モノツキ | ナノ



「ヤクザだから駄目だって言うなら、潔くヤクザを辞めるってのはどうでしょう」

「小指を落として会いにいった時点でアウトだろう」

「じゃあいっそ片手落として事故ってことにしておけば……」

「そこまでして告白して断られたらどうするんだ」

「副社長、さっきから僕らのアイディア却下してばっかじゃないですけど、何かいい案あるんですか?!」

「うるさい!今考えているところだ!!それが思いつく前に適当な結論が出ないようにだな」

「適当とか言わないでください!まず考えは口にすることが大事だと」

「落ち着きなさい!議論すべきはそこじゃないでしょう!!」


あーてもない、こーでもないと話し合い、ホワイトボードがみっちりと箇条書きされた作戦案で埋められては消され。
されど一つたりとてこの難題を打開するにはまるで及ばず、暖簾に腕押し状態が三十分続いた。

三人寄れば文殊の知恵とは言うが、三階オフィス一同が集まっても全く事態は好転せず。
普段使わないところまで稼働して頭を働かせている社員達は次第に苛立ち、そんな彼等の様子を見てサメジマはすっかり意気消沈していた。


「……やっぱり、無理なんですかねぇ…」

「「「!!!」」」


あの堂々たる振る舞いは何処へやら。萎びてしまったかのように力無く、膝に両肘をついて頭を抱える彼の姿に、ぎゃんぎゃんと争っていた社員達が一斉に意識をサメジマへと向けた。


「そ、そんなことないですよ!!今はまだ革新的な名案が出てないだけで…必ず手はある筈ですから!」

「そうですよぉ!それに、やる前から諦めるなんてダメですよぉサメジマさん!」

「安心するといい、サメジマさん。存外、絶望的な状況にこそ希望はあるものだ。俺が言うのだから、信用してくれ」

「…皆さん………っ…」


先程まで互いの粗を突きあっていた社員達が、本題であるタチバナ・ホノカ攻略にはまるで使えなかったあの手この手を用いてサメジマを慰めたのには、理由があった。

そもそも、ヤクザである身分を隠して花屋のあの子を落としたいなどというくだらない案件をツキカゲが受け、それを全員で全力で取り組んでいることには訳があるのだ。


サメジマが属するカイドウ組は、サカナがヨリコに説明した通り、仁義を重んじる篤き極道である。
極道でこそあれど外道には非ず。その姿勢は同業者にとって非常に煙たいものであると共に、輝かしい存在でもある。

ヤクザ同士がシマを求めて潰しあう帝都の情勢に於いても、カイドウ組というのは多くの組織と敵対すると同時に、それ相当の味方もつけている。
影の事情に誰よりも精通し、行き過ぎたものを抑え込む力を持っている彼等は、表からの信頼もあり、帝都の表と裏のパイプ役になりつつある。

そんなカイドウ組の若頭が泣き付く程の案件を、ここでツキカゲが見事解決してみせれば。
考えるまでもなく、得られる利潤は途方もなく大きいだろう。

ツツミヤ・キョウカの一件で、多少警察に顔の効くようになったツキカゲではあるが、表に出られる場は広げるに越したことはない。


そう、この心底馬鹿げている、無謀としか言いようのない恋愛相談には、ツキカゲの更なる発展が掛かっているのだ。
故に、彼等は集い、頭を振り絞る。どうにかこの男に恩を作る為に、と。

しかし、そんな浅ましさだけで脳から謎の汁が出てきそうな気がするレベルまで、必死に策を練っている訳でもない。


「……くっ………恩に着ますぜ……ツキカゲの皆さん……俺の為に、こんなに真剣に……」

「「あ、あははははは………」」


乾いた笑いと共に、社員達はそれとなく視線を、しれっと一緒に笑っている昼行灯へと向けた。

社員達が白熱する程までにこの問題に打ち込んでいるのは、何を隠そう、彼に火を点ける為でもあった。


昼行灯とサメジマ。互いに置かれている状況も身分もまるで違う二人だが、現在二人に共通してあるのは、叶わぬものと思い込んでいる恋に囚われていることにある。
昼行灯は過去のしがらみと己を苛む呪いから、サメジマは逃れようのない自身の職種から、募りゆくばかりの想いに焦がれている。

