モノツキ | ナノ




帝都クロガネは狭い世界である。

神々が作り出した箱庭の世界は、土地も資源も限られているにも関わらず、人間ばかりが増えて飽和状態を起こしているのが現状だ。


だから土地を開発して大きなマンションを作ろうという声が上がり、そこで企業同士の衝突が起こったり、自然保護派の介入が起きたり、
娯楽施設を欲する権力者のニーズに応えようとする会社が参戦してきたりと、一つの土地の使い道にしても様々な問題が巻き起こっている訳だ。

そんなトラブルが勃発する度にツキカゲのような裏の便利屋が動いて、企業の手となり足となり、土地をどうこうする権利を依頼人へと与えているのだが、
時にヤクザものの縄張り争いに加担することも、少なくなかった。


ただでさえ敵が多く競争率が激しい土地問題で、どの組が何処をシマにするのか。その揉め事で、暴力団が抗争をすることは帝都では最早日常茶飯事である。

そんな規模で戦っている為、ヤクザものは身内の葬儀に見舞われることが多く。
その日もサメジマは、抗争の最中に散った兄弟分の墓に添える花を買いに、仕事の帰りに目に入った適当な花屋へと足を運び――そこで衝撃的な出会いをした。


「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」


一つに束ねられた亜麻色の髪に、柔らかな春の陽射しのような微笑み。

花に囲まれたうら若きその女性を一目見た瞬間から、カイドウ組が若頭、サメジマ・ジョージは恋に落ちてしまったのだった。


「……一目惚れでした。あんなに綺麗なお人がいるのかって、俺ぁ目を疑ったもんでさぁ。
それからはもう、気が付けばあのお人のことで頭が一杯で…ホノカさんと会いたいがばかりに週に一度は花を買うようになっちまって……。
昨日も調子に乗って花束を買い込んじまった始末でさぁ……」


何故大量の花束が此処に投下されることになったのか。そこが分かったところで、この問題は自分一人では手に余ると判断した昼行灯は、急遽社員達を集め、作戦会議の姿勢に入った。

ホワイトボードを出し、そこに今回のターゲットこと花屋のお嬢さん、タチバナ・ホノカの情報を片っ端から貼り出して、
彼等は何故サメジマが自分の身分を隠しながらなどと無茶な注文をつけてきたのか、理解した。


「確かに、きれーな人ですねぇ。これで花屋ってのは反則だと思います」

「そうでしょう?!そう、まさにその通りなんでさぁ!」

「……でも、そこも含めて難攻不落ですよねぇ…」

「……そうでしょう。そう、まさにその通りなんでさぁ………」


同じ言葉でもここまで差が出るものか。激しく浮き沈みするサメジマを見ながら、社員達は深い溜め息を吐いた。

LANに調べさせた、タチバナ・ホノカに関するあらゆる情報をざっと見て、最も重要にして最も難しい問題のせいである。
それこそが、サメジマを此処に向かわせた最大の理由だろう。

昼行灯達は、さてどうするべきかと、この麗しい花屋の娘が抱える影に各々顔を曇らせた。


「ホノカさんは見ての通りの別嬪さんで、言い寄る男も少なくねぇ……だってのに、だ」


赤いマーカーで二重に丸をした、乗り越えるべき課題を前に、サメジマは目頭を押さえた。
オーバーな、とは思うが、それだけ彼は真剣に悩んでいて、社員達も気持ちは分からないでもなかった。


人というのは、必ず何等かのカテゴリーに分類される運命にある。
それこそ年齢や職業、身分と区分は無数に存在するが、その肩書きに捕らわれて個人を見失われることが非常に多いのが現状だ。

サメジマを苛んでいるのは、まさにその問題で。これをどうすべきなのか、似たようなものに曝され続けてきた社員一同は頭を抱えるのであった。


「ホノカさんが大のヤクザ嫌いだなんて…俺ぁ、俺ぁ……」

「……心中、御察し致します」


そう。幾らサメジマが属するカイドウ組が、帝都内でも唯一と言っていい程の真っ当なヤクザと言っても、外部からすれば所詮ヤクザには違いないのだ。
どれだけ彼等はカタギを巻き込まない極道もので〜と言ったところで、でもヤクザじゃないと言われてしまえば、もう反論は出来ない。
虫という生き物全般を嫌う人に、蝶は綺麗じゃないと言っても、虫は虫だと否定されるのと同じである。

サメジマがヤクザというカテゴリーに分類されている以上、タチバナ・ホノカから好意を抱かせるのは、まず無理な話である。

その無理を承知で、サメジマは最後の頼みの綱とツキカゲに縋り付いてきたのだが。ぶっちゃけ無茶過ぎるだろと社員達は思った。


タチバナ・ホノカのヤクザ嫌いは、真性であった。
彼女は幼い頃、ヤクザである父親に母親と共に、家庭内暴力を受けており、その果てに捨てられた過去を持っている。

帝都中の全てのヤクザが父親と同じではないと分かってはいても、心身共に深く刻まれた古傷が、父親に関わるもの全てを拒絶しなければ気が済まなかったのだ。
故に彼女は徹底して極道を嫌っており、その深刻なまでの嫌悪っぷりに、サメジマは思わず膝を落としたと言う位である。


「お願いしやす…どうか……どうか彼女に、俺がヤクザもんだと知られずにアプローチする方法を!!」

「……手は尽くしてみようと思います」


こうして、ある意味昼行灯よりも絶望的な状態にあるサメジマの恋を支援する作戦会議は、幕を開けたのであった。


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