カナリヤ・カラス | ナノ


古びた煙突が目立つその建築物は、先時代に使われていた収容所の一つである。

大戦時、此処には天奉帝国の反乱分子や、捕えられた異国の兵士や捕虜達が収監されていた。
規模は小さな工場程度。内部には、囚人達が収容される檻と処刑用のガス室、死体を焼く為の焼却炉等があり、施設内は何処も、見るも暗鬱とした雰囲気を今も醸している。

そんな陰々滅々とした室内には、壁に立て掛けられた棺桶と、陳列棚に置かれた骨壺がよく馴染み、薄暗さも相俟って、ロータスランプの光と、焚かれた香の匂いが際立って感ぜられた。


鼻に衝く程、辛気臭い場所だ。だが、此処を巣に選んだ男のことを思えば、まさに御誂え向きと言えるだろう。

辺りを一望しながら煙草を燻らせ、鴉はカウンター向こうの相手に賛辞を贈った。


「いい店だな。まさにザ・葬儀屋って感じじゃねぇの」

「わざわざそんな厭味を言う為に来たのか、お前は」


ハードカバーの本に向けた眼をそのままに、中東に位置する異国のローブに身を包んだ男――蓮角は、浅く息を吐いた。


彼が楽須弥からゴミ町に移り住んでから、早二週間。
鴉の指示のもとに動かされながら、ゴミ町の内情を学び、今後この町で生き抜く為の商売を見出した蓮角が始めたのは、葬儀屋であった。

司祭であった時分から、蓮角は何度か、御土真教信者の葬儀の為に、この町を訪れていた。
その際に知ったことだが、こんな町でも、葬式を上げることを望む人間は少なくないらしい。
無宗教の人間達も、形式はどうあれ、兎角弔いの儀式が欲しいようで、御土真教信者以外にも葬儀屋の需要はあるように思われた。


――麻薬売買の二の次。おまけ程度にと行っていた宗教的儀礼だが、まさかこんな形で役立つ日が来ようとは。


我乍ら可笑しなことだと思うが、これ以上適した仕事もないだろうと、蓮角は葬儀屋開業を決めた。

準備の方は、鴉の介入もあってかとんとん拍子で進み、物件探しから資金や備品の調達も捗り、恐ろしくあっさりと葬儀屋は店開きとなった。


「どうよ、景気の方は」

「まずまずだな」


言いながら、蓮角は背後でごうごうと音を上げる焼却炉を眼で指した。


「生きたまま灰にしてこいとの依頼だ」

「カカカ。まともな葬儀より、この手の仕事のが多くなるだろうとは思ったが、案の定だな」


鴉は、壁に貼られた”葬儀プラン”の一覧を眺めながら、けらけら笑った。

町が異常なら、店も異常。金成屋が契約金の為に客が望む条件を付けるように、葬儀屋もまた葬儀を上げさせる為に幾つかのオプションを付けていた。
土葬(生き埋め)、火葬(焼殺)だとか。そうしたプランニングは、見事成功したらしい。蓮角の腕が立つというのは、レコンキスタの件などで知れているのもあって、葬儀の”予約”はかなり取れている。

蓮角は、そういえばいつの間にか棺桶を叩く音が止んでるなと、本を閉じ、ニタニタと焼却炉を見る鴉に顔を向けた。


「それで、何の用だ、金成屋」


鴉が、厭味や四方山話の為だけに、わざわざ此処まで来るような輩ではないことは、分かっている。自分の商売のことを聞いてきたのは、事のついでだろう。
では、本題は何かと睥睨する蓮角に、鴉は肩を軽く竦めた。


「ただの世間話だ。元御土真教司教サマに、ちょいと聞きてぇことがあってなァ」


手持無沙汰に、蓮角が置いた本を手に取り、適当に捲る。
何を読んでいるのかと思ったら、風刺小説であった。しかも、異国の。

こいつらしい趣味だと笑覧し、またそれをカウンターに置くと、鴉は目付きを変えて、蓮角を見た。


「お前もそうだが……御土真教の僧兵共、レコンキスタの為にと結構な武器を所持してたよな。その武器、一体何処で買い付けた?」


訝るように鴉を見ていた蓮角は、その顔を幾何か顰めた。

すると鴉は、そう警戒することはないと言うように眼を細め、何故この話を持ち込んで来たのかを説明した。


「最近、ここいらを介さずに壁外で流されている、出所不明の武器が多くてなァ。商売上がったりだとお怒りの奴らがいるんだが……お前、何か心当たりねぇか?」


壁外に流れている武器の殆どは、ゴミ町の管理下にある武器工場や、異国からの密輸、都等から強奪されている物である。

ところが昨今、出所不明の武器が、何処からか大量に売り捌かれているそうで。その尻尾を掴んで来いと依頼を受けた鴉は、ゴミ町から離れた地――楽須弥で、かなりの武器を所持していた蓮角に尋ねてみることにした。


もしかすれば、彼がこの件に関わっている可能性もある。
その場合は、まぁ、色々考えて処理しようと考えていたのだが――ともあれ、何もなければ突きだしはしないので、安心してくれと鴉は軽く首を傾げてみせた。

それで大人しく吐く輩がいるものか、と蓮角は溜め息を吐きながらも、黙っている理由も嘯く理由もないので、やや不本意ながら、素直に話すことにした。


「……亰だ」


予期せぬ単語の登場に、鴉は真顔になって、瞠目した。

その様を横目に、蓮角は懐に忍ばせていた拳銃を取り出し、手遊みしながら、続ける。


「俺が使っている銃も、僧兵達に持たせた武器も、亰から買い付けた物だ」


其処はかつて、天奉国が別の名であった頃の首都。
天に座す帝――現・天奉国王家の城下町。百年戦争を経て、国が巨大な城壁の中へ移ろったことで遺棄された、鉄の京。それが亰だ。


戦後、国民と見做された人間は、全て城壁の中へ移動し、かつての首都でありながら亰もまた、廃墟市街や焦土と化した大地と共に捨て置かれる筈だった。

だが、天奉国家による国民選別の際、自ら国を離れ、弾かれた民となった者達がいた。
城壁の中の安寧を捨て、自由を得た彼等は、放置された亰を首都に、天奉から独立した自治国家――大亰自治国を創設。
創設者による指揮のもと、身を寄せ合った壁外民達は、都に劣らぬ暮らしを手にせんと亰を発展させ、今や大亰自治国は、人口、産業、軍事……あらゆる面から見ても、一つの国家として遜色ない規模となっている。


しかし、それだけの規模にまで繁栄したことで、亰では度々、内乱が勃発するようになった。
特にここ数年は、亰を統治する大亰自治国統括軍と、レジスタンスによる争いが激化しているとのことだ。


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