カナリヤ・カラス | ナノ


ターキーキッチンの有り様は、悲惨の一言に尽きた。

ひしゃげた屋根、荒らされた店内。だが何より、かろうじて破壊を免れた椅子に腰掛け、酷く項垂れた多岐の様子が、何より悲痛であった。


「こりゃまた、派手にやられたモンだな」


言葉は軽薄だが、辺りを見遣る鴉の面持ちは、この事態を深刻に受け止め、且つ、状況を冷静に見定めていた。


「相手は」

「こいつだそうだ」


先に到着していた鷹彦が、タブレット端末に表示した画像とデータを見せると、鴉は眉を顰めた。

その「まさか」と言うような顔を、心底居た堪れない様子で消沈している雛鳴子とギンペーに向けると、返ってきたのは弱々しい会釈で。
鴉は、深い溜め息を吐きながら、端末画面に映るロボットの姿を眺める。


「RAPTOR社製品、テレイグジスタンスヒューマンフォームロボット・テレシス。これが最初に一機……。迎撃後、更に三機が投入され、メレアを攫って行ったそうだ」


早々に、敵の撃滅を望んだ多岐が鴉に連絡を求めた直後。先程やられた同機の仇を討つかのように、テレシスが三機、ターキーキッチンを襲撃した。

屋根を破り、テーブルと椅子を蹴散らし、瞬く間に店内を蹂躙した彼等は、雛鳴子と多岐に迎撃され、一機は破壊。
もう一機も半壊寸前まで追いやったのだが、此処で多岐が足を取られ、形成は逆転。

ギンペーと共に裏口から逃げるよう言われていたメレアは、養父を人質に取られ、彼の命と引き替えにと、自らテレシスに捕縛されていった。


――成る程。どうりでらしくもなく死に腐ったような顔をしている訳だと多岐を一瞥すると、鴉は再び、タブレットに映るロボットへと眼を向ける。


「RAPTOR社が動いているのか、誰か個人の目的に因るなのか……何れにせよ、何故連中がメレアを攫って行ったのか分からんことばかりだ」


鴉よりも先に連絡を受け、此処で状況整理に掛かっていた鷹彦は、何もかも不明な状況でメレアの救出に向かうのは得策ではない、というような顔をしていた。


RAPTOR社は国内有数の大手機械メーカーで、ロボット産業に於いてはトップクラスの業績を誇る。
特にドローン技術は世界でも注目を浴び、感銘を受けた異国のエンニジアがわざわざ重油の海を渡ってまでRAPTOR社の扉を叩きに来ることも少なくないという。

かつてホロコースト事件で、国内の信用を著しく失いかけ、業績も右肩下がりではあったものの、戦後の天奉の発展に貢献してきた技術力は本物であり、それを評価した貴族達の支援もあって、事件から十四年経った今、RAPTOR社は更なる成長を遂げ、「国と人に尽くすものづくり」をモットーに、今日もロボット開発に勤しんでいる。

たたでさえ大きな企業だというのに、貴族のバックアップまである相手だ。無策に突っ込んでいけば、ゴミ町を揺るがすような大事件に発展しかねない。


――多岐には申し訳ないが、事と次第によっては金成屋は今回の一件から手を引くしかないだろう。


鷹彦がそう考えていることは、雛鳴子とギンペーの眼にも明らかで、だからこそ、二人は居た堪れなくて仕方なかった。


あそこにいたのが自分達でなければ。もっと早くに敵の接近に気付いていたのなら。せめてあと一機撃滅出来ていたのなら――メレアは攫われずに済んだ。
こうなってしまったのは自分達の力不足だと、多岐のことを見ることも出来ぬまま、雛鳴子達が沈黙していた、その時。タブレットを見詰めていた鴉が「そういうことか」と呟いて、ポケットから携帯電話を取り出した。


この状況で、誰に電話をするつもりなのか。

行き場のない視線を向けながら、静けさの中に鳴り響くコール音に耳を傾けていた雛鳴子達は、ややあって、予期せぬ人物の応答を耳にした。


「へい、此方ミツ屋」

「よう。俺だ、ハチゾー」

「おう鴉か!」


電話の相手は、ハチゾーだった。
鴉が携帯をいつもより耳から離している時点で、まぁ彼しかいないのは察しがつくのだが。

しかし、こんなお通夜ムードの中にハチゾーの声を響かせるかと、思わず責めるような眼をして鴉を見ていた雛鳴子達であったが、彼がミツ屋に連絡を付けた理由――買い付けたい情報を口にした時。一同の眼は大きく見開かれることになった。


「どうした?亰のことでも知りたいのか?」

「いや。お前のとこに、RAPTOR社の研究者……十四年前、テレシス開発チームに所属していた奴のデータはあるか?」

「RAPTOR社……また随分でっけぇとこだな。あるにはあるが」


鴉の基本は、儲け主義。自分の利にならないことは、余程の気まぐれが発動しないか、それ自体を楽しむことを目的としない限り、決して手を付けない。
損得勘定で物事を量り、不利益を被る結果が先に見えているのなら早々に見限りを付ける。そういう思い切りの良さこそが成功の秘訣だと、彼は服に付いた埃を払うが如く、救いを求める手を蹴散らしてきた。

無償の愛など、仕入れていたらキリがない。ならば最初から在庫など持ちはしない。
助けが欲しければ相応の対価を。偽善に縋るな。真の救いはいつも紙幣が齎すものなのだ、と。彼はそうして、自分の強さを売り出してきていた。

