カナリヤ・カラス | ナノ


「まず、テレシスが出張ってきたのはコイツの影響だ」


言いながら、鴉はタブレットから画像を開いて見せた。


それは、亰の内乱を取材しているジャーナリストが撮影した写真で、煙を上げる市街の中に、レジスタンスの虐殺に勤しむ人型ドローンの姿があった。

ある意味これが、今回の事件の発端と言ってもいいだろうと、鴉は結論を急くような一同を宥めるような眼をしつつ、順を追って話を進めていく。


「亰の内乱鎮圧に貢献した新兵器、オートマティック・アーマード・ソルジャー……。壁外の猿がこんなおっかねぇもんを造ったとあっちゃ、都のお貴族様はさぞ不安に駆られることだろう。そこで奴等はこれの対抗馬として、かつて忌まわしき大事件を起こした遠隔操作ロボットに着目し、都の新兵器として再開発を進めることにした……」

「それが……テレシス」

「しかし、それとメレアが何の関係が?」

「多岐。メレアって名前は、お前がつけたモンじゃあねぇよな」


それまで、自分の中にある衝動を押し殺すように沈黙していた多岐に、鴉は突拍子もない話題を振った。

本当は、今にもRAPTOR社に突っ込んでいきたいところを堪えている彼に、たたでさえ遠回り気味に話をしているというのに、此処でそんなことを尋ねるのかと、雛鳴子達が窘めるように顔を曇らせるが、鴉は気にせず続ける。


「まぁ、珍しい名前だ。何せ異国の言葉だからな、まず天奉人じゃつけねぇだろう」

「……何が言いてぇんだ、鴉」

「異国の名前を持つ、機械いじりの得意な少女……これだけ材料が揃ってりゃ、仕方ねぇってことだ」


そう言って、鴉はハチゾーから買い取った資料を一同に開示した。

それは、ある人物の経歴データで、記載されている情報と”彼”の顔写真を見た瞬間、多岐は眼を見開き、雛鳴子達も「あっ!」と声を上げた。


「……幌向レゾ(ほろむい・れぞ)。元は遥か西の国ベルデの技術師で、天奉の機械工学を学ぶ為にRAPTOR社に入社。その優れた頭脳と技術で、様々なプロジェクトに携わってきた天才で……テレシスを最初に考案したのもこいつだ」

「幌向って、確か」

「例のホロコースト事件の首謀者、か」


記載されていたのは、十四年前のホロコースト事件で、第六地区を地獄へ変えた犯人として裁かれた、テレシス開発チームの一員、幌向レゾ。
とても、あの非道極まれる事件を起こしたとは思えない、穏やかで人柄の良さそうな異国のエンジニア。
その写真を見て、一同が思わず目を見張ったのは、彼の顔立ちに既視感があったからだった。


涼やかな目元に、整った鼻筋、異国人ならではの透けるような白い肌――そして、ミントグリーンの髪と緑色の瞳。


似ている。他の誰でもない、彼女と。どう見ても他人とは思えないレベルで、幌向レゾとメレアは、そっくりであった。


「……親子、か」

「ああ。こいつは天奉に渡ってから、RAPTORで事務をしていた女と結婚し、娘を設けている。其処の、家族情報のとこにも書いてあるだろ。メレア、ってよ」


メレアは、物心ついた時から父親はいなくて、母とゴミ町で暮らしていたと言っていた。

天奉きっての大企業に勤める技術師が父親でありながら――と思うが、十四年前のことを考えれば、色々と納得がいく。


ホロコースト事件の後、幌向レゾは身勝手な理由で多くの命を奪った罪により死刑となった。
そして彼の家族――妻と子供は、虐殺者の血族として迫害され、都を追われるように壁外に逃げたと言われている。

十四年前、メレアは二歳。時期的にも殆ど一致している。幌向レゾとメレアが親子関係にあることは、間違いないだろう。


「幌向レゾは、テレシス開発チームのリーダー・鷽島(うそじま)に、自分の考えたテレシスを上回るものを造られ、己が受ける筈の恩赦や栄誉を奪われたことに嫉妬して、あの事件を起こした……と言われちゃいるが、その実、妬み嫉みを抱いていたのは鷽島の方らしいぜ。開発チームのメンバーのみならず、研究所にいた人間の間でも、幌向レゾの才能を鷽島が嫌忌していたのは有名らしい。異国者の分際で、天奉一の技師と謳われた自分より優れたものを造っている気になって……なんて、しょっちゅう愚痴ったりしてたらしいからな」