似ているところなど皆無で、重ねること自体に無理があるように思える。だがそれでも、二人は同じ、恋に身を焼かれようとしている者なのである。


だからこそ、社員達はサメジマの恋を叶えてやりたいと思った。

限りなく薄い望みを掴み取り、希望を得る先駆者を見せることで、彼に踏み出す勇気と自信を与えたい。
そこでちょこんと座っている女子高生にすら踏み出せずにいる情けない男を、思い切って前進させる為にも。そう思いながら、一同がまた頭を捻り出した時だった。


「あのぉ……そもそも、どうしてサメジマさんがヤクザさんであることを隠さなきゃならないんですか?」





恐る恐る手を挙げたヨリコに、社員達もサメジマも揃って目を見開いた。

同時に全員の頭に同じ言葉が過ぎったのは言うまでもない。この子は一体、何を聴いていたのか、と。


しかし、そんな彼等の疑問は、尋ねるまでもなくヨリコが自ら紐解いていった。


「ホノカさんはヤクザさんが嫌いでも、サメジマさんのことは嫌いじゃないですよね……?なら、大丈夫だと私は思うんですけど…」


彼女の言い分を聞いて、社員達は深く納得した。


そう、ヨリコというのは世間では差別の対象でしかない自分達・モノツキすらも平然と受けれ入れた、ごく普通に思えて実はとんでもない存在である。

個々の持つカテゴリーで人を見るのではなく、その人間の本質を真っ向から見て、理解してしまう。
そんなある種の才能とも言える優しさを持っている彼女だからこそ、こんなことが言えてしまうのだ。

人が誰しも彼女のように、蔑まされる人種を受け入れられる訳ではないと知りながらも、ヨリコはその優しさで人を信じてしまう。
だから、彼女はサメジマが頑なにヤクザであることを隠そうとするのに疑問を感じていたのだ。


一方、まだ会ったばかりでヨリコのことなど殆ど分からないサメジマは、彼女の言葉に対し、絶望の色を目に浮かべていた。

あの眼には、社員達は覚えがあった。そう遠くない内に見たあれは、見たくなかったものに直面させられてしまった者の眼だ。


「お嬢ちゃん……ホノカさんは、俺がまだヤクザだってことを知らねぇから普通に接してくれてるだけで……知られたらきっと………」

「ホノカさんは、本当にヤクザさんだって理由だけで、これまで仲良くしてくれていたサメジマさんのことを嫌いになっちゃうんですか?」

「それは………っ」


まるで進まなかった状況が、ヨリコの言葉で大きく動き出した。

彼女の一切打算を含まない言葉は、決してサメジマに、ホノカを疑っているのかと責めている気はない。そう感じるのは、サメジマ自身に後ろめたさがあるからだ。


惚れ込んでおきながら、素晴らしい人だと称賛しておきながら、誰よりも彼女を疑っているのは自分自身であると、サメジマは気付かされてしまったのだ。

それこそ、サメジマが最も眼を逸らしたかったことであった。


彼はヤクザであることを恥じたことはないし、誇りすらもっている。だから、ホノカの為にヤクザを辞めようと、まず最初に考えなかったし、
可能ならば現状のままに彼女と向きあいたいとも思っていた。

サメジマが隠し通してきたのは、タチバナ・ホノカに対して抱いていた疑心に違いなかった。


そしてそれを剥き出しにされてしまった今。サメジマを新たに打ちのめしたのは、他の誰でもない己自身であった。


「……そうじゃねぇかもしれねぇ。けど、俺がヤクザだってことで、ホノカさんの過去の傷を抉るような真似をしちまったら、俺ぁ……」


例えホノカが、ヨリコの言う通り、ただヤクザというだけでサメジマに急激に手のひらを返さなかったとしてもだ。
彼女の内にある、ヤクザ者であった父親から受けた痛みを、再び芽吹かせる切っ掛けに、自分がなってしまう可能性はある。

