いただきもの | ナノ





「そういえば社長、桃が導くあなたの運命……って知ってますか」

本日の業務はじきに就業也、という頃合いになってサカナから問われ、昼行灯はいいえと答え小首を傾げた。
まるで聞いた事がない。導くだの運命だのという言い方から思い浮かぶのは占いの類であるが、
桃というのはどういう事だろう。彼の知る占いといえばせいぜい星占いや手相、タロット程度である。
ぱっと手を広げて白旗を掲げてみせる昼行灯に、サカナは得意気に説明を続けた。
聞けば、ツキカゲ社員の馴染みの店でもある珍噴亭の主人が始めた催しだという。

「点心に桃饅頭ってあるじゃないですか。
注文すると、中に陶器のオモチャが入った小さい桃饅頭がいくつか出てくるんです。
二人でそれぞれ好きなのを選んで、せーの、で割って、出てきたオモチャが同じだったら相性バッチリ!
大本である中華の風習を、カップルの観光客目当てにアレンジして始めてみたんだとか」
「カップルの観光客って……そういう趣向を好みそうな客が訪れるんですかね、あそこを。
どちらかといえばというか、はっきりと表向けでは」
「いやー、それが最近は結構来てるみたいですよ。
ほら、表面上はモノツキへの差別が禁止されたでしょ? まだまだ溝は深いといっても、
一応はオープンになったんだからって事で、怖いもの見たさの一般客が徐々にウライチに浸透してるようで」

納得はしたものの、大丈夫なのだろうかと昼行灯は幾らか危惧した。
歴史の重みを以て人々に根付いた差別意識と恐怖感は、一朝一夕で容易く払拭できるものではない。
今まさに時代が切り替わっていこうというこの時に、観光客を巻き込んだ重大事件でも発生してしまっては、
一気に振り出しへ逆戻りしてしまう。自警団を始めとする治安維持組織が常に目を光らせてはいるが、
現状はまだまだ油断できる段階ではない。
とはいえ、こうして融和が進んでいくのが心から歓迎できる流れなのも事実だ。
善人も悪人も等しく食事はとる。腹が満たされていれば幸せ、とまで単純には世の中いかないものの、
食の場からわだかまりを解き、絆を広げていこうという試みは料理店ならではのもので、
ツキカゲでは真似のできない分野である。なべつかみもなかなかやるものだと、彼は素直に賞賛した。

「なるほど。
実際に人を呼び、明るい話題を提供しているのなら、昔ながらの風習も捨てたものではありませんね」
「ところがですね、これが詳しく聞いたら全然風習ですらないみたいで」

感心した矢先に告げられた真実に、昼行灯はかくん、と前につんのめる。

「客寄せになりそうな催しをでっち上げたみたいです。わざわざそれっぽい故事まで考えて印刷して」
「思いっきり騙してるじゃないですか!」
「嘘も百遍吐けば真実になるとか何とか。
まーでも、伝統的な風習ってのもそうやって出来上がっていったんでしょうし?」
「商魂逞しいというか、何というか……」

自分達は今まさに、ひとつの風習が作り上げられていく瞬間を目の当たりにしているのかもしれない。
昼行灯は先程のなべつかみへの評価を撤回し、代わって別の評価を付け足した。
平和を願う凄腕料理人改め、やり手の凄腕料理人。まああれで腕は確かだから、
うまい事乗せられた客達が食事にも満足して帰っていった事を願わずにはいられない。

「で、更にうまく出来てるのがですね――」
「……あのですねサカナ、いいですか。あなたが担当する仕事上、世間の流行を追うのも重要ですが、
他所の噂話に夢中になるばかりではなく、それがうちの業務にどう活用できるかを考えてください。
社会の仕組みが一新されて、どこも新たに生まれた需要を狙い目を光らせています。
今までになかったタイプの仕事も増える一方ですし、機会を見落としていたらあっさり蹴落とされますよ」
「あっ……はぁーい……」