此処で鴉は、当時テレシス開発チームでリーダーを勤めていた男、鷽島の資料を広げ、一同に見せた。


鷽島は、腕利き揃いのRAPTOR社内でも一際優れた技術師で、時に天奉一とさえ称された天才であった。
だが、天才であることを鼻に掛けたような傲慢な性格で、腕はともかく中身が駄目だと、社内に於ける彼の評判は、仕事と人柄の項目の差が著しい。

それをも凡才共の戯言と一蹴してきた鷽島であったが、彼の絶頂はある男によって失墜することになる。


機械と人を愛し、機械と人から愛された、異国から来た超天才技師――幌向レゾ。

立場上は部下であった彼が、その才能と技術と人となりで、瞬く間に自分の地位を簒奪していくのを目の当たりにして、鷽島は酷い嫉妬に駆られていたらしい。

目に見えるところでも見えないところでも、幌向レゾにかなり嫌がらせをしてきたそうだが、
人当たりのよいレゾを周囲が庇い立てたり、レゾ自身があまり気にしていなかったこともあり、鷽島は相当荒れていたとのことだが――。


「じゃあ、なんで幌向さんはあんなことを……」

「読みが甘ぇなぁ、ひよっこ雛鳴子ちゃんよ」

「いたっ」


鷽島がレゾを貶める為に、テレシスを悪用したというならまだしも、何故、レゾが自ら手を汚したのか。
そこがいまいち分からないと顰めていた眉間を指で弾かれ、雛鳴子は短い悲鳴を上げた。

そして、無防備な額に見事なデコピンを食らわせてやった鴉は、雛鳴子と同じような顔をしていたギンペーの頭を丸めた資料でポコンと軽く殴ると、幌向レゾの狂気が引き起こしたと言われるホロコースト事件の真実を、一同に告げた。


「嵌められたんだよ、幌向レゾは。その才能を妬んだ鷽島の手によって、な」


事件後、犯人として捕えられたレゾは、終始無罪を主張していた。


――自分は、テレシスに人殺しなどさせていない。あれは、我が子も同然だ。愛しい子供に人を殺させる親が、何処にいるという。


彼は、絞首台から突き落とされる最後の時までそう叫び続けたが、レゾを凶悪な無差別殺人鬼と見做した人々は、誰一人としてその悲痛な声を耳に入れることは無く。
嫉妬の炎で町と人を焼いた彼が、惨めな最期を迎えたことを、国の誰もが祝福した。


この悲劇を胸に留めながら、これからも人の役に立つロボットを作っていきたいと、会見で涙ながらに語った男が真犯人であると知りもせずに。


「幌向レゾの傑作とも言えるテレシス……。そいつ共々、奴を葬るのが鷽島の狙いだったんだろう。上手いこと開発チームの連中を丸め込んで、幌向レゾをてめぇの立ち位置に挿げ替え……ホロコースト事件を起こす。そうして、気に食わないもん全てこの世から葬って、天奉一の技師へと返り咲いた奴に、貴族から依頼が来た訳だ。今再び、国の為に遠隔操作の軍事ロボットを製造してほしい……ってなぁ」

「だからそれが、メレアと何の関係が」

「これだ」


急かすような多岐の声にも揺るがず、鴉はもう一つ、資料を提示する。


それは、RAPTOR社の機密事項。ハチゾーでなければまず入手出来ていなかったであろう、超極秘プロジェクトの一部。

これこそ、今回鷽島がメレアを狙った目的に違いないと、鴉は蛍光グリーンのライトの中で沈黙する、一枚のロボットの写真を多岐に見せ付けた。


「幌向レゾが残した最高傑作……テレシスの上を行くテレシス、通称・エクゼテレシス。ホロコースト事件の少し前に殆ど完成していたそうだが……幌向レゾが処刑されたことで、凍結されたままに放置されてきた一品らしい」