だから、今回の事に鴉は首を突っ込まないだろうと、誰もが思っていた。


多岐の全財産など、言っては悪いが、RAPTOR社を相手取るリスクに相応しい額には到底届かないだろう。
例え彼が旧知の仲であるとしても、だ。本件は下手をすれば町そのものに影響を及ぼし兼ねない事件に発展し得る危険性を孕んでいる。
だのに、彼はハチゾーと連絡を取って、RAPTOR社のデータを入手しようとしている。


一体、鴉の眼には何が見えているのか。いや、彼は何を見据えているのか。

固唾を飲んで見守る雛鳴子達の前で、鴉はハチゾーとテンポよく商談を交わしていく。


「ホロコースト事件でしょっぴかれた奴と、当時の開発チームリーダーをメインに情報寄越せ。ギンペーに金持って行かせるから、早急に頼むぜ」

「何か分かんねぇけど、急ぎみてぇだな。OK、五百万で売ってやるぜ」

「足元見やがって……ろくな死に方しねぇぞ」

「お互いな。じゃ、待ってるぜ」


ものの数分で五百万の取引が成立したところで、鴉は携帯を手にしたまま、呆けているギンペーに何かを投げつけた。

それは、反応が遅れたギンペーの額に見事クリーンヒット。「あぶっ」と不様な悲鳴を上げたところで、ギンペーはワンバウンドしたそれを涙目でキャッチした。

何かと思えば、それは金成屋の事務所に置かれている小金庫の鍵だった。


「っつー訳だ。ギンペー、今からダッシュで金成屋行って五百万取って、ミツ屋に向え。そんで、一秒でも早く此処に戻って来い。はい、分かったら走る!」

「は、はいっす!」


小金庫は、わざわざ地下金庫まで行くのが面倒な時や、急ぎの時、自分の留守中に雛鳴子達に持っていかせる時などに活用される物で、常に一千万程度の札束が入っている。
ギンペーも何度か、此処から指定額を取って使い走りに出されているので、手順は慣れている。

自慢の脚で金成屋に向い、其処からミツ屋で金と情報を引き替え、此処に戻って来るまで、所要時間は十分前後と見ていいだろう。
その間、自分も情報収集だと、鴉はやや斜めに歪んだ椅子に腰掛け、再び携帯で何処かに連絡を取り始めた。


「……何か分かったんですか、鴉さん」

「まだ予想の範疇だ。確信に持っていけるかどうかは、情報次第だな」


彼の中では既に、事の全貌が見えてきているらしい。後は、足りないパズルのピースを埋めていくが如く、想像に真実を当て嵌めていくだけ。
手帳を広げ、誰かと通話を始めた鴉を見遣りながら、雛鳴子は、砂埃と悔恨が積もるばかりだったこの空間に風が吹き込んできたようだと思った。


「おう、俺だ。久し振りだなァ、元気にやってるか?ハッハ、そうビクビクすんなよ。今日は普通に話がしたくて電話したんだ」


今度の相手は、金成屋の契約者らしい。
電話の向こうで「ヒィッ」と悲鳴を上げる人物に、鴉は電話を切ったら殺すというような笑みを浮かべながら、軽薄な調子で情報収集を始める。


「お前、RAPTOR社に機材搬入やってるよな。ここ最近、一番搬入が多い施設は何処だ?それと、其処の責任者についても教えろ。知ってる限り、全部だ。適当言ったらてめぇの皮を吊るし切りで削いで漢方にしてやるからそのつもりで」


華麗にボールペンを回しつつ、鴉は情報を一つ一つメモしていく。


どうして彼が、RAPTOR社を探り出したのかは、未だ見えてこない。

だが、鴉が動き出したことで、停滞や絶望が押し流されていったのは確かで。
俯かせていた顔を上げた多岐を見ながら、雛鳴子は、もしかしたらがあるのかもしれないと、拳を握り締めた。


そして、数分後。通話を終えた鴉は、走り書きのメモを眺めつつ、ふぅと煙草を燻らせた。


「……どうやら、俺の勘は概ね当たっていそうだな」

「お……お待たせしました!!」


それとほぼ同時に、ミツ屋から情報を引き取ってきたギンペーが戻って来た。

律儀に全速力で走ってきたのだろう。ぜいぜいと肩で息をするギンペーは、書類の入ったアタッシュケースを鴉に手渡しながら、今にも吐きそうになるのを堪えつつ、ハチゾーからの伝言を口にする。


「サ……サービスで……ホロコースト事件の資料もつけといたって……ハチゾーさんが…………オエップ……」

「ご苦労。暫くその辺に転がってていいぜ、ギンペー」

「あ、ありがとうございま……ず」


鴉からの許可が下りると共に、ギンペーはフラフラと、手頃なスペースの空いた壁際に向い、其処で糸が切れたように寝転がった。
座れる椅子を探す気力さえ残っていなかったらしい。芋虫のように転がって息を整えるギンペーに、雛鳴子は「お疲れ様」と水を入れてやった。

彼がそれを口に出来る程度に体力を回復したのは、鴉がRAPTOR社の資料にあらかた眼を通し終えた頃。


「ど……どうっすか、鴉さん」

「ああ、分かったぜ。なんでメレアが狙われたのか、今になってあのポンコツが出てきたのかも、全部な」


自分の中で一つの結論を確立出来た鴉は、ひしゃげた灰皿の中に煙草を捩じ込みながら、不透明だった事件の全貌を一から語り出した。


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