カナリヤ・カラス | ナノ


「な、ななな……何っすか?!」


火花が散る音。砂煙。翻る鴉のコートと、いつの間にか鞘から引きずり出されていた彼の刀。
何もかもが唐突に、静けさの余韻を跡形もなく消し飛ばしていった。まるで突風に当てられたかのようだと、一同は眼を見開きながら、理解した。

それは、実際に風が巻き上がる程、凄絶なまでに速く、苛烈なまでに鋭く鴉を襲ったのだと。
薄暗い路地裏で、凶悪的なまでにぎらつく二振りの刃と、赤い双眸を前に、誰からともなく嘆息した。


「そら見ろ、鴉。何が『わざわざ探し出して、追いかけ回そうって気になるこたねぇ』、だ」


上から降って来るように鴉を襲撃したのは、其処に佇むのは、見紛う筈もない。亰を駆け抜ける三本足の”ヤタガラス”――夜咫であった。


この広い亰の中から、よく自分達を探し当てたものだ。
そう自棄糞混じりで感心している間に、路地裏は前も後ろもレジスタンスの面々によって塞がれ、八方塞がり、袋のネズミが完成した。


さて、どうしてくれようかと三人が針の如く視線を向ける中。鴉はこの期に及んで尚、一切悪びれた様子も見せず。


「いやん、恥ずかしい。鴉さんドヤ顔までしちゃったのに」

「気色悪い声出してる場合ですか!!この状況、どうしてくれるんですか!!」


いよいよ堪忍袋も弾け飛ぶと、雛鳴子は鴉の後頭部を引っ叩いた。


幾ら鴉が策を巡らせたところで、星の巡りの前には無力なのだと、これ程思い知らされることもないだろう。

そう。彼はこういう、一番起きてほしくない事態を引き寄せる天才だ。
意図的であれ、偶発的であれ。蝶の羽撃きが嵐を起こすように、鴉の一挙一動は、良からぬものを呼び込む。


だからせめて余計なことはしてくれるなと言ったのにと嘆いても、全て後の祭り。

こうなってはもうどうにもならんと、盛大に溜め息を吐く鷹彦を後目に、鴉は自分を囲むレジスタンスの面々に問いかけた。


「OK、まず俺の名誉の為に確認しておこう。お前ら、狙いはまんまと掠め取られたお財布か?それとも、このハンサム捕まえて何か話したいことでも?」

「お生憎様。そっちの色男には用は無いわ」

「僕ら……もとい、夜咫はお前に用があるんだ三枚目」

「あ?てめぇ今何つったクソガキ」

「鴉さん、落ち着いてください。事実を言われただけです」

「おい雛鳴子、それどういう意味だ。事と次第によってはこの場でひん剥くぞ」


しかし、売り言葉に買い言葉。話は核心に迫ることなく「どうして私が脱がされなきゃいけないんですか」「口の利き方を体で教えてやる」「セクシャルハラスメントに加え体罰です。死んで償ってください」「鴉は死んでもは自由は死なず」「何の自由ですか」「言論」と、レジスタンス一同が口を挟む余地もなく、会話は鴉と雛鳴子の言い争いへと発展していく。

やってしまった、と目白と目黒は顔を強張らせ、他のレジスタンス達もどうしたものかと立ち往生している始末。

痴話喧嘩している場合ではないんだがな、と色々なものを諦めた鷹彦が遠くを見遣っていると、業を煮やしたらしい長元坊が、ハンマー片手に噴火した。


「あぁーー、もう!!ちゃんと話を聞けど!!お前ら、あんまふざけってっと……」

「よせ、長元坊」


流石に我に返って、肩を竦ませる雛鳴子に対し、鴉の方は今にも振り上げられそうなハンマーを見ても、泰然自若としている。というか、長元坊が何をしてこようと興味無い様子だ。

彼が何を想い、何をしようとしても、絶対的な決定権を有しているのが夜咫である以上、自分が気を配るべきは彼であると理解しているのだろう。
事実、「で、でも、兄ぃ」とまごつく長元坊は、夜咫の視線一つで容易に押し黙ってしまった。


「相手はあの金成屋・鴉だ。お前では相手にならん」

「ほぉう。亰まで名が知れ渡ってるとはなァ。流石、俺。有名人」

「……その口の減らなさも、噂通りだな」


全く予想だにしなかったのだが、意外にも、夜咫は鴉のことを認知していた。

亰まで金成屋・鴉の悪名が轟いているのか。それとも、偶々知り合いから鴉の話を聞くことがあったのか。
何れにせよ、夜咫が鴉のことを知った上で干渉してきた、ということは非常に重要だ。

これは財布がどうこうという問題ではないだろうと、雛鳴子達は退路も無いのに僅かにたじろいだ。


「で、そろそろ質問に答えてもらえねーか。最悪、イエスかノーかだけでもいいからよ」

「……財布の件に関しては、不問とするつもりできた。よって、答えはノーだ」

「サンキュー。そんじゃ、そちらの用件を簡潔にどうぞ。俺、無駄に回りくどい話してくる奴キライだから」


言いながら、見せびらかすように盗った財布を手遊みに投げる鴉を見て、夜咫は息を飛ばすように鼻で笑った。

まるで、察しが悪いと嘲るように。夜咫は凶相を歪めるような笑みで、鴉を見る。


「意外だな。金成屋・鴉と話すことなど、一つしかないと自覚していないのか……まぁ、いいだろう。俺も冗長な話は好かん。よって、端的に言わせてもらおう」


瞬きの刹那、鴉の頬を鋭い風が掠めたかと思えば、背後の壁に夜咫のブレードが突き刺さった。

一体何を、と踏み出そうとした雛鳴子は、そこで鴉の手から消えた財布が、壁に突き刺さるブレードに刺し貫かれていることに気が付いた。


そんなちゃちな金になど、今更興味はないと言いたいのか。それとも、何かの布告なのか――。


嫌な汗を掻きながら夜咫の本意を勘繰る雛鳴子達を前に、彼が発した言葉は、依然として揺らぎを見せない鴉でさえも驚かせた。


「金成屋・鴉。俺と契約して、革命運動に加われ」


遠く、鳥が羽撃ち、飛び立っていく音が聴こえた。

それはこれから起こることを暗示するかのように、静まり返った地上を嘲笑うかのように。夜咫の声と共鳴しながら、酷く高らかに響く。


「契約金は、五億だ」

「な――」

「「何ぃいいいいいいいいいいいいい?!!」」


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