淡々と諭してくる昼行灯に、これはそろそろ雑談を切り上げる頃合いだとサカナは首を竦めつつ判断した。
赤ん坊用のオムツから、一服するだけで意識が飛びかねないドラッグまで手に入るこの地において、
たかが料理屋の占いもどきではさほど気を引く話題にならなかったと見える。
同時に、昼行灯の社を率いる立場の者としての抜け目のなさに、サカナは純粋に感心していた。
平和ぼけする暇など自分に与えず、むしろ他所が緩みかけている隙に掴める勝機は全て掴みにいく。
だからこそツキカゲは今日まで生き抜いてこれたのであり、これからも着実に発展を遂げていく事だろう。
サカナも気持ちを切り替えて、残り少ない時間を仕事に集中するべく机に向き合った。






その翌日、昼行灯はヨリコを伴って昼の珍噴亭を訪れていた。

「すみません、急な誘いで。他に食べたいものがあったのではないですか?」
「いえ、誘って頂けて嬉しいです! ここに来るのも久しぶりですね」

満面の笑顔で応じてくれるヨリコに、昼行灯の顔にも自然と笑顔が浮かび、蝋燭の火は赤々と燃え出す。
店内は相変わらずの盛況で、多少間が空こうと味が落ちていない事を証明していた。
厨房の方から、中華料理屋らしい掛け声と、ぼう、と火のあがる音、盛んな炒め物の音が聞こえてくる。
ダイナミックに振られる鉄鍋の中で、野菜と肉が一体となって踊る光景が想像できるようだ。
向かいの席では、四人連れの客達がうまそうに担々麺をすすり、エビチリを分け合って突付いている。
健康な胃袋を持つ者にとっては、まさしく生殺しもいいところであった。ヨリコは小さく唾を飲み、
自分の注文した分も早く来ないだろうかと、メニューを見る振りをしてちらちら厨房に視線を送っている。
恥ずかしい事は恥ずかしいらしく隠そうとしているのだが、昼行灯から見れば丸分かりだった。
食欲が旺盛なのはいい事である。そして何より可愛い。食事前から昼行灯の腹はすっかり満たされていた。
そんなヨリコを鑑賞しつつ、昼行灯はお冷を一口飲むと、さりげなく、といった態度を装って尋ねる。

「ところでヨリコさん、桃が導くあなたの運命……というのをご存知ですか」
「え? 桃……ですか? いえ、知りません」
「点心に桃饅頭というのがあるでしょう。
注文すると、中に陶器のオモチャが入った小さな桃饅頭がいくつか出てくるんです。
二人でそれぞれ好きなのを選び、せーので割って、出てきたオモチャが同じだったら相性バッチリという、
中華の歴史と伝統ある風習です」
「へえ……面白そうですね!」
「ヨリコさんならそう言ってくださると思いまして、一緒に注文しておきました」

待つこと15分ばかり。
あらかじめ仕込んでいるだけあって早いのか、桃饅頭の方から先に運ばれてきた。
湯気をあげる蒸籠の中には、一口で頬張れてしまう程度の小ぶりな桃饅頭が、ちょこんと六つ並んでいる。
かわいい、とヨリコが歓声をあげた。あなたの方がかわいいですと言おうとしてさすがに自重する。
冷静に考えたら、桃饅頭と比較されて嬉しい女性もおるまい。

「この中から、私と昼さんで一個ずつ選べばいいんですか?」
「ええ……慎重にいきましょう」

すう、と蝋燭の炎が細まり、色が青みを増す。
強敵に臨む時もかくやという真剣さで、まずは昼行灯がひとつ目を選んだ。
次はヨリコの番である。昼行灯が一挙手一投足を見守る中、ヨリコはどれにするか暫く考え込んでいたが、
いきなり両手の親指と人差し指で四角いフレームを作ると、片目を瞑り、それを顔の前で前後させ始めた。
唐突なヨリコの奇行に、訳が分からず昼行灯は尋ねる。

「な、何をしているのです?」
「えーと、こうやるとじゃんけんで相手の出す手がわかっちゃったりするんです。
だからお饅頭の中身もわかるんじゃないかなーと思ったんですけど……だ、大丈夫ですか昼さん!?」

上半身を横に捻って隣の椅子をガンガン殴りつけ始めた昼行灯に、ヨリコが仰天して叫んだ。
大丈夫である。だが大丈夫ではない。
学の高さからくる豊富な語彙力をフル活動させた、あらぬ言葉が彼の脳内を駆け巡っている。
要約すると「かわいい、あまりにもかわいい」に尽きる。これは口に出せない。よって椅子でも殴るしかない。
やがて荒れ狂う何かが幾分発散されると、痛む拳をそっとテーブルの下に隠しつつ、昼行灯は紳士的に微笑む。

