モノツキ | ナノ
LANから来たメールの内容は、余計な顔文字や今一つ理解しがたい文体を要約して纏めるならこうであった。
「ホノカさんが働いていらっしゃる花屋は、彼女と母親が経営しているものです。そこに、彼女の……件の父親は眼を付け、勝手に自身の借金のカタにしました。
しかし、母親と二人で必死に切り盛りしてきた大事な店を失いたくないホノカさんは…ご自身を売ることを決められたとのことで……」
タチバナ・ホノカが極度のヤクザ嫌いになった原因である父親は、ホノカとその母親を捨てておきながら、金を無心することも多かった。
母親の実家に逃げようとも何処からか電話番号を仕入れ、しつこく電話を掛けては催促し、それが多感な時期であったホノカを非常に苛んでいた。
祖父が警察に相談したところで大人しくなり、母と二人で新たな人生を歩み出して、父親との縁もようやく切れたと思った矢先。彼女に再び、悪夢の波が押し寄せてきた。
「どうしますか、社長。この状況じゃ、サメジマさんは……」
「いえ、寧ろこれは好機と捉えるべきです。ここで如何にしてホノカさんを地獄から救い出すか、それでサメジマさんという個人に対する目は必ず大きく変わります」
人の不幸に便乗するのは大変に申し訳ないことだが、昼行灯達はこれを逃してなるものかと再度作戦会議へ乗り出ようとした。
躊躇していたところでホノカは救えないし、ぐずぐずしていては取り返しのつかないことになるのだ。
ならばいっそ、開き直って存分に不幸を利用させていただこう。その上で助けられることになれば、問題はないだろう。
そう思っていた彼等だったが、事はやはり、思い通りには運んでくれないもので。
「まずはホノカさんをどう助けるか、それを考………」
びゅん、と強い風が吹き抜けたかと思えば、ばたばたと強い足音が響いていく。
その名残を呆然と感じながら、昼行灯達は漸く気が付いた。
サメジマが席を立ち、ツキカゲから全速力で走り去っていったということに――。
「「え、ええええええええええええええええ?!!!」」
遅れて飛び交う驚きの声に、オフィスが震えた。
「ちょ、あの人何してんの?!これから作戦立てるって時に!!」
「まさかとは思うけど、サメジマさん、ホノカさんのとこに向かったんじゃ……」
「有り得る!というかそれしかねぇ!!」
社員達はいよいよまずいと冷や汗を掻いた。
勢いで飛び出して行ったサメジマは、何の策略も持たず、その身一つでホノカのもとへ向かっている。
僅かな好機を捨て去って、立てるべき算段を自ら崩して、サメジマは玉砕へと駆けているのだ。
駆け出したくなる気持ちも分からなくはないが、それにしても半端なく漂う死臭に目が眩みそうだ。
今現在、何よりも嫌悪する父親の魔の手により、その身を落そうとしているホノカに、父親と限りなく同族であるサメジマが向かうなど、地雷投下もいいところである。
あぁ、これはもうダメだ。そう嘆く社員達であったが、彼等にもまだ、彼の行く末が花屋か地獄かを知ることは出来た。
「…こんなこともあろうかと、ってな」
修治は応接間のテーブルに、ビデオデッキ大の機材をドシンと乗せた。
厳つい受信アンテナのついたそれは、髑髏路が作った盗聴器の受信用機材で。発信用の物は、修治がサメジマの背中にこっそりと付けていた。
「修治さん、よくサメジマさんの行動を読めましたね……」
「いやぁ。カイドウ組のサメジマって言えば、”鮫突猛進”なんて字名で有名だからよ。ターゲットの危機って聞いた瞬間、こうなると予想しておいた訳よ」
髑髏路の開発した機器は、汎用性が高いものであれば社員に支給され、常備されることも少なくない。
特に彼女が作った小型盗聴器は、その有用性の高さから常に携帯されることが多く。こうして役に立つことが多々あるのである。
発信機が小さい分、受信機がやや大型だが、その分音声ははっきりと聞き取れる。
一同は固唾を飲みながら、ややノイズの混ざった受信音声に、のめり込むようにして耳を傾けた――。