カナリヤ・カラス | ナノ


ペンを片手に暫し通話した後。求めていた情報が得られたのか、鴉は上機嫌な面持ちで携帯を閉じた。


「……いい情報は得られたか?」

「あぁ、ビンゴだ。俺の予想通り、奴らはダンプホールの出身だったぜ」

「……ダンプホール?」


ホチキスで書類を束ねていたギンペーの手が止まり、首がことんと傾げられているのを見て鷹彦は、またこのパターンかと、例の如く解説を始めた。


「大戦中、ゴミ町のはずれに出来た巨大な穴の中……不用品が集まるゴミ町の中ですら行き場を無くしたものが身を寄せる場所。最低の中の底辺、それがダンプホールだ」


ゴミ町の中を奥へ奥へ、追い遣られるように進んで行くと、開いた口宛らに大きな穴が待ち構えている。


百年戦争の最中、爆撃を受けた建物ごと地盤が沈み、地下に造られた都市を貫くように出来たその穴は、跳び越える事など到底叶わない幅と、落下すればまず助からない深さをしている。

偶然と人の悪意が作り出したその光景は、まるで地獄の入り口だ。それでも人が、その穴の中へ向かうのは、彼等には其処にしか行き場所が無かったからだ。

不安定な足場を上手く降りて行けば、自身を此処まで追い詰めた者から逃げられる。そんな弱々しい希望に駆り立てられ、人はその穴に落ちていく事を選び、やがて弱者同士で身を寄せ合い、どうにかこうにか生きていく。それが、鷹彦がダンプホールを最低の中の底辺と例えた所以だ。


「倒壊した建物を登り降りする事で地、上との行き来は出来るが……ビル一つ分も高低差がある場所では、そう簡単な話ではないからな。ろくでもないこの町の住人から逃げて来た子どもや、何かしらしくじったが為に組織を追われたような奴らが、地上に戻れる事は殆ど無い。そして、それらを追っていた側も、其処まで追い駆けるのは面倒だと放置を決め込む。ゴミ町に於いて、唯一最大の不干渉区域とも言える場所が、ダンプホールだ」

「成る程……。それで、どうしてアイツらが其処に居たって分かったんっすか?鴉さん」

「あのアホみてぇに目立つ頭のガキがこの町で暴れ回ってたら、多少なり話は聞く筈だ。ところがアイツは三ヶ月前にパッと現れて、掃除屋を乗っ取り、てめぇの物にした。都の人間にしちゃぁ此処に染まり過ぎているからな、壁の中から来たって事は先ず無いだろう。加えて、ハチゾーから買ったこの偽情報だ」


鷹彦がダンプホールの解説している間に、赤いペンのキャップを咥えていた鴉は、机に投げた件の偽情報を一瞥すると、ファイルから出した紙にペンで何か書き込んだ。


「ハチゾーは、俺が偽情報と分かった上でコレを買う事くらい予想出来る。その上で『上手く活用しろ』と言ってきやがった事を考えてこの書類を見ると、だ。これだけ事細かにあれこれ書かれるのに、一切出てこない単語がある。其処で俺はピンと来た訳だ」


三秒程考えた後、ギンペーは「あっ!」と声を上げた。偽と分かっていながら、何故鴉がハチゾーの契約金をチャラにしたのか。何故何の役にも立たない筈の書類をじっくりと眺めていたのか。その答えが、彼の中でようやく繋がったのだ。

ハチゾーが手渡してきた物は偽情報で、全て出鱈目。ならば、其処に書かれていない事こそが真実だ。此処に記されている内容とは正反対の事柄や、記載されていない言葉等、予想を付けて読み込めばヒントは得られる。その為に鴉は三千万を対価にこの情報を持ち帰ったのだ、と。


