カナリヤ・カラス | ナノ
ミツ屋から戻ってきた鴉は、自身の机で書類と暫し睨めっこしていた。
時刻は午後一時を回り、普段であれば昼食の話を出してくる鴉だが、今はコツコツと机を指で叩きながら、眉間に皺を寄せて考え込んでいる。
こうも鴉が真剣味を出して机に向かう事もないので、ギンペーは落ち着きなく彼と整理中の契約書を交互に見遣り、鷹彦も仕事の手は進んでいるが煙草の消費本数がいつもよりも速いペースで増えている。
「はいどうそ、鴉さん」
そんな中、鴉の机に湯呑がコトンと置かれた。少しばかし驚いたような眼をして鴉が顔を上げると、其処には盆を抱えた雛鳴子が居た。
「その……朝からあっちこっち忙しないので、お茶くらい飲んでちょっと休んだら……と思いまして」
どうやら、気を遣って茶を煎れてきたらしい。見れば鷹彦とギンペーも、彼女が湯呑を手に一息吐いている。
コイツに心配されるとはな、と後頭部を軽く掻くと、鴉は差し出された緑茶を啜った。
「それで、何か良い情報はありましたか?」
鴉の横顔が幾らか和らいだ事を視認すると、雛鳴子は盆を置いて、自分用に煎れた茶に口を付ける。
せっかくなのでと戸棚から出してきたお茶菓子を食べる余裕くらいは生まれたらしい。書類片手に栗饅頭を齧る鴉を見て、胸を撫で下ろしたのも束の間。
「ある訳ねぇだろ。こいつは偽情報のオンパレードだ」
「に、偽情報?!」
話に耳を傾けていたギンペーが思わず乗り出し、雛鳴子は湯呑片手に固まった。よもや、掃除屋だけではなくミツ屋とも抗争になるのではないか、と。が、鴉は実に淡々と、さも分かり切っていたかのような顔をしながら栗饅頭を頬張っている。
「ハチゾーが、たかが三千万で妥協する時点で間違いなく偽物だ。元々俺の三千万は、相手が先手を売ってくるか知る為の投資で、情報そのものにはハナから期待していねぇ。あれ以上の大枚叩いてまで男のプロフィール探り出す趣味もねぇし、これはまぁ、妥協点ってとこだな」
ズズズと茶を啜りながら、鴉はハチゾーから買った偽情報を机に放り投げる。
偽と分かっていながら三千万を捨てる事もそうだが、何をあれだけ真剣になって書類を眺める必要があったのか。雛鳴子とギンンペーが揃って首を傾げる中、鴉は有意義な買い物が出来たと言うように口角を上げた。
「だが、これで分かったぜ。あのガキには、大枚叩いてでも隠し通してぇ何かがあるってなァ」
「な、何か、って……」
「それを知るには、よりデカい金がいる。が、あのクソガキの為に、これ以上俺の可愛いお金ちゃんはやれねぇ」
湯呑に残った茶を一気に飲み干すと、鴉は席を立ち、また書類棚を開いて、中からファイルを引っ張り出し始めた。ファイルの背には「返済プランDコース」と書かれたシールが貼られていた。
「こんな時に使うのは、金より絆に限るってもんだ。馴れ合い大好き仲良しサイコー。金成屋の力、見せてやろうじゃねぇの」
プルルルルルル、とコール音が甲走る。ややあって、応答の声が聞こえると同時に鴉がニタリと笑ったのを見て一同は、また彼のろくでもない計画が始まったのだと悟った。
「は、はいもしもし……」
「ハァイ、毎度どうもぉ。金成屋・鴉さんだぜ」