カナリヤ・カラス | ナノ


「お待たせ、鴇にぃ」


金成屋から出て数メートル。廃墟の路地で待ちぼうけていた鴇緒の前に、夕鶴が車椅子を漕いでやってきた。

中で何かあったのではないかと気を張り続けて小一時間。
夕鶴には何も変わった様子はなく、用件も済んだようで、鴇緒はようやっと肩から力が抜けると息を吐いた。


「…随分、話込んでたみたいだな」

「うふふっ、ごめんね。女の子同士になるとどうしても盛り上がっちゃって」

「そう、か」


女の子同士、ということは、話していた相手は雛鳴子か。

鴇緒は、先日彼女に随分と手酷い真似をしてしまったが――それでも、夕鶴と向き合ってくれたらしい彼女に感謝の念を抱き、ついでに鴉が夕鶴にいらぬ干渉をしてこなかったことに安堵した。

あのいかにも色好みしそうな男のこと。自分がいないところで夕鶴に手を出そうとしてくるのではと思った鴇緒だが、実際そうだった方がマシだったかもしれない態度を取られていたことを、彼が知ることもなく、夕鶴も語らなかった。

鴇緒は楽しそうに笑う夕鶴の後ろに回って車椅子を押し、掃除屋へ向かって歩き出した。


「ねぇ、鴇にぃ」

「ん?」


暫く進んだところで、夕鶴がふっと口を開いた。

先程まで随分楽しそうにしていたというのに、投げかけられた声は妙にしかつめらしい。
鴇緒は、やはり金成屋で何かあったのかと、神経を尖らせた。しかし、身構えた先に掛けられた言葉は、彼の予想とはまるで異なっていた。


「鴇にぃ、雛鳴子ちゃんに、鴉さんと似てるって言われたんだよね」

「……あ、あぁ…言われた、な」


あの日、起こったことが多過ぎるのと大き過ぎるのとで、記憶がぼやけつつあったが。
鴇緒は確かにそんなことを言われたな、とすぐに思い出した。それを夕鶴に話したことも、記憶に新しい。
だが、それがどうしたということまでは、鴇緒には分からなかった。

何故こんなことを、と、鴇緒が首を傾げる中。夕鶴は眼を細めて、長い睫毛に影を作っていた。

後方で思考している鴇緒には、その影に含まれた悲哀を知る由もない。


「お話してて思ったんだけど……私はどっちかっていうと、鴇にぃは雛鳴子ちゃんと似てると思ったな。これ、雛鳴子ちゃんには言ってないんだけどね」

「……似てるか?」

「うん。頑固なとこと、物事を深く考えすぎなとこがそっくり」


言われても鴇緒はまるでしっくりこなかったが、夕鶴は我乍ら納得だと苦笑した。
こうした遠回しも、直接的な言葉も、彼と彼女は疑りを抱く。

それが普通ではないからと、何かの気の迷いに違いないからと、自分にそんな想いが向けられることはないからと。
そういう思考の仕方が似ていると、夕鶴は思った。


雛鳴子が言った通り、鴉に似ている面もあるのかもしれないが、夕鶴の視点から見れば、鴇緒は雛鳴子に似ていると思えた。

そうして、彼と彼女を重ねた時。夕鶴はもう一つのことに、気が付いてしまったのだ。


「寧ろ鴉さんに似てるのは、私の方だと思うよ。多分、あの人もそう思ってるかも」


似ている部分が良くない部分である程に、同族嫌悪は膨らむ。
鴉のあの異常な不機嫌も、彼女が今抱いている黒い感情も 似たお互いを見たくなかったからだろう。

歪んでしまったが為に想いを伝えられず、相手に真っ当な気持ちを与えることが出来ない”自分”を 鴉も、見ていたくなかったのだろう。

夕鶴は、彼もきっとこんな気分なのだろうなと、小さく俯いた。


「……似てねーよ」


ぴた、と車椅子が止まったと思えば、後ろからわしわしと頭が撫でられた。
夕鶴はぱちくりとまばたきして、手が離れると同時にばっと振り返ると、少しばかし顔を赤くした鴇緒が、ぽつりと呟いた。


「あんなのにお前が似ててたまるか」


ぶっきらぼうなその物言いと、気恥ずかしそうな表情に、夕鶴は萎びた心臓が咲き綻んでいく気分だった。

ぽりぽりと頬を掻く鴇緒を前に、夕鶴はにへっと顔を緩ませ、歌うような声で返した。


「……えへへー。鴇にぃが言うなら、似てないってことでいいや」

「あぁ、そうしろそうしろ」


鴇緒がもう一度頭を撫でてやると、夕鶴は嬉しそうにきゅうっと眼を瞑って、締まりのないない声で笑った。


ただの少女のようにいられる、こんな時間がとても嬉しいと、壊れた少女はごく有り触れた愛情に身を委ねる。

この感覚の為になら、何をしても構わないという狂気を、その腹の底に抱えながら。


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