もしそうなってしまった場合、サメジマは本当にどうしようもなくなってしまう。


他に責める者がなく、己自身が癌であると分かってしまったら。その時こそ、本当にホノカを諦めなければならないのだ。

誰よりも尊く、誰よりも愛おしいと思う者を傷付けてしまう。それこそ、何にも勝る絶望ではないか――。


何かに縋り付くようにヨリコを見ていたサメジマは、想像出来る最悪の未来に、がっくりと項垂れた。だが、真下を向く花にも光は降り注ぐものである。


「そこまで人の境遇に胸を痛ませて悩めるサメジマさんなら、大丈夫ですよ」


何度萎びようとも、陽が射せば花は空を仰ぎ、大きく咲き誇る。人の心もそれに似て、何度失意に沈もうとも、希望が灯れば顔を上げるのだ。

サメジマは、明るさが増した視界の先で、此方を勇気付けようと両手をぐっと握って笑むヨリコを見て、未だ自分が枯れ果てていないことに目頭を熱くした。


「ヤクザさんでも、サメジマさんはサメジマさんです。だから、自分のことは何も隠さないで、ホノカさんに向きあってみてください!
同じお仕事をしてても、人はそれぞれ違います。ホノカさんにサメジマさん自身のいいとこを気付いてもらえれば、きっとヤクザさん嫌いも克服してくれますよ!」

「お、お嬢ちゃん!!」


ヨリコの恐ろしいところは、これだった。


コウヤマ・フミや火縄ガンの時もそうだったが、彼女は人の心が上げる叫び声を聴き取り、それを導く力がある。

例え世間や倫理的には間違っていようとも、救いを求める人間が望むのならば、それは正しいことなのだと言い聞かせてしまう。

そうして、一切の光も許されなかった筈の、絶望の夜にすら光を射し込ませてしまうのだ。


――そんな彼女にすら、受け入れられない心があるとしたら。


傍らで、サメジマ同様。いや、それ以上に彼女の言葉に胸を打たれていた昼行灯は、ひそやかに冷える心臓を感じながら、静かに蝋燭を燃やした。


孤独を知り、悲しみと連れ添ってきた彼女には、それらを抱える者の気持ちは理解出来る。
だが、歪んだ道を歩みながらも清らかであり続けた彼女が知る由もない感情を、昼行灯は抱いていて。彼は、それを理解されることを望みながらも、恐れている。


恋というにはあまりにも汚らわしい、劣情と言うに相応しい、濁り、淀んだこの想い。
こんなものを暴いてしまった時、ヨリコは果たして、こんな風に受け入れて、許してくれるのだろうか。

それが、過去を断ち切ることの出来た昼行灯に課された新たな枷であった。


呪われた彼が救済される為に不可欠な、真実の愛。互いに需要と供給が一致し、自覚する必要のある、呪いを受けた者が最も求めている形の愛を得て、昼行灯は救われる。

彼がヨリコを恋い慕い、彼女からもそう想われたいと願う以上、これは避けては通れない道である。


ヨリコに恋愛というものを理解してもらい、その上で自分のさもしい恋心を受け入れてもらわなければならない。

サメジマが抱えるものよりも、もっと難題ではないかと、昼行灯が自ずと視線をヨリコから逸らしかけた、その瞬間。


「社長、携帯鳴ってますよ!」


サカナに言われ、はっと気付いた昼行灯は、着信音を上げる携帯電話を慌てて取り出した。

設定している音から、携帯はメールを受信していることが分かったので、そう急ぐ必要もなかったのだが、呆けていた分、覚醒した頭を回さねばと焦っていたのだろう。
しかし、あくせくするまでもなく、現実は彼の頭をすみやかに冴え渡らせる展開を用意してくれていた。

携帯を開いて、今し方受信したメールに目を通した瞬間。昼行灯は、随分閉ざしたままにしていた気がする口を大きく開いた。


「サ、サメジマさん!!」


開きっ放しのままで手に握られた携帯の画面には、受信メールが表示されている。

嫌に明るいテンションで書かれた文面で、昼行灯の脳を覚ましたのは、LANであった。

普段ならばチャットで応対する彼がメールを寄越してくるのは、
仕事で緊急の用件がある時や、情報を仕入れたら即座に送れと昼行灯に指示された時のみで、今回はその後者に当たるのだが――内容は、ある意味緊急事態とも言えるものだった。


「タチバナ・ホノカさんが……身売りされることになったそうです」

「…………な、」

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