「あそこに在るのは、在っても無くても同じようなモンばかり。オマケに中に出入りするのも面倒だからな。こっちまで話が回ってくるような事もねぇ。そんな場所に居たんなら、アイツが全くの無名だったのも、ぽっと出の分際でこの町に染まり切ってる事にも納得がいく」

「確かに……」

「そして、ダンプホールは広く深いが、閉ざされた場所だ。あの目立つ頭でうろついてりゃ、印象に残るだろう。そこで俺は、契約金返済の為にダンプホールの清掃員をやらせてた客に連絡を取ってみた訳だ」

「……清掃員?」

「流石に放置も度が過ぎると、中に死体が溜まって感染病が蔓延すっからよぉ。割と高額で清掃員バイトが入れられんだよ。ちなみに、お前にも最初これをやらせるつもりだった」

「そ、そうっすか……」


鴉の言う清掃員バイトの話には、憶えがあった。それは、金成屋との契約を決める際、鴉が楽しそうに出してきた返済プランのパンフレットの紙面。地下労働やら開拓地労働やら物騒な文字が並ぶ中で、一際異質な清掃員バイトという字面が強く印象に残っていたのだ。

一体何処で何を掃除させられるのかと思っていたが、まさか地下に潜って死体清掃だったとは。やっぱり今の返済プランにして良かったと、ギンペーは冷え切った心臓の鼓動を聞きながら、そう思った。


「案の定さっくり確証は得られたが……出身が分かった程度じゃ未だ足りねぇ。こっからがっつり掘り下げて、アイツを黙らせる情報を見付け出してやんねぇとなァ」


赤ペンを動かしていた手を止めると、鴉は口に咥えていたキャップをペンに被せ、鷹彦とギンペーの前に一枚ずつ紙を突きだした。それは、契約金返済の為にダンプホールでの清掃員バイトを強制させられた顧客リストだった。


「チェック入れた奴から優先的に電話掛けていけ。用件は、ダンプホールでふざけたピンク頭のガキを見た事があるか。あるならその様子を洗いざらい話せ、だ」

「……了解」

「ういっす!」


労働期間や時期から有益情報が得られそうな相手を絞っていたのだろう。鷹彦とギンペー、それぞれが担当するリストを受け取った所で、鴉はある事に気が付いた。


「……そう言えば、アイツは何処行きやがったんだ?」


ようやく気が付いたかと言いたげな顔をしながら、鷹彦は最初の相手にコールを掛ける片手間に、鴉の問いに答えた。


「雛鳴子なら、お前が電話を始めたすぐ後に二階に向かったぞ。お前がまだ昼飯食っていないから、移動する事になっても食える物を作ってくると言って事務所を出た。時間からして、そろそろ戻ってくると思うぞ」

「……母ちゃんかよ、あいつ」


壁掛けの時計を見遣ると、昼食時をとうに過ぎた時間だ。栗饅頭を口にしてはいたが、まともな食事は摂っていなかったので、腹が空いてきた。


――朝炊いていた白米の残りで、握り飯でも作っているんだろうか。


多分、具無しの塩結びでも持ってくるんだろう。そんな事を思いながら、鴉は小さく笑った。


「早く戻ってこいよー、雛鳴子母ちゃん」


この時、鴉達は失念していた。

金成屋には、中に階段が無い。だから、一階の事務所と二階の居住スペースを行き来するには、外に出る必要がある。普段食事は二階で取っているし、頻繁に行き来する事も無いので、然程不便な物ではない。雨が降っている時等は、わざわざ傘を差さなければならないので、其処が面倒なくらいだ。

それ以外もそれ以上も無かった。だから誰も、予想すらしていなかった。此処で一人になった時、誰かに襲われる可能性がある、という事を。


「逃げ回ろうにも逃げられない状況になれば、てめぇは突っ込んでくることが分かった。追いかけっこやんのも疲れるしよ、今回は先手を打って待ち構えさせてもらうぜ」


時計の針が一つ進む。鴉がそれに気付くまで、一つ。また一つと。

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