モノツキ | ナノ
「あら、珍しいわね。茶々子ちゃんがそんなにいっぱいお弁当持って来てるなんて」
昼休憩の時間。いつものように休憩室で昼食を摂ろうとした茶々子に、中年女性が二人、声をかけてきた。
茶々子より少し前から此処で働いている、パート雇用の女性達だ。
二人は人間の、何処にでも居そうな主婦だが、ウライチ案内所で働く事を希望しただけあってモノツキだからと人を差別しない。その上、面倒見が良く、優しい人で、業務中も休憩中も、こうして気さくに声をかけてくれるので、申し訳なさを覚える。
そんな彼女達だからだろう。茶々子が持参している弁当箱の大きさが、普段と違う事に気が付いたのは。
いつも心配になるくらい小食だと憂いていたのもあるだろうか。こんなに沢山食べるなんて珍しいと驚く二人に、茶々子は言うか言わざるか悩んだ末に、今日の弁当について話した。
「お、お弁当…………彼氏が、作ってくれるようになって……」
「彼氏?!茶々子ちゃん、彼氏居たの?!」
「実は……その……色々あって、二年くらい前から一緒に住んでて……」
「ちょっとぉ〜!聞いてないわよぉ!!」
「やだもう〜〜!言ってよぉ〜〜!!」
黙っていた心算は無いが、話さなかった事を咎められはしないか。なんて憂慮を吹き飛ばすように、二人はきゃいきゃいと予期せぬロマンスの風にはしゃいでいる。
少しでも二人を疑った自分が恥ずかしいと、茶々子が軽く俯く中、二人は各々の弁当を広げながら、ぎっしり詰まったサンドウィッチを見遣る。
「しかし、なんで今になってお弁当?」
「ま……毎日作ってたら、料理上手くなれるだろうから……こ……今後の事考えて、って」
「あら!あらあらあらあら〜〜!!」
「ちょっとぉ〜!それってそういう事じゃないのぉ〜!!」
話しながら、顔から火が出そうだった。実際、注ぎ口から湯気が出た。サカナが何かあった時の為にとLANから貰っていた”憑坐”の効力だ。
人に戻った事を喜ぶより先に、茶々子は慌てふためいた。いきなり人の姿で生活する事が、とても考えられなかったからだ。
人の顔で外を歩くのも、人の顔を自分以外の誰かに見られるのも、想像しただけで目が回る。素顔で歩いた所で誰の眼を引くでもなく、モノツキでいる方が余程目立つというのに、自分にとっての当たり前がすっかり変わってしまったせいで、とても考えられなかった。
我ながら頓珍漢な事で騒いでいると自覚しながら、今日どんな顔して仕事に行けばいいのだろうと狼狽える茶々子に、サカナは笑いながら”憑坐”を手渡した。
事前にサカナが被って見せてくれたので、効果の程は保証済みだ。
それでも、本当に隠せているのかと不安だったが、今日一日誰にも顔について触れられなかったので、自分の姿はちゃんとティーポッド頭に見えているらしい。
安堵すると同時に、また罪悪感が芽を出して、茶々子は小さく俯いた。
「良かったわねぇ、茶々子ちゃん」
「茶々子ちゃんみたいな良い子が幸せにならなきゃ、嘘だもんねぇ」
「…………悪い子ですよ、私」
人の顔でいる事に不安を抱いたのは、誰かに咎められる気がしたからだ。
罪人のくせに救われたのか、幸せになろうとしているのかと、責められるのではないかと思ったからだ。かつて自分が、そうしてしまったように。
完全なる被害妄想だ。根拠は自分の中にしかないのに、勝手に怯えて、疑って、こんなにも優しい人達に嘘を吐いている。
――どうして自分なんかが救われてしまったのか。
あれだけ怖がっていたのに、今は責め立てられたくて仕方ないと、茶々子は込み上げる自己嫌悪と忸怩の念に項垂れた。
「嘘吐きで、臆病で……大切な人達を傷付けて……幸せになる権利なんて無いのに、手を伸ばして……ほんと、最悪なんです……私」
せっかく二人が祝福してくれたのに、どうして素直に喜べないのだろう。
笑って、ありがとうございますの一言で済ませていれば良かったのに、わざわざ空気を悪くして。善意も好意も、こんな風にしか受け取れない自分が心底嫌になると、茶々子が拳を握り締めた時だった。
「なら、茶々子ちゃんみたいな悪い子だって幸せにならなくちゃね」