「……失礼しました、虫が飛んでいた気がしたもので。
ええ、追い払いましたのでもう問題ありません」

謂れのない不名誉を店に押し付けて、襟元を正す。
若干慄きながら、そうですか、とヨリコが答えた。

「……じゃあ、私はこれにします! いっせーの、せ、で開けてみましょう」
「わかりました。では、お互い中身が見える位置に桃饅頭を置いて……」
「いきますよー、いっせー、の」
「――ま、待ってくださいヨリコさん!」
「は、はい!?」

昼行灯の強い制止に、ヨリコは桃饅頭を割ろうとしていた手を思わず離した。
どうしたのかと訝しむヨリコを他所に、昼行灯はヨリコの手元にある桃饅頭をじっと凝視し、
次に自分の桃饅頭を見て、それから蒸籠の中を眺める。
硝子の向こうで、爛々と妖しく輝く炎。
肌を刺すような、ぴりぴりとした空気。
一分間が一時間にさえ感じる緊張感の後、彼は物言わぬまま皿の桃饅頭を蒸籠に戻すと、別の桃饅頭を選んだ。

「やはり、これにします。私の勘が、これこそがヨリコさんとの縁の品だと告げています」
「……あのう……これってそこまで真剣に当てようとするものなんでしょうか……。
やった当たったー、残念外れちゃったー、みたいにワイワイ楽しむのが目的なんじゃ……」
「勿論そういった趣旨の品でしょう。
当たるのがベストですが、外れたとてこれで私とヨリコさんの関係にヒビが入る訳ではありませんええ絶対に。
しかしそれと、この局面で見事的中という結果を導き出せるかという事とは別問題なのです。
ここでたまたま選んだ二つがピタリと一致したら、それは私とヨリコさんの愛がいかに深いかを、
改めて世に知らしめる絶好の機会というか関係進展の予兆というか、とにかく何かそんな感じになるでしょう」

たまたま選んだというには真剣味のありすぎる選び方の上に、既に何を言っているのかさえ怪しくなりながら、
昼行灯は早口でまくしたてた。傍から見ていたらただの未成年に迫る不審人物である。
想いが通じ合って結婚を前提にお付き合いしているというのに、これ以上の深い関係って何だろうと思いつつ、
ヨリコもまた、昼行灯の熱のこもった口調と勢いに頷くしかない。
ほとんどテーブル上に前のめりになっている昼行灯が、桃饅頭に手をかける。
もはや後戻りはできない。

「……では、いいですか。開けますよ」

慎重に、慎重に、昼行灯が最後の確認を行う。
ヨリコも桃饅頭に爪を立て、その号令が発せられるのを固唾を呑んで待った。
一呼吸。二呼吸。そして。

「――せーの!」





「あの……元気出してください……」

帰路。しょんぼりと項垂れる昼行灯の背中を、ヨリコは撫でた。
幾つかの見知った顔が何事かと振り返るが、尋常でない雰囲気に関わり合いになるのを避けたのか、
若干気の毒そうな目線をヨリコに投げかけては足早に去っていく。
わざわざ取り替えたのに外れた。
しかも全部開けてみたら、正解は最初に選んだ桃饅頭だったときては二重の意味で堪える。
せっかくヨリコが当ててくれていたというのに、あえて再び選びにいって外したのだから。
これでは、肝心の料理の味も分かっていたか怪しい。

「申し訳ありませんヨリコさん、饅頭の中身すら当てられない情けない男で」
「な、中身が見えないんだから、当たらなくて普通なんじゃないでしょうか」
「ヨリコさんは優しいですね。こんな決断力もなければ鑑定眼もない男に……」