通常のテレシスよりも大きく、X型の頭部が特徴的なロボット。それが、エクゼテレシス。

基本謙虚で奥ゆかしい幌向レゾが、自ら最高傑作と称してしまった程のこのロボットこそ、貴族が求める亰への対抗馬にして、鷽島のターゲットであった。


「なんでもこいつは、全テレシスのデータを取得し、それを元に学習し、最適な動作を自ら行う代物で……オペレーター無しに人間宛らの動きをする、亰顔負けの自律思考ドローンだそうだ。当然貴族様は、亰の自動機甲兵士対策に、こいつも所望され、鷽島はエクゼテレシスの再開発を余儀なくされた……が」

「幌向レゾがいない今、誰もエクゼテレシスを起動することが出来ない……?」

「YES」


今度はよく出来ました、と雛鳴子の頭を適当に撫でながら、鴉は続ける。


「自称・天奉一の技師が嫉妬する程の天才亡き今、エクゼテレシスに掛けられたロックを解除することさえままならず、鷽島は詰みかけていた。しかし奴の前には二つの幸運(ラック)が転がっていた。一つはエクゼテレシスのキーが幌向レゾの娘にあること。もう一つは、その娘が生きていたこと、だ」


人差し指と中指を順々に立てながら、鴉は核心へと迫る。

十四年の時を越え、再び目覚めた幌向レゾのロボット達と、狙われたメレア。それらは全て、一つの鍵に繋がっていたのだと、真実の皮に最後のナイフを入れるように、鴉は口角を上げた。


「幌向レゾは、我が子も同然のロボットが悪用されないよう、ロックの解除キーを自分の脳と、娘の脳の中に隠した。自分に万が一のことがあった時、愛する娘がロボットを頼れるよう……困った時があったならこの言葉を使いなさいと、まじない感覚で解除キーを教えたそうだ」

「じゃ、じゃあ、メレアちゃんが攫われたのは!」

「エクゼテレシスのロックを解き、幌向レゾの最高傑作を呼び覚ます為。これでファイナルアンサーだ」


メレアは、ゴミ町に住まう、ただ機械いじりが得意なだけの少女だと思われていた。

故に、多岐は当初メレアに悪い虫が付いていると思い込み、雛鳴子達も、ストーカーと思われていたものがロボットで、そんなものを使ってRAPTOR社がメレアを捕えようとしている理由がまるで分からずにいたのだが、彼女が此処に至ったルーツを知れば、鷽島から狙われるのも納得がいく。


もっと早くに気付いていたのなら、ターキキッチンが破壊されることも、メレアが攫われることも無かったのかもしれない。

だが、当人すら知らなかったことを、自分達が知る由は無いし、もしメレアが本当の父親のことを知っていたとしても、それを口にすることは出来なかっただろう。


ホロコースト事件の犯人と言われている父親の名を、あの事件で家族を亡くした多岐の前で言える訳がない。


(私、あの人の本当の娘じゃないし、血縁者ですらないのにさ。家の裏で、ガラクタ弄ってた私のこと拾ってからずっと、あんな風。いつも過保護なくらいに構ってきてさ……参っちゃうよ)


多岐のことを話している時のメレアは、心底彼を慕っているのが目に見えるような表情をしていた。

例え血の繋がりは無くとも、多岐は自分にとって本当の父親も同然だと。そう語るような彼女にとって、真実はあまりにも残酷だ。

幌向レゾがスケープゴートであったとしても、多岐の娘を手にかけ、妻の心を壊したのは、彼が造ったロボットという事実に変わりはない。
テレシス製造者の娘として、メレアは酷く胸を痛めることだろう。


「っつー訳だ。埃被った殺人マシーンが動き出す前に行くぞ、お前ら」


だから、鴉が此処を発とうと宣言した時。雛鳴子達は、多岐に同行を求めることが出来なかった。


今頃、メレアも自分が幌向レゾの娘であることを知っている頃だ。彼女のことだ。きっと、多岐に合わせる顔がないと考えていることだろう。
そして多岐もまた、血の繋がらない愛娘が、仇の子であると知って、心底複雑であるに違いない。


迷いは、悲劇を誘発する。このまま多岐を此処に残して、自分達だけで鷽島の計画を阻止するのが得策だろう。

後になって悔恨が残るかもしれない。柵が出来るかもしれないが。
無理に引っ張り出しても、事態を拗らせるだけだと、雛鳴子達が口を噤んだまま、席を立つ鴉の後に続こうとした、その時。


「……待て、鴉」

prev next

back









×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -