モノツキ | ナノ
張り裂けんばかりの声に振り向けば、息を切らせた黒服の男達が駆け込んできた。
どの顔も見覚えがある。ちょうど先日、レイラを連行すべくツキカゲに赴いたヒナミの部下達だ。
何故彼等が此処に来たのか、何故そうも慌てた様子なのか。未だ困惑で麻痺した頭では、何一つ見えてこなくて戸惑う一同だが、考える時間を彼等は与えてくれなかった。
「ヨリコ様も、他の皆様も、どうぞ此方へ……。ヒナミ様からのご指示で、お迎えに上がりました」
「迎え、」
「……皆様を、アマガハラ邸へお招きするようにとのことです」
ヒナミの部下達は、らしくもなく切羽詰った様子で、兎にも角にも此処から離れるのだと昼行灯達を急かした。
自分達が此処に来た経緯や、ヒナミの本意を説明するのは後でも出来る。
だから、今はその”後で”を得る為に、一刻も早くこの場から離脱するのだと、部下達は急き立てる。
「お急ぎください!つくも神達は、すでにヨリコ様を抹殺する動きを始めております!!」
「此処も直に囲まれます!早く!!」
いつもの昼行灯達ならば、投げかけられる言葉の意味をすぐに拾えただろうに。無理矢理引っ張られるようにして居酒屋から連れ出されるまで、誰も察することが出来なかった。
ホシムラ・ヨリコという神殺しが存在し、それがつくも神に認知されたことで、何が起きるか。
「いたぞ!!あいつだ!!」
「「!!?」」
店の外に出るや、一同の眼に映ったのは、武器を持った異形と、人の群れ。
ウライチに住まう者、限りなく表側で生きている者、人間、モノツキ、老若男女。
無作為に掻き集められたような多種多様な群衆は、皆一様に熱気と狂気を携えていて。彼等の血走った眼は全て、一ヶ所に向けられていた。
「あの女……あれを殺せば、人間に戻れるんだな!?」
「間違いねぇ!昼行灯がいるのが、何よりの証拠だ!!」
「あいつの首を取れば、一生遊んで暮らせるんだ!!俺ぁやるぞ!!」
「これは帝都の為でもあるんだ!!」
ある者は雄叫びを上げながら、ある者は何か祈るように呟きながら、ある者はひた息を荒げながら。誰もがヨリコを見据え、異常な形に膨らんだ殺意を振り翳す。
さながら、正義の御旗を授けられたかのように。人々は何も疑わず、何も迷わず、何も躊躇わず、ヨリコを討ち取らんと足を進める。
そんな中。昼行灯達は、ヒナミの部下達に引かれ、押され、囲まれる前にと急かされながら、ようやく理解した。
この世界がもうすでに、終末への序曲を奏で始めているということを。
「この箱庭に生きる、全ての罪深き者達に告ぐ」
街頭モニターも、電気屋のディスプレイも、家庭のテレビもパソコンも。全てが一瞬にして切り替わり、同じものを映し出した。
突然の出来事に驚き、見開かれた人々の眼が液晶に釘付けにされる中。それは、ざわめきとどよめきを掻くような声で告げる。
箱庭の世界を、混沌と禍乱に誘う勅令を。
「我等神を討ち、この世界を滅ぼさんとする神殺しを屠るのだ」
世の為、人の為と、世界の全てを彼女の敵に仕立て上げんと、つくも神は民衆へ向け、甘言を垂れ流す。
それこそが正しきことであると刷り込むように。
「こやつを殺めた者には、我等が恩赦を与えよう」
「救世の証として、富も名誉も栄光も。望みのものがあれば全て授けよう」
この世界の創造主であり、絶対的な支配者である立場と権威と力を以て。
たった一人の少女を殺めさせんと、つくも神達は人々の心を毒する。
「今一度、告げる」
閉ざされた小さな世界を、騒擾の炎が舐める。
渦巻く不穏と鬼胎を残さず巻き込んで、彼女が灰になるまで燃え尽きることのない火は燃え盛っていく。
「神殺しを――ホシムラ・ヨリコを、始末せよ」
世界が滅びるまで、あと二日。終わりの幕が開く。