昼行灯が口を開くたびに、蝋燭の火が一回りずつ小さくなっていく。
あまつさえ、しゅぼ、しゅぼと細い黒煙まであげ始めた。硝子が曇っていく。次かその次で消える予兆である。
客観的に見れば、たかが饅頭の神経衰弱を外した事よりも、余程女性の前で気にするべき姿だった。
昼行灯とヨリコが、恋人兼仮の婚約者同士となって暫くが経つ。何かにつけて幻滅される事に怯えていた彼は、
次第にヨリコの前でもこういった面を隠さなくなってきていた。
自分を偽る必要がなくなったといえば聞こえはいいが、この傾向は危険をも孕んでいる。
破局とは、大抵どちらかが相手に甘えすぎて気を抜きすぎた時に起こるもの。
饅頭ひとつでぐじぐじといじける男を見て、面倒くさい奴だと幻滅する女性がいても不思議はない。
もっともそこでヨリコが思うのは、かわいらしい所のある人なんだなぁ、なのだから、実際には杞憂なのだが。
とことん前向きというべきか、おそるべき天然培養というべきか。
昼行灯がここまで己を曝け出すのも、単純に子供っぽいからではなくヨリコの前だからこそであり、
こうして特別な関係になっても今ひとつまだそこが分かっていないので、やや前者寄りの後者、が正解だろう。

「それに……本当に、そんなに気にする事じゃないんですよ?」

ほら、とヨリコが摘んで掲げてみせた物に、昼行灯は目をやる。
それは桃饅頭の中から出てきた、小さな陶器の玩具だった。これも代金に含まれており、持ち帰る事ができる。
当たったならともかく外したものなど貰って何になるのかと、嫌味にすら感じ肩を落としていたのだが。

「昼さんは先に出ちゃってたから、私となべつかみさんが話してたのは聞いてないですよね……」

喋りながら、ヨリコはかちゃかちゃと手先を動かす。

「これ、こうやって組み合わさるようになってるんです」

かちりと音を立てて嵌った二つの玩具を、ヨリコは指に引っ掛けて左右に揺らしてみせた。
片方は丸い虎。もう片方は三日月。この状態だと、ちょうどキーホルダーのように見える。
背中側から脇腹にかけて不自然な窪みがあると思っていたらこの為だったのかと、昼行灯は少し目を見張った。
揺れる玩具の向こう側では、ヨリコがどこかで見たような得意顔になっている。

「長い人生、時には外れる事もあるけれど、心配無用、こうしてまた噛み合います、って」
「……なるほど、アフターフォローも万全という事ですか」

ヨリコから受け取った玩具を掌に乗せて、しみじみと眺めながら昼行灯は呟いた。
よくよく考えてみれば、外れましたハイ残念というだけでは、こういった催しは定着しないのかもしれない。
正真正銘歴史的な背景があるならまだしも、一から作っていこうというのなら程々のサービス精神は必要だ。
ああ、だから桃が導くなのかと、同時にあの時サカナが言い掛けていた続きがこれだった事に気付く。
何であろうと相手の話は最後まで聞くものだと昼行灯は反省し、反省すると共に、
いくら気落ちしていたとしてもあの拗ね方は無い、とようやく店を出てからの己のふるまいに考えがいった。
遅いわ、と、この場に薄紅や修治やシグナルがいれば、一斉に突っ込みが入ったに違いない。
今更ながら昼行灯は、自分のみっともなさを恐縮しつつヨリコに詫びた。
最初から特に気を悪くもしていないヨリコは、ぺこぺこと頭を下げる昼行灯を慌てて止めながら、
やっと元気が出てきてくれたと喜んでいる。
噛み合っているようでどうも噛み合っておらず、されど最終的には最も良い形でまとまっている。
まるで、二人の手元にあるこの玩具そのもののようだった。

「ね?」

微笑む顔は値千金。不満も不安も、たちどころに飴のように溶けていく。
これを見られただけで、でっち上げの風習も捨てたものではないと、いたく現金な満足感に昼行灯は浸った。



―――

またまた田鰻さんから賜りました!今度は昼ヨリですよ皆さん!!(興奮)

この昼行灯のすごい昼行灯な感じ……駄目男丸出しで、ヨリコにメロメロで、まさにザ・昼行灯。ヨリコも可愛くて、終始にやにやが止まりませんでした。
そして所々出てくる社員たち。細かなとこまで堪りません。

歳の差男女に定評のある田鰻さんの昼ヨリの凄まじさたるや……語彙力が消える程の萌え。

田鰻さん、最高の昼ヨリをありがとうございました!


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