誘するたぁ。余程ナイスなアイディアをお持ちなんだろうなァ」


メンバーが殆ど貧民街の出身であり、普段の生活でさえギリギリ。その上、自治国軍との戦いで武器やら医療品やら消費が激しい為、アルキバは常にからっけつだ。
必要資金を補わんと、船を襲撃したり、商人を拉致しようとしたり、一般人の財布を強奪したりしているが、それでも、貯えなど殆ど皆無に等しいだろう。

だのに、夜咫は欲望が人の形を得たような二人の腕を買おうとしている。


鴉も星硝子も、噂にそぐわぬ一級品の腕を有してはいるが、一級品であるが故に、彼等の双腕は非常に高価だ。
先刻、夜咫は鴉に五億契約すると言ったが、星硝子にもそれに相応する何かを提示したのだろう。でなければ、星硝子は今頃、此処にいない。


金成屋の契約費に加え、流星軍への報酬。それだけの出資を、夜咫は一体何処から出そうとしているのか。

其処がはっきりしていないなら、この話は無しだといつでも商談を打ち切る気で様子見する鴉と星硝子であったが、夜咫はまたも、斜め上の言葉で一同の度胆を抜いた。


「……俺は、亰の王になるつもりでいる」

「「んなぁあ?!」」

「ぶははっ!!王?!そりゃまた意外な言葉が出てきたもんだな!!」

「やっば!ちょ、夜咫くん、それ本気で言ってる?!やっば!!」


素っ頓狂な声を上げて驚く鷹彦や孔雀を余所に、鴉と星硝子は今にも床を転げまわりそうな勢いで笑っている。

余りに予想外の言葉がツボに入ったらしい。いい意味で裏切ってくれたものだとケタケタ笑う二人に、アルキバの面々は眉を顰め、長元坊は拳を振り上げた。


「てめぇら!夜咫の兄を笑うんじゃねーど!!」

「よせ、長元坊。……目白と目黒も、武器から手ぇ離せ」

「「……はい」」

「あー、悪かったな。別に、お前らのリーダー代理を馬鹿にしてた訳じゃねーんだ。許してくれよ、ヒッヒ」

「鴉さん、誠意ってものの出し方知らないんですか」


確かに、信じ難い言葉ではあった。いっそ笑ってしまうのも、致し方ないと言えば、致し方ないが、笑うにしても限度というものがある。

夜咫は冗談を言った訳ではなく、あくまで真剣に話をしていたのだから、腹を抱えて笑うのは無礼千万。長元坊や目白・目黒が憤慨するのも必然だ。


雛鳴子は、未だニタニタと笑う鴉の頭を引っ叩き、子供の無礼を詫びる母親よろしく、彼に代わって頭を下げた。


「……すみません、うちの鴉さん見ての通り、無礼が服を着て歩いているような人間性をしているもので」

「構わん。そういう手合いだということも知った上での交渉だ」


尤も、夜咫にとっては、鴉達の反応は想定の範疇で、それを弁えた上で尚、あの物言いをしたようだ。

手持ちの札を明確にするに辺り、亰の王、という言葉が最も適していると判断したらしい。加えて、最初にインパクトの大きい言葉を持ち出すことで、鴉達に興味を持たせようとしたのだろう。

夜咫は、思惑通り食い付いてきた鴉達を前に、最初から遡るように順序を立て、話を始